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2025年7月30日
【テーマ】公衆衛生と日本の行政:歴史からの教訓講 師 : 小島 和貴 先生 (桃山学院大学法学部 教授)司 会 : 宮原 郁子(理学研究科 教授)日 時 : 2025年5月30日(金)10:45~12:15会 場 : Zoom(オンライン講演)報告者 : 中村 志津香(生活科学研究科 准教授) 2025年度春の人権問題講演会は、講師として桃山学院大学法学部教授である小島和貴先生をお招きし、「公衆衛生と日本の行政:歴史からの教訓」というテーマでご講演いただきました。小島先生のご専門は行政学、日本行政史で、日本官僚制の形成過程、とりわけ官僚と政策、中央地方関係等について関心をもってこられました。今回は、公衆衛生行政の歴史的変遷と現代への教訓について、学術的な視点からご講演をくださいました。 ご講演では、まず公衆衛生とはScience(科学)かつArt(技術)であり、科学と技術を活用して国民の健康や生活を考えていくというものであるというアメリカの公衆衛生学者Winslowの言葉について説明されました。そして、近年の新型コロナウイルス感染症の世界的流行や、スペイン風邪の流行などの歴史について振り返りながら、公衆衛生学の発展について話されました。公衆衛生は時代とともに変わっており、感染症の流行を受けて法律が整備されてきたという歴史的経緯について詳しく解説されました。日本においては、衛生官僚であった長与専斎が保健所の仕組み、医師国家試験の仕組み、感染症対策に尽力されたことを紹介されました。長与専斎の先駆的な取り組みが日本の近代的な公衆衛生行政の基盤形成にどのように寄与したかについて、具体的な制度設計の観点から説明されました。また、感染症対策の実施において生じる課題についても言及されました。特に家の扉に病名票を貼り付ける措置により、住民と行政との間に軋轢が生じることがあったという歴史的事実を通じて、公衆衛生政策の実施における住民理解の重要性について考察されました。 さらに、官と民の協調においては多くの人々が関わってきたことを示され、長与専斎が協調の重要性を説いていたことを紹介されました。北里柴三郎の伝染病研究所の設立には長与専斎と福沢諭吉が尽力したこと、医学研究を行うだけでなく公衆衛生に理解ある人を増やす必要があったことから、衛生事務講習所を設けて講習を受けた人々が地方で実務に携わり、住民の健康実現に資する取り組みを始めたことを説明されました。また、後藤新平が労働者の医療保険制度創設の必要性を提唱し、医療へのアクセス確保を目指すようになったこと、感染症への関心だけでなく母子保健にも関心が移り、行政機関が発展していったことを述べられました。1937年の保健所設置、1938年の厚生省設立という制度整備の流れを説明し、戦後にはGHQが小児保健所など様々な保健所を統合し、その結果保健所が多数設置されましたが、地域保健法制定により市町村の保健センターが設けられ、従来の保健所と保健センターに機能分化したことを解説されました。戦後の乳幼児死亡率低下の一方で悪性新生物や心疾患の死亡率が増加し、高齢化の進行に伴い地域保健法が制定され、専門的業務は保健所が、健康づくりなど地域密着型業務は市町村の保健センターが担うこととなったことを紹介されました。現在はソーシャルキャピタルと行政の連携を図りながら健康の実現を目指しており、これは明治時代からの長与専斎や後藤新平の取り組みの延長線上にあることを指摘されました。 また、健康危機管理という新たな発想についても言及され、感染症だけでなく食中毒や自然災害なども含んだ概念として公衆衛生学を考える必要性が出てきていることを説明されました。健康危機管理では感染症、放射線、細菌性などの要因を直ちに判断する必要があるため、医学知識を持った人材の配置が効果的であり、保健所が最初の対処者として重要な役割を果たしていることを強調されました。最後に、感染症対策を効果的に行うためには行政と住民の協調が重要であり、これは長与専斎も説いていたことであること、それが公衆衛生の効果的な活動につながること、人権上の問題を考える上でも行政による適切な情報提供と国民の理解ある対応が必要であることをまとめとして示されました。 小島先生のご講演は、明治時代から現代に至るまでの公衆衛生行政の発展を通して、時代を超えて変わらないことを教えてくださいました。行政と住民の相互理解なくして公衆衛生の効果的な実現は困難であり、人権問題への配慮と適切な情報提供こそが、真に「安心して暮らせる社会」の実現につながるのだということを、歴史の教訓として改めて認識させていただきました。私たち一人ひとりが公衆衛生の担い手として、行政とともに社会全体の健康実現に向けて取り組んでいくことの意義を深く考えさせられるご講演でした。
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