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本稿では、1,2回生を対象にした、障害者に関する授業の受講生との対話から、新入生に是非考えていただきたいことをまとめています。最近の高校の教科書や副読本は、障害者に関する事象を取り上げていますので、読者には多少予備知識があるかもしれません。ここでは、一つの事象を様々な観点から論じますので、皆さんなりの見解をつくってください。なお「障害者」を「障がい者」としないで、「障害者」とこの文章では表記します。どの文字を漢字あるいはひらがなにするか、またどのような漢字にするかについては、障害者の間においても統一的な見解はありません。ある研究によれば、ひらがな表記は印象の改善につながらないようです(栗田・楠見、2010)。表記についても、読者に考えていただきたいです。
障害者は最大の「少数派」
日本の障害者の総数は、約1160万人、総人口の9%程度に該当します(内閣府、2025)。総数は関西圏の主要都市の総人口を上回ります。人口比の高低に関しては見解がわかれるでしょう。ただ、世界保健機構(World Health Organization, 2023)は、世界人口の約15%が障害者であると推計し、最大の少数派とみなしています。各国における障害者の基準が異なるので、単純な比較はできませんが、日本の障害者の割合は国際的には低いかもしれません。我が国では、障害者やその家族が市町村の役所に相談にいき、「障害者」かどうかが判断されます。つまり、相談にいかない場合、障害者として把握されません。また、新入生向けの授業において、「障害者を見たことがない」という声をしばしば聞きます。しかし、それは、そもそも、その人が見ようとしていない、あるいは、前述の理由で、障害者が社会的にみえにくくなっているとも考えられます。
社会モデルの理念と実態
障害の仕組みや原因に関する考え方には、医学モデルと社会モデルがあります。これは、障害者が経験する日常生活や社会生活の困難について、その根本的なあるいは第一義的な原因をどこに求められるかに関する見解です。前者は、生物学的、医学的状態です。これを改善することが重視されますが、同時並行的に社会環境の改善も追求されます。ただ、根本は、障害者本人の状態に帰せられるために、「個人モデル」といわれることがあります。 一方、障害の社会モデルの学術的意味には、論者によって多少バリエーションがありますが、概ね共通するのは、障害が障害たる根本的原因は、障害者本人ではなく、社会環境にある、ということです。医学モデルも社会環境を考慮しますが、生物学的、医学的状態を第一義的な問題とした上でのことです。社会モデルは、英米や日本を含む障害者の活動家によって発信され、障害をもつ研究者を含んだアカデミズムにおいて共有されているだけではなく、現在では、法制度に反映されています。現行の障害者基本法(日本の障害者政策の理念に関する法律)は、以下のように定めています(e-GOV法令検索,2026)。特に、同法は、社会的障壁を非常に広くとらえています。「社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」は、障害のない人々が自明視していることが含まれているといえます。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。二 社会的障壁 障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
社会モデルに基づいた発想をしてみましょう。大阪市の中心部にある超高層ビルにエレベーターが付いていなかったと仮定します。この場合、上層階にのぼることができない理由は、「エレベーターがないから」だけであり、「(本当は)個人の努力あるいは運動能力の不足が影響している」という前提は思いうかばないでしょう。また、数百年前において、大人が読み書きをできなくても、知的能力あるいは努力の不足をせめられることはないでしょう。ある世界において、主たるコミュニケーション手段が音声言語ではなく手話言語だったとします。この場合、聴覚障害等で音声言語を使いにくい人ではなく、音声言語を使う人たちが「障害者」になりうるのです。なお、現在は、手話言語を補完的なものではなく、ある聴覚障害者(厳密には、ろう者)における独自のコミュニケーション手段と位置づける法律や条令が増えています。ただし、聴覚障害者の全てが手話を使えるわけではありません。 現在、政策、報道、あるいは専門職で語られる「社会モデル」では、「障害特性」が常に言及されており、上記の医学モデルと社会モデルの中間の意味合いをもっているようです。障害特性の意味するところは曖昧ですが、生物的、医学的な状態と日常生活双方を含んだ状態像です。運動機能障害、視覚障害、聴覚障害、知的障害など、障害の種類を重視しています。 私は「社会モデル」が単なるコピーとして使われている気さえします。読者には、社会モデルの元々の意味を考えていただきたいです。つまり、標準あるいは平均的な身体的、知的「能力」は、社会文化や時代によって大きく異なるがゆえに、障害か否かの線引きは変わりうること、これを変化させることが重要である、ということです。 なお、「障害特性」に依拠しすぎると、障害の種類を超えた、障害者同士の仲間意識やアイデンティティをとらえることが難しくなります。私の研究では、障害者は自分と同じ種類の障害をもつ人だけではなく、障害の種類が相異なる人との連帯感をもちうることがわかっています(Tagaki, 2023)。
共生社会と合理的配慮:「思いやり」だけではなく「調整」
