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特徴的な研究事例

知性を考慮した生態研究から魚類の賢さや社会をひも解く

安房田 智司

「賢い」動物というとどんな動物が思い浮かびますか?チンパンジーはもちろん、身近なイヌを思い浮かべる人もいるでしょう。では、魚はどうでしょうか?近年の研究から、実は魚も「賢い」こと、そして、これまで単純とされてきた魚類の脳構造や神経基盤は、哺乳類と相同であることがわかってきました。私たちの研究室では、魚の知性を考慮した生態研究を世界に先駆けて展開し、主に脊椎動物の認知能力や社会性の解明に取り組んでいます。これらの一部、特に共生する魚類の最新の研究を紹介します。
ハゼの仲間にはエビと一緒に暮らす種類がいます(図1)。エビは砂底に掘った巣穴を隠れ家としてハゼに提供します。一方、ハゼは巣穴の入口でエビのために見張りをします。しかし、実際は、エビとハゼがお互いに餌を与え合うことが共生関係の維持に遥かに重要であることを、私たちは発見しました 参考PDF 。ハゼは巣穴の中で自身の糞を餌としてエビに与え、代わりにエビは巣の外で砂底を掘り返す「溝掘り」をすることで、餌である底生動物をハゼに与えます。さらに、ハゼはエビに尾を振って、捕食者の接近を知らせますが、尾の振り方を変えることで、「溝堀り」をしてもらうためにエビを巣外へ呼び出すこともわかりました。ヒトもイヌやイルカに異なる合図を出すことで、違う行動を誘発できますが、同じことをエビとハゼが行っている可能性があるのです。ハゼだけでなくエビも想像以上に高い知性を持っているかもしれません。
水槽実験では、魚の体表の寄生虫を食べる魚(掃除共生魚)、ホンソメワケベラに注目しています。ホンソメワケベラは、日々、たくさんの魚の体を掃除します(図2)。そのため、個体間関係がとても複雑で、協力や裏切り、罰など、ヒトの暮らしに恐ろしいほどよく似た関係があります。私たちはこの魚が鏡に映る自分の姿を見て、自分だと認識できることを、魚類では世界で初めて発見しました。つまり、自分の存在そのものを魚が認識している可能性があるわけです。また、最新の研究から、ホンソメワケベラは鏡に映った像を顔で自分だとわかる可能性が高いこともわかってきています。魚の「賢さ」は私たちの想像を遥かに超えているのです。
私たちの研究室では、この他、クマノミやアユ、イトヨ、カジカ科魚類、アフリカの湖のカワスズメ科魚類に加え、今後はエビやタコも含め、知性を考慮した生態研究から、動物の賢さや社会性を解明していきます。

img_biology01@2x図1:ダテハゼとニシキテッポウエビ

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図2:カサゴの体を掃除するホンソメワケベラ

第三の目の色検出のしくみに迫る

寺北 明久・小柳 光正

人の目には3種類の色(赤、緑、青)の光をキャッチする光受容タンパク質が別々の細胞(光受容細胞)に存在し、それら異なる細胞によりキャッチされた光情報が複雑な神経回路により処理されることにより、色を見分けることができます。 一方、円口類、魚類や爬虫類などの脊椎動物では、目に加えて第三の目とも呼ばれる松果体という脳内器官があり、そこでも、紫外(UV)光と可視光の比率を検出、すなわち色の検出をしています。私たちはこの松果体での色検出のしくみについて研究を行っており、最近、いろいろなことがわかってきました。まず魚類や爬虫類の松果体における色検出システムは、目のシステムとは異なり、UVを感じる光受容タンパク質と緑色光を感じる光受容タンパク質が、1つの光受容細胞にセットとして存在すること(1細胞システム)がわかりました。これは、色ごとに別々の光受容細胞を用いる私たちの目とは異なる独自のしくみです。ところが脊椎動物の中で最も古くに枝分かれした円口類のヤツメウナギ(図1)の松果体の色検出のしくみを調べると、この2つの光受容タンパク質は別々の細胞で機能していること(2細胞システム)がわかりました。つまり、ヤツメウナギと魚類・爬虫類では、松果体の色検出のしくみが異なります(図2)。さらに、光情報が細胞応答に変換される過程に関わるタンパク質の解析や2つのシステムの性能などの比較から、松果体の色検出システムは、2細胞からより優れた側面を持つ1細胞へと進化を遂げたと考えられました(詳細は大阪市立大学の プレスリリース を参照)。
私たちの目は、進化の過程で、赤、青、緑などの色を感じる光受容タンパク質が別々に1種類ずつ存在する細胞を獲得し、それらの光情報を複雑な神経回路を使って統合するしくみへと最適化されたと考えられています。一方、第三の目である松果体では2つのメカニズムが1つの細胞に融合したような進化をしたと考えられ、目とは逆方向性の進化を遂げたと想像されます。

img_biology03@2x図1:ヤツメウナギの松果体

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図2