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はじめに
2023年6月28日、東京高等裁判所は、全国の被差別部落の所在地情報を一覧化した出版物販売やデジタルデータの配布について、こ れらが憲法に定められた「差別されない権利」の侵害にあたるとして差し止め、損害賠償を命令する判決を出しました(インターネットで読める記事では、たとえば、北野隆一「「差別されない権利」を裁判所が初めて認める判決 被差別部落の地名リスト公開禁止求めた訴訟」 AERA Digital 2023/07/25公開 https://dot.asahi.com/articles/-/196816)。なお、2024年12月4日に、最高裁判所が原告と被告の双方の上告を棄却して、この高裁判決が確定しています。 この、「差別されない」という文言は、日本国憲法(以下、単に憲法と書きます。)の第14条に書かれています。
〔平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界〕 第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係に おいて、差別されない。 2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。 3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の 一代に限り、その効力を有する。
皆さんは、憲法について、小学校、中学校、高等学校など、各段階で学んできていることと思います。ですから、憲法の第14条に「法の下の平等」が定められていることは、皆さんもご存知でしょう。しかし、憲法の中に、部落差別が、法の下の平等にもとる、あってはならない問題だと書きこまれているということは、あまり知られていないように思われます。 実は、憲法が制定されたとき、ここに、部落差別があってはならないという条項を盛りこむこと、それをどのような文言で規定するのかについて、国会で繰りかえし質疑がなされて、「社会的身分」という文言に、部落差別が含まれているのだと確認されていきます。これについては、上杉聰さんの『これでなっとく!部落の歴史』(解放出版社、2010年)でも触れられているのですが、同書では時系列の整理が不十分なところがありますので、あらためて、ここでその経過を見ていきましょう。
(1)日本国憲法の制定へ——第90回帝国議会
アジア・太平洋戦争の敗戦後、日本は連合国軍総司令部(GHQ/SCAP)の占領下に置かれました。連合国最高司令官マッカーサーは1945年10月、日本政府に憲法改正を求め、その作業をいったん日本政府に委ねます。政府の憲法問題調査会は1946年2月に改正案をまとめますが、GHQはこの内容を不十分と評価し、2月13日にGHQ草案を日本政府に手交します。この間にも、政府内部や各党、民間などでさまざまな改正案が作成されていますし、この経過については、国立国会図書館憲政資料室の電子展示会「日本国憲法の誕生」(https://www.ndl.go.jp/constitution/)で丁寧に紹介されていますので、参照してください。 日本政府は、このGHQ草案に沿った新たな憲法改正草案を作成し、これが同年6月8日に枢密院本会議で可決されます。このかん、同年4月10日に女性参政権が実現した戦後初の総選挙がおこなわれて、5月16日に第90回帝国議会が召集されています。GHQとの何往復もの調整を経た「帝国憲法改正案」は6月20日に議会に提出され、6月25日に衆議院本会議上程、6月28日に帝国憲法改正案委員会に付託されました。
(2)衆議院帝国憲法改正案委員会
委員会での審議は7月1日から開始されますが、7月16日には田原春次が「第十三條に付て御尋ね致します、此の法の下に平等と云ふ意味はどう云ふ意味ですか」と切り出し、「社會的身分と門地の問題」について質問しています。まず、「士族と云ふのはどつちに入つて居るのでありますか」と問い、政府側の憲法担当の國務大臣である金森徳次郎から「餘り深く考へて居りませぬが、強ひて言へば社會的身分と云ふことにならうと思ひます」という答弁を得ると、社会的優位な身分として士族、優位なる門地として華族があるということですねと整理して、本題に入ります。
今私がここで御尋ねしたいのは、社會的に低い身分と見られて居る一部の日本人に付てであります、それは法律の下に於ては平等で あり、人種としても同等に取扱はれて居るかの如くに學問上はさう見られて居りますが、實際生活の場面に於きまして、世に所謂被壓 迫部落、具體的には全國水平社の三百萬の同時に大衆の問題であります、過去數百年間の因襲、偏見等に依りまして、殆ど同一人種 と見られず又法律慣習の下に於ては平等の待遇を受けず、甚だしく虐待の中に今日まで來て居るのであります、戰爭中に於きまして は、一億火の玉となり、打つて一丸となると云ふ「スローガン」はありましたが其の當時と雖も尚ほ全國の工場の中に於きまして、或は 鑛山に於て頻々として差別事件が起つたのであります、甚だしいのは戰死しました英靈の合同葬式に於きましても、所謂部落出身の 者と一般の者と別々に葬式をすると云ふやうな例が頻々として起つたのでありまして、恐らく第十三條の規定を文字通り解釋しました 時に、左樣な差別があつてはならないと思ひますが、差別が尚ほ存した場合に、どう云ふ一體此の憲法から來る制裁なり法律的處置 を考慮されて居るか、之に對して明確な御解釋を御願ひしたいと思ひます【後略】 (帝国議会会議録、以下同じ。https://teikokugikai-i.ndl.go.jp)
