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みなさんは「人権」と聞くと、どのようなことをイメージしますか。ハラスメントやDV、児童虐待など、人の尊厳や安全が脅かされる問題を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし実は、住まいの問題も、国際的には普遍的な権利の1つとして位置づけられています。安心して暮らし続けられるか、安全で健康な住宅にアクセスできるか、経済的に無理のない範囲で住めるか。こうした問題は人類共通の課題として認識され、世界人権宣言や国際人権規約などの国際条約のなかで、人権の問題として扱われてきました。 この考え方を具体的に示したのが、国連の社会権規約委員会が1991年に発表した、社会権規約の「一般的意見第4号」です。そのなかで、「適切な住居」(adequate housing)の構成要素として、①居住の安定、②サービス・資材・設備・インフラの利用可能性、③手ごろな価格での居住可能性、④安全で健康な暮らしの可能性、⑤アクセスしやすさ、⑥適切な立地、⑦文化的適切性、の7つが挙げられています。 日本では、「居住の権利」という考え方が社会的に広く共有されているとは言い難いですが、住生活の向上に向けた制度的な取り組みは、一定程度行われてきました。とりわけ、2007年に制定された、いわゆる「住宅セーフティネット法」は、住まいの確保に困難を抱えやすい人びとを「住宅確保要配慮者」として位置づけ、住宅情報の提供、居住支援法人による相談支援、家賃債務保証などを通じて、円滑な入居を促進する枠組みを整えてきました。対象には、低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯が含まれますが、2017年の改正により、外国人等、「住宅の確保に特に配慮を要するものとして国土交通省令で定める者」も加えられました。 もっとも、住まいの確保が難しくなる理由はさまざまですが、外国人を含む移民的な背景をもつ人(以下、移民)にとって、とりわけ大きいのが入居差別です。入居差別はさまざまな形で起こります。露骨に「外国人お断り」と書かれた張り紙は減ったと言われますが、実際には、気に入った物件に問い合わせた途端に「外国人は不可」と告げられたり、仲介の過程で本人が望まない条件の悪い物件ばかり勧められたり、保証人や費用面で不利な条件が課されたりするなど、差別は見えにくい形で巧妙化・多様化しています。 こうした問題は、「適切な住居」の基準に照らせば、居住の安定、手ごろな価格での居住可能性、適切な立地、アクセスしやすさを損ねるものであり、入居差別は「居住の権利」の観点から捉え直すことができます。
データからみる入居差別の実態
では、実際にどの程度の人が入居差別を経験しているのでしょうか。ここでは、データから確認してみます。出入国在留管理庁の『在留外国人に対する基礎調査(令和6年度)』によれば、調査対象者(18歳以上の中長期在留者及び特別永住者20,000人、有効回答数7,621件)のうち、生活の場面で差別的な扱いを受けた経験があると回答した人は46.2%(3,522人)でした。さらに、差別経験があると回答した人に限ってみると、差別を受けた場面として「家を探すとき」が17.4%と最も高い割合を占めています。 続いて、どのような人びとが「家を探すとき」に差別的な扱いを経験しやすいのかを確認してみましょう。図1~図3は、世帯収入別・就学歴別・日本語能力別の結果を示してします。 まず、図1をみると、世帯年収が高い層ほど、「家を探すときに差別的な扱いを受けた」と回答する割合が高い傾向があります。人数は多くないものの、世帯年収が「2,000万円以上」の層では、3割近くが差別経験ありと報告されています。
図1 世帯収入別の差別経験
出典:出入国在留管理庁(2024)「令和6年度在留外国人に対する基礎調査報告書」
次に、日本で就学したことがある人(特別永住者を除く)について就学歴別にみると(図2)、大学以上の学歴が高い層ほど、同様の経験を報告する割合が高い傾向があります。とくに、大学院(修士課程)で学んだことがある人では35.5%が差別経験ありと回答しています。
図2 日本での就学歴別の差別経験
さらに、日本語能力(会話)別(特別永住者以外)にみると(図3)、「どんな内容であっても相手や状況に合わせて適切に会話を進めることができる」「流ちょうに自然に会話をすることができる」といった日本語能力が比較的高い層ほど、差別経験を報告する割合が高いことが示されています。
図3 日本語能力(会話)別の差別経験