読者は、高校までの授業、報道、オンラインコミュニティにおいて共生社会という言葉を聞いたでしょう。共生は大変重要です。しかし、既存の社会が、少数派を単に受け入れるという意味ではなく、既存の社会が自明視している価値観や仕組みを変えることも必要になります。障害者の人権で、障害者差別解消法の第5条(e-GOV法令検索,2026)が重要です。すなわち、公的および民間それぞれの事業者(様々な財やサービスを提供する組織、機関など)に、合理的配慮(reasonable accommodation)を障害者に提供することを義務つけています。政府の見解をわかりやすく説明すれば、合理的配慮とは、障害のある人が、ない人々と平等に全ての人権や基本的自由を享有・行使できるよう、社会生活上の障壁を取り除くための必要かつ適切な変更・調整ととらえられます。ただし、事業者に過重な負担がないこと、事業の極めて本質部分の変更までは要しないなどの条件は付きます。大学を含めた教育機関、公共交通も前述の事業者に該当します。この法律は障害者の社会生活の改善に有益といわれています。 しかし、合理的「配慮」という訳語は、我が国の障害者に対する社会的意識を反映しているようです。そもそも、accommodationを配慮と訳すことには無理があり、前述の変更・調整のほうが妥当といわれています。「配慮」としたのは、思いやり、調和を重視する日本の社会になじませるためかもしれません。無論、思いやりや配慮は重要です。しかし、これらは、個々人の善意に依拠しており、その提供は個々人次第となりかねません(Tagaki, 2025)。なお、合理的配慮を含めた障害者政策は、障害者の優遇では決してありません。障害者は、非障害者と比べて、多くの社会的財や社会サービスの利用を妨げられており、その不平等を改善することを目的にしています。
誰もが排除の対象になりうる
「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会である」という言葉を紹介しておきます。これは、1979 年の国際障害者年行動計画の一文です。私は、「いくらかの人」は障害者に限らず、全ての人に該当すると思います。つまり、教育、職業、収入に恵まれ、社会的影響力をもっていた「強者」だった人々が、時代や社会の劇的な変化によって閉め出されたり、非人道的な扱いを受けたりすることもあります。これは、国内外の歴史において見受けられます。 締め出しというほどではないにせよ、コロナ禍では、多くの人が行動制限を強いられ、障害者が日常的に経験している困難を実感したかもしれません。障害者は一層不利な立場におかれる一方、コロナ禍以前から、いわば行動制限を受けていたので、それほど大変ではなかったという指摘もあります(Tagaki, 2025)。また、大災害時には、障害者は要援護者とみなされていますが、障害のない人々を助ける役を担うことも十分にあります。障害者の受けうる困難を過小評価してはいけないせよ、障害者を「弱者」あるいは「支援対象」とのみみなすことには慎重であるべきでしょう。
引用文献
・e-GOV法令検索.(2026).https://laws.e-gov.go.jp/ (2026年1月15日アクセス)・栗田季佳, & 楠見孝. (2010). 「障がい者」 表記が身体障害者に対する態度に及ぼす効果—接触経験との関連から—. 教育心理学研究, 58(2), 129-139・内閣府.(2025).障害者白書 https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r07hakusho/zenbun/index-w.html (2026年1月15日アクセス)・Tagaki, M. (2023). The meanings of disability-related activities and disability identities: A qualitative analysis of narratives of people with physical disabilities in Japan. Culture & Psychology, 31(2), 677-696. https://doi.org/10.1177/1354067X231201388・Tagaki, M. (2024). Japanese Disability Discrimination Act: Policy and discourse. In: Bennett, G., Goodall, E. (eds) The Palgrave Encyclopedia of Disability. Palgrave Macmillan, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-031-40858-8_14-1・Tagaki, M. (2025). The meanings of COVID-19 pandemic for people with disabilities in Japan: A qualitative analysis of diverse disability narratives. Culture & Psychology, 0(0). https://doi.org/10.1177/1354067X251372480・World Health Organization. (2023). Disability. https://www.who.int/en/news-room/fact-sheets/detail/disability-and-health (Accessed, January 15, 2026).
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