田原春次は福岡県の被差別部落出身で、戦前からジャーナリストとして、また農民運動の指導者として活躍し、全国水平社の活動家でも あり、1937年には代議士に就任しています。ここで田原は、改正案の第13条(審議の中で第10条「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」が挿入され、繰り下がって第14条になります。)にある「社会的身分又は門地」という文言が部落差別にかかわるという確認を求めたのです。 金森大臣は、「現實の此の第十三條の作用は、特に今御指摘になりましたやうな場面に於て、最も有效なる働きをするものであらうと考へて居ります」と応じ、この文言が部落差別を念頭に置いていることを認めます。
實際日本で人種、信條、性別等に於きましての色々の區別のある部分も多少ありまするけれども、本當に注意すべき區分が行はれ て居りまする面は今御話になりましたやうな方面にあるのであつて、此の規定が役立つ主眼點が其處に置かれて居ると私は信じて 居ります、さう云ふやうな場面に諸般の差別が行はれます場合には、國法は固より眠つて居つてはいけないのでありまして是等に 對して十分の措置を講じて斯樣なことの起らないやうにすべき旨の原則が第十三條に掲げられて居るのであります、具體的の方法 は、又個々の他の法規を利用して具體的に實行せらるべきものと思ふのであります(拍手)
(3)衆議院帝国憲法改正案委員小委員会
7月23日には修正案作成のため小委員会が設けられて、7月25日から8月20日まで非公開のもと懇談会形式で進められました。この小委員会では7月29日、吉田安議員から、「草案では「人種、信條、性別、社會的身分又は門地」とあるのを、「性別、門地又は社會的地位、」斯う云ふ風にしたいと思ひます」という提案が出されますが、佐藤達夫政府委員から、次のような説明がなされています。
一寸其の點説明さして戴きたいと思ひます、是は「ソーシャル・ステータス」と云ふ言葉に當ると思ひますが、社會的地位と云ふ言葉 も考へましたけれども、【中略】十三條と致しましては生れながらのと申しますか、何か容易に變へられない事柄に依つて「ディスク リミネーション」をやらないと云ふことにしたい、身分と云ふ言葉が良いか惡いかは別ですが、社會的地位と言ふよりも社會的身分 と言つた方がさう云ふ氣分が出はせぬかと云ふことで、此の言葉を選びました
つまり、GHQ草案ではsocial statusとあったのをどういう日本語表現にするかという問題だと示し、身分のほうが「生まれながらの」「何か容易に変えられない事柄」のニュアンスを出せると考えたということでしょう。 また、森戸辰男議員からは、原案で「差別を受けない」としているところについて「「されない」の方が宜いのぢやないですか」との発言があり、これをうけて林平馬議員からは、「差別してはならない」ではどうかという提案も出されます。
差別と言ふと最も大きな社會問題が日本に御承知のやうに殘つて居る譯でありまして、今此の憲法改正に當つても相當熱心な希 望を申入れて來て居る筋もある譯であります、さう云ふ心持を取入れることが出來ないかと思ふと中々難かしい、丁度此處がそれ に當つて居ると思ふのですが、さうすると差別を受けないとか、されないでなく、差別してはならないと言つた方がぴつたり來るので はないかと思ひますが、如何でありますか
ここで、林が「最も大きな社会問題」と言っているのが部落問題でしょう。「相当熱心な希望を申し入れて来て居る筋もある」という言葉は、活発なロビイングがはたらきかけられていることも示唆しています。 このくだりについては他の議員も議論に加わりますが、GHQ草案を念頭に、鈴木義男議員が「差別あるべきではないと云ふ意味なんだ、英語では……」と述べて、法学者の立場からは「差別されない」という表現がよいと主張して、そのように決着します。
此の法律あることに依つて差別してはならなくなるのですよ、法律の方が前提であるから、此處まで變へてしまふと餘り親切が過ぎ て工合惡くなるのです、法律の方は「差別されない」と云ふやうにして宜しいのです
この鈴木義男は、戦前に東北帝国大学法文学部教授も務めていた法学者でしたが、軍事教育を批判して辞職に追い込まれ、その後は弁護士に転じ、また法政大学教授の職を得ましたが、戦後日本社会党の結成に参画して1946年総選挙で当選しています。憲法第9条の平和主義や、第25条の生存権、また国家賠償請求権(第17条)や刑事補償請求権(第40条)の確立にも彼の貢献が大きかったことが知られています。
(4)貴族院帝国憲法改正案特別委員会
