卒業生訪問

2025年7月30日

社会人ドクターとして実務と研究を両立する|蔵野昌浩(構造設計)

学部・修士の合計6年間、大阪市立大学建築学科で構造を学んだ蔵野昌浩さん。
大学院修了後は、土木・建築・開発などを行う大手総合建設会社の大林組の構造設計部で活躍されている。実務の最前線で腕を磨きながら、2022年からは母校の博士後期課程にも進学された。
実務と研究の両輪で構造設計を探究し続ける蔵野さんに、構造設計者としての想いを聞いた。

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たくさんの物語が生まれる空間を作りたい

――建築学科を目指したきっかけを教えてください。

蔵野 ゼネコンの研究職で働いていた父の影響が大きいかもしれません。自宅でもセメントを練って、駐車場の段差のブロックなどを自分で作っていた姿を見て、ものづくりに興味を持ちました。

また、部活動での経験も建築学科を目指した理由の一つです。高校時代、私はずっとバスケットボールに熱中していました。強豪校ではなかったけれど、さまざまな体育館やアリーナで試合をして、そのたびに勝って喜んだり、負けて泣いたりしていました。私の高校時代の喜怒哀楽は、そういう場所に詰まっている気がします。プロになれるような実力はなかったけれど、試合の中で生まれる感情の高まりや、会場の雰囲気にはずっと魅力を感じていました。部活動を通じて味わった、あの独特の熱量や空気感を引き出せるような空間を作れたら、きっとすごくやりがいがあるんじゃないか……。そんな想いが、今の自分につながっているのかもしれません。

挫折から見えた、自分に合う設計のかたち

――学部時代、記憶に残っている授業はありますか。

蔵野 振り返ると、3回生のときの〈設計演習〉はすごく記憶に残っています。誰しも挫折や失敗を経験するものですが、私にとっては一番の大きな挫折だったと思います。大学に入ってからも部活動ばかりしていたので、設計の勉強は正直あまりしていませんでした。準備不足のまま演習に臨んだ結果、全然うまくいかず、「設計をやりたい」と漠然と思っていた自分の考えがいかに甘かったかを痛感しましたね。また、人には向き・不向きがあるものですが、自分には「計画やデザインのアプローチで設計をするのは向いていない」と感じました。

しかしその一方で、「構造設計」という分野に対する興味も生まれました。構造設計では、力の流れや変形をイメージし、それを構造力学の理論を使って数値化・可視化しながら評価していきます。そうしたアプローチは、しっくりくる感覚がありました。「設計をしたい」という気持ちは変わらなかったけれど、自分に合った設計のかたちに気づけたのは、この設計演習のおかげだったと思います。

――卒業論文と修士論文では、どのような研究に取り組まれましたか。

蔵野 私が所属していた建築構造学研究室では、空間構造を主なテーマとしていました。卒業論文では、六角形と三角形で構成されたラチス構造の座屈崩壊実験をテーマに選びました。「座屈」については授業で学んでいたものの、実際に見たことはなく、そのような現象が本当に起こり得るのか半信半疑でした。そこで、自分の目で確かめたいという想いから、研究室の修士の先輩に「実験をやらせてください」とお願いし、研究チームに参加させてもらったんです。

この構造は、理論上はユニットが回転するような不安定な高次変形が座屈モードとして現れるとされていましたが、座屈現象が発生する瞬間を目の当たりにし、そして理論に基づいた計算通りの実験結果で得られたことに、感動したことを覚えています。学部での研究を通じて、理論によって構造挙動を予測できること、またその予測を実験によって「目で見て確かめることの面白さ」を実感しました。

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蔵野さんへの取材の様子。専門的な内容も、一つひとつ丁寧に解説していただいた。

修士では、引き続き空間構造をテーマに研究しましたが、アプローチを変えて、地震動に対する動的崩壊性状を数値解析により検証しました。構造設計の実務においては、建築振動論や地震に対する知識が必要だと感じていたため、指導教官の谷口与史也先生にこのテーマを希望しました。研究は、成果を出すことはもちろん大事ですが、それ以上に研究過程で何を学ぶかが重要だと考えていました。修士での研究を通じて学んだ理論や知識は、構造設計の実務や博士後期課程の研究において、今でも大いに役立っています。