以上を整理すると、世帯収入や教育水準が高く、日本語能力も高い移民ほど、家を探す場面で差別的な扱いを経験しやすい傾向がうかがえます。一見すると意外な結果に見えるかもしれません。 外国人の入居が断られる理由としては、「日本語でのコミュニケーションが難しく、トラブルが起きやすいから」とイメージされることが少なくありません。実際、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会が2022年に全国の賃貸人800人を対象に行った調査では、外国人入居者に拒否感があると回答した賃貸人(397人)に理由を尋ねたところ、「生活ルールに対する不安(ごみ出しの不備、生活騒音等)」(34.8%)が最も高く、次いで「外国語対応に対する不安(入居前の契約手続き、入居中のトラブル等)」(19.4%)となりました。 一般的には、こうした説明から、日本語能力が低く、収入・学歴も低い移民ほど入居差別を経験しやすいと予想されがちです。では、なぜ日本では、日本語能力が高く、比較的恵まれている移民ほど差別経験を報告しやすいのでしょうか。 考えられる理由の1つは、部屋の探し方の違いです。所得が低く日本語が十分でない人は、勤務先や学校が紹介した住居に住む、あるいは外国人向け不動産会社を通して探す傾向があり、仲介店舗を回りながら自力で探す人に比べると、差別に直面する場面が表に出にくい可能性があります。もう1つは、差別経験の認知のされ方の違いです。日本語能力が低く、日本の制度や慣行への理解が十分でない場合、不当な扱いを「差別」として認識しにくく、結果として差別が過少に報告される可能性も考えられます。 ここから示唆されるのは、一般的なイメージとは異なり、入居差別が、日本語能力や社会経済的地位が低い人びとに限らず、幅広い層で起こりうること、そして入居差別をデータで把握することの難しさです。差別を経験した当事者に尋ねる調査もあれば、受け入れる側(家主など)に尋ねる調査もあります。しかし、差別が社会的に非難される行為である以上、差別を行う側は事実を小さく報告しやすい一方で、受ける側も相手の本当の意図を確かめにくいため、経験を過大または過少に評価してしまう可能性があります。さらに住居に関する差別は、部屋探しに限らず、入居審査、入居中、更新、退去など複数の段階で生じうるため、質問紙調査だけで全体像を捉えるには限界があります。だからこそ、データで見える傾向は実態の一端にすぎないことを踏まえ、具体的な事例にも目を向けながら、「居住の権利」がどんな場面で脅かされるのかを考えていく必要があります。
なぜ、移民の「居住の権利」が重要か?
ここまで、入居差別を手がかりに、移民の「居住の権利」について見てきました。最後に、その意義を整理しておきたいと思います。住まいは、社会統合の指標であると同時に、さらなる統合を促進するための前提条件でもあります。ここでいう社会統合とは、移民が日本社会のなかで生活基盤を整えつつ、雇用・教育・住宅などの機会にアクセスし、多様な人びととつながり、帰属感を育みながら、社会の一員として受け入れられていく過程を指します。これは移民にとってだけでなく、移民を受け入れる日本社会にとっても重要な課題です。安定した住まいを確保できれば、生活の見通しが立ち、就学や就労を継続しやすくなります。地域社会への愛着や参加も生まれやすくなるでしょう。さらに、住まいは、健康や家族関係、近隣とのつながりにも影響を与えます。 だからこそ、移民の「居住の権利」を考えることは、ますます多様化する現代社会を生きるうえで重要な課題です。ただし、それは個人の努力だけで解決できるものではありません。住まいへのアクセスは、法律や制度、住宅市場の仕組み、そして現場での運用のされ方によって大きく左右されます。こうした制度や慣行は、人びとの日々の選択や判断の積み重ねによって形づくられる一方で、いったん成立すると、私たちの意識や行動を方向づける力ももちます。そのため、「移民は自分たちだけで固まりやすい」「移民が多い地域は怖い」といった表面的な印象論で片付けるのではなく、なぜ移民の居住が特定の地域や住宅に集住しているのか。言い換えれば、なぜそこに集住して住まわざるを得ない状況が生まれるのか。そしてその背後にどのような社会構造や制度があるのかにも目を向けることが大切です。 移民の「居住の権利」について考えることは、決して外国人を優先することを意味しません。住まいの確保が難しい人びとは、低所得者、高齢者、ひとり親世帯、障害者、LGBTQ+の人びとなど、社会のさまざまなところにいます。移民の居住問題を手がかりに住宅の仕組みを見直すことは、結果として、住まいの困難を抱える他の人びとにとっても、暮らしやすい条件を整えることにつながり得ます。社会をより「暮らしやすく」していくことは、多様な人びとが「共に生きられる」社会への一歩でもあります。
おすすめの参考文献
・高谷幸編(2019)『移民政策とは何か―日本の現実から考える』人文書院・永吉希久子(2020)『移民と日本社会―データで読み解く実態と将来像』中公新書・五十嵐彰(2025)『可視化される差別―統計分析が解明する移民・エスニックマイノリティに対する差別と排外主義』新泉社
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