衆議院で8月24日、修正案が可決されます。日本の国会は両院制ですが、この時点ではまだ参議院はなく、戦前から連続する貴族院に新憲法の修正案が送られます。8月26日の貴族院本会議に上程され、8月30日に帝国憲法改正案特別委員会に付託され、特別委員会は9月2日から審議に入りました。 9月16日、牧野英一議員が、この「社會的身分と云ふのは、どう云ふことを御指しになるのか、之をちよつと伺ひたい」と尋ねます。牧野は、戦前に東京帝国大学教授の職にあった刑法学者で、1921年から貴族院議員でした。 金森大臣は、貴族は門地に属するものと思っていると述べた上で、次のように答えました。
社會的身分と申しまするのは結局社會的なる事情に依つて起つて居る一つの特性から來る身分であります、それは丁度人の上に 貴族を考へるのと同じやうな意味に於て、反對の側に今日考へられて居る或人々の集團があるではないか、それが此の事例になり 得るのだ、斯う云ふ風に申上げましたが、それを當嵌めますれば、後段の所も自然説明が出來るものと思つて居ります
つまり、「社会的身分」によって差別されないというのは、貴族の反対の側に考えられている「ある人びとの集団」への差別、つまり部落差別を含意しているという政府見解が、ここで確認されたのです。
(5)GHQ草案
さて、2月13日に日本政府に手渡されたGHQ草案では、第13条に「No discrimination shall be authorized or tolerated」とあり、「race, creed, sex,」に続けて「social status, caste」というフレーズが見えます。閣議に出された仮訳では、「社会的身分、階級」とされています。(前掲、国立国会図書館憲政資料室「日本国憲法の誕生」。)GHQ民政局では、2月4日から12日にかけて、いわば突貫工事で、憲法草案を作ったわけですが、のこされている史料の初期の原案では、最初「caste」つまりインドのカースト制を指す単語が登場します。(Drafts of the Revised Constitution、日付なし) そこに、最終段階で、casteの前に、手書きで「social status」という語句が挿入されます(Original drafts of committee reports、日付なし)。ここから推測されるのは、当初はカーストという言葉で身分制を指示しようとしていたものが、これでは伝わらないと考えられてsocial statusが書き加えられたという流れです。この2つの語句がひとつのまとまりをなしていたと理解するのが自然に思われます。 ちなみに、日本政府がGHQとすりあわせた憲法改正案英訳では、門地にはfamily originという表現があてられました。現在の政府公式英語版も同じです。
おわりに——日系人強制収容
では、GHQは、いったい、どのようにして占領開始まもないこの時点で、部落差別を把握していたのでしょうか。たしかに、アメリカ政府では、日米開戦後の早い時期から占領政策の準備を始めていたと指摘されています。 アメリカ政府は、日本との開戦後、西海岸で、アメリカ市民をふくむ日系人強制収容に踏み切ります。そこで、効率的な収容キャンプ運営のためという目的を掲げて、被収容者にたいする大規模な社会学的人類学的調査を実施します。その開始にあたって、ハワイ出身の日系2世の若手研究者が日系人の文化的背景についての報告を担当しているのですが、そこで部落差別についても言及し、「Eta or outcasts」という表現を用いています。つまり、部落問題を説明する際に、「えた」という前近代の被差別身分をインドのアウトカーストと重ねて語っていたのです。アウトカーストとは、カースト制の下で「不可触民」とされてきた被差別の集団で、現代インドではダリトという自称が選ばれています。 これらの調査がどのように占領政策につながっていたのかについては、いまだ解明の途上ですが、収容所内外で部落差別が起きていることを米軍関係者が把握していたことは事実です。(廣岡浄進「越境する人の移動と部落差別」朝治武ら編『講座 近現代日本と部落問題1 近代の部落問題』部落解放・人権研究所、2022年) ともかく、GHQからの示唆をきっかけに、日本政府と議会では新憲法の下では部落差別が許されない社会問題であるという合意形成をおこなったのです。憲法の骨格がGHQによって示されたことは事実ですが、当時の政府関係者も議会も、文字通り一言一句について真摯に議論して、その意味解釈を確定していったのです。 ちなみに、部落差別に関わって、このほかにも憲法では、婚姻の自由、幸福追求権、健康で文化的な最低限度の生活、教育を受ける権利、義務教育無償、公正な裁判を受ける権利など、重要な条文が多々あります。これらの権利がどのように具体的に獲得されてきたのかについて、小文では触れることができませんでしたが、本学では「現代の部落問題」「部落差別の成立と展開」などの部落問題論の授業がありますので、受講してもらえたらうれしく思います。
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