構造設計の仕事について

――ここからは、実務についてお聞かせ下さい。大学院修了後、蔵野さんは大林組に構造設計職で入社されます。建築設計にはいくつかのフェーズがあると思いますが、それはどのように進み、構造設計はどのように設計と関わっていくのでしょうか。

蔵野 設計のプロセスは、大きく四つに分かれます。まず基本計画のフェーズでは、プロジェクトの方向性を決めていきます。次に基本設計では、クライアントの要望を整理しながら、建物の形を少しずつ具体化していきます。そして実施設計では、さらに詳細を詰め、建築確認申請等の審査や行政手続きを行います。しかし、それで終わりではなく、実施設計が終わった後には工事監理というフェーズがあります。これは、工事が設計図通りに進んでいるかをチェックする工程で、設計者としての役割はここまで続きます。

構造設計は、基本計画の段階から関わることが大切です。建築のデザインは意匠設計だけで決まるものではなく、構造や設備も含めて総合的に考えていく必要がありますから。特に最近では、東日本大震災や熊本地震、能登半島地震の影響もあり、クライアントから建物の構造の考え方や安全性を質問されることが増えました。そういった疑問に対して、専門的な知識をわかりやすく説明することも、構造設計の大切な仕事の一つだと思っています。


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04蔵野さんの手描きスケッチ。(上)RC造配筋詳細図、(下)木造金物取合い詳細図(提供=蔵野昌浩)

――構造設計の仕事をしてきた中で、特に思い入れのあるプロジェクトを教えてください。

蔵野 どの仕事にも思い入れはありますが、やはり設計から工事監理まで一貫して担当したものには、特別な想いがありますね。大阪市北浜にある超高層の集合住宅で、入社9年目ごろに担当したプロジェクトです。入社当初、「大手ゼネコンの構造設計者は、超高層案件を任せられるようになって一人前」と上司から言われたのを覚えています。若手のうちは、担当プロジェクトの設計が終わると、すぐに次のプロジェクトに移ることが多く、なかなか建物が完成するまで関わる機会がありませんでした。このプロジェクトを通して、主担当者として設計した超高層建物が形となり、建設場所の新たな風景となっていく過程を最後まで見届けることができ、自分自身の成長を実感できました。


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蔵野さんが構造設計を担当した、超高層の集合住宅ビル(撮影=伊藤 彰[アイフォト])


一見すると普通のマンションですが、一つの建物を二つの独立した構造体で構成するなど、特殊な構造計画で、大林組独自の制振技術を採用しています。実施設計までの工程も大変でしたが、現場では、工事開始後に予期せぬ問題が次々と発生します。例えば、施工側は作業しやすい方法で工事を進めようとしますが、それが設計側の意図とズレてしまうこともある。そうした場合、外観や機能性を損なわないように、現場の調整が必要になります。

最近では、複数のプロジェクトを同時並行で進めていますが、建物規模によっては設計開始から竣工まで期間が3~5年となるようなプロジェクトもあり、さまざまなフェーズのプロジェクトが同時に動いている状態です。しかし、現場には「明日施工するから今すぐ判断してほしい」といった、スピーディーな対応を求められることもあります。そんなときに適切な判断ができないと、設計意図とは異なる形で建物が完成してしまう可能性もある。だからこそ、現場とも連携しながら、タイムリーに指示を出していくことが重要だと感じています。

――構造設計をする中で、やりがいを感じるタイミングはいつですか。

蔵野    クライアントや関わった人たちが喜んでくれることが嬉しいですね。設計中も決して順調にいくわけではありませんが、何度も試行錯誤して、直面した課題を解決できた際は、嬉しく感じます。

一方、「やりがい」という言葉がしっくりこない部分もあります。プロジェクトが完了しても、それで満足するわけではなく、そこでの経験を次にどう活かすかを考えるほうが、大事だと思っています。建築業は単品生産で、同じ条件の建物を設計することはありません。どのプロジェクトでもこれまで経験したことのない、新たな課題に直面するので、飽きることもありません。過去の経験を活かしながら、より困難な課題に挑戦し続ける構造設計の業務は、自分の性格に向いていると感じています。

社会人ドクターへの挑戦

――蔵野さんは、同社に勤務しながら2022年より大阪公立大学の博士後期課程に進学されました。どのようなきっかけだったのでしょうか。

蔵野    2020年から大阪市立大学(当時)で非常勤講師を担当することになりました。そして大学で恩師の谷口先生と再会し、「大阪公立大学の博士後期課程にチャレンジしてみないか」と声をかけていただいたのが、大きなきっかけです。共働きで子どもも小さかったので、家庭や業務に加え、研究もやっていけるのか不安もありましたが、先生に熱心に誘っていただいたこともあり、進学を決めました。

――現在行っている研究について教えてください。

蔵野 これまでの実務の中で、図(下記)のような連結制振構造を採用した建物を担当する機会がありました。先ほど紹介した、北浜のプロジェクトもその一つです。連結制振構造では、構造体同士を連結する制振装置の設定が、建物の安全性に密接に関わっています。建物の耐震設計においては、基本的には建築基準法を満足するように設計しますが、最近では基準法で規定する地震を超えるような、より大きな地震を想定して耐震設計する機会が増えてきました。制震装置は地震の大きさに応じて最適な計画があり、基準法を上回る地震に対して制振装置を計画した場合、逆に基準法で規定する地震に対して性能が悪化することがあります。実際に、自分が担当したプロジェクトでもこのような課題に直面し、答えを出すのに非常に悩みました。そのときは、一般的には使用することのない、線形特性の制振装置を活用する方法で解決しましたが、なぜうまくいったのか、この解決方法が合理的だったのかを、理論的に検証したいという想いがあり、博士後期課程では「線形特性と非線形特性の制震装置の組合せた連結制振構造の設計手法」を研究テーマとしました。また、この研究成果を、制振や免震構造に使用する新しい装置の開発にも応用できればと考えています。 


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連結制震構造の概念図。(提供=蔵野昌浩)

――構造設計者として、蔵野さんは建築を見る際にはどのような箇所に注目しますか。

蔵野 建物の構造部材は内装や外装材で隠れてしまうため、完成後は直接見ることは少なくなります。だから、やはり注視するのはディテールですね。特に目地位置とサッシュのラインの整合性などの細かい部分です。ディティールは構造設計においても非常に重要で、どんなに複雑な計算をしても、そのディテールがきちんとしていなければ、力は正しく伝わりません。またこれらは、現場において施工状況を確認する際のポイントでもあります。

しかし、どのような建築であっても、建築を見るのは純粋に楽しいし、設計者の想いや施工者の苦労などを感じることができます。ディテールに目が行くのも、心地よい空間が作られているからこそ、ついつい細かいところが気になるんだと思います。

現在/未来の学生に向けて

――それでは最後に、建築を学ぶ学生に向けてメッセージをお願いします。

蔵野 難しいですね……(笑)。すごく抽象的になりますが、学生時代には、さまざまなことにチャレンジし、失敗を経験することが大切だと思います。普通の学生生活では、なかなか失敗に直面する機会が少ないかもしれませんが。

非常勤講師として、何度か大阪公立大学の学生を現場見学に案内しましたが、学生から質問がほとんどありませんでした。おそらく、勉強不足や理解不足で質問できなかった、あるいは恥ずかしさから失敗を避けて質問しなかったんだと思います。年齢を重ねると失敗やリスクに対して慎重になりますが、学生が失敗したって、誰も咎めません。

私自身も大学院生の頃、英語が話せないまま海外で論文発表をし、見事に失敗しました。しかし、その経験が今では良い思い出になっています。どんな経験が将来につながるかはわからないから、一歩踏み出してチャレンジすることが大切だと感じています。

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蔵野 昌浩 くらの・まさひろ

1981年大阪府生まれ。2004年大阪市立大学工学部建築学科卒業。2006年大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻(建築構造・材料研究室)修了。同年より株式会社大林組の構造設計部に勤務。2022年より大阪公立大学大学院工学研究科都市系専攻後期博士課程に在籍。

2025年01月07日 大林組大阪本店にて
聞き手/島田みのり(建築学科3年)、久嶋はるひ(建築学科3年)、吉田智哉(建築情報学研究室修士2年)、小林祐貴(建築情報学研究室講師)
まとめ/島田みのり、久嶋はるひ
人物写真/小林祐貴
編集協力/贄川 雪(外部)

※学年は取材当時