Chapter6 労働と人権

労働と人権 ー「働く」をめぐる当たり前を問い直すー

   五石 敬路(大阪公立大学都市経営研究科教授)

 大学に入学した皆さんの多くは、これからアルバイトやインターンシップ等を通じて、「働く」という経験を積んでいくことになります。卒業後は就職が待っています。働くことは、収入を得るための手段であると同時に、いろいろな人とつながり、社会のなかで自分の位置を獲得し、自尊心を得ることのできる基本的で重要な営みです。
 今後、皆さんが職場でつらい目にあったときに、心ない大人たちから「それが仕事というものだ」、「働くとはそういうものだ」と言われることがあるかもしれません。しかし、わたしたちが働くとき、その前提には制度やルールがあり、いつもそれらが守られているわけではなく、職場のすべての当たり前だと考えられていることが常に適切であるわけでもありません。わたしたちは、そうした職場の慣行や社会の常識を「当たり前」のものとして受け入れ、無自覚なまま社会に放り出されがちです。
 本稿では、皆さんがこれから大学で学ぶことになるだろう様々な分野の学問領域を横断しながら、労働を人権と深く結びついた問題としてとらえます。

労働は「商品」ではない

 経済学では、労働は労働市場で売買され、賃金は需要と供給によって決まると説明されます。しかし経済人類学者カール・ポランニーは『大転換』において、労働は本来、売買のためにつくられたものではない「擬制商品」であると指摘しました。労働力は人間そのものと切り離すことはできません。
 しかし18世紀後半から19世紀前半にかけて、産業革命がおきた英国では労働者は商品として、もののように扱われていました。当時は労働基準も最低賃金もなく、子どもたちすらも夜遅くまで工場で酷使されていました。マルクスが『共産党宣言』や『資本論』を書いた時に見ていたのは、こうした世界です。2024年のノーベル経済学賞受賞者ダロン・アセモグルによれば、この時期、実質賃金はあがっていません。技術革新があっても、労働者を大事にしなければ持続的な経済成長に結びつかず、人びとの生活は改善しないのです。
 しばしば、経済学は市場万能主義の学問だという批判がありますが、これは間違っています。1970年代から、市場がうまく機能するためには、それを支えるための制度、仕組みが必要であることが理解されるようになりました。その分野を切り開いたジョセフ・スティグリッツは後にノーベル経済学賞を受賞しましたが、彼は現実の市場には情報の非対称性があると指摘しました。たとえば賃金交渉の際、労働者は使用者よりも市場や経営に関する情報量が少ないため、弱い立場に置かれがちです。このような状況では、労働契約は形式的に自由でも、実質的には対等とは言えません。
 この問題は現代日本にも当てはまります。昨年度の経済書のベストセラーとなった河野龍太郎『日本経済の死角』によれば、日本では近年、労働生産性が上昇しているにもかかわらず、実質賃金はほとんど伸びていません。これは、個人の努力不足ではなく、労働者の交渉力が弱まっているという構造的な問題です。労働を市場に委ねきることの限界は、過去の話ではなく、現在進行形の課題と言えます。

 

日本型雇用と二重構造

 戦後、日本企業の特徴は終身雇用と年功賃金だと言われてきました。かなり変わってきたとは言え、企業等の組織への所属を重視する雇用慣行は現代でも続いています。労働法研究者の濱口桂一郎は、これを「メンバーシップ型」と名付け、職務内容を明確に定めた「ジョブ型」と対比しました。正社員は、長時間労働や転勤を受け入れる代わりに、雇用保障を得るとされてきたのです。
 「メンバーシップ型」のすべてが悪いわけではありませんが、家庭内での家事、育児、介護といったケア労働を女性が無償で担うことを前提としてきたことも事実です。社会学者である上野千鶴子が指摘するように、その役割を主に女性が引き受けてきた結果、ケアを担う人々は正規職として働きたいと思っても難しく、アルバイトや派遣といった非正規職に就くことを余儀なくされました。2000年における介護保険の制度化もあって、ケア労働の多くが社会化されてきましたが、その多くは低賃金です。
 また、正規職と非正規職とでは、社会保障も違います。正規職は厚生年金等の被用者保険に加入できますが、非正規職の34割は加入できていません。非正規職が加入する国民健康保険等は全額自己負担であるため保険料が高く、国民年金だけでは高齢者になってから受給できる年金額も低いです。皆さんも就職する際には、自分が被用者保険に加入できるかどうか、ぜひ確認して下さい。
 一方、社会保障や福祉を充実させると経済の成長率が下がるとよく言われます。これは公平性と効率性の問題で、両者は二律背反するものだと一般的には考えられています。しかし、福祉の手厚い北欧諸国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)は同時に高所得国でもあります。福祉国家の研究で知られるエスピン・アンデルセンの福祉レジーム論が示すように、制度には複数の選択肢があります。その一長一短をよく調べて、今後の日本のとるべき進路を考えたいものです。
 余談ですが、最近、海外の事例ばかりを紹介していると、よく「出羽守(でわのかみ)」と言われます。「アメリカでは」「ヨーロッパでは」などと、ことあるごとに他国の例を引き合いに出す人を揶揄する言葉です。しかし、日本は幕末から明治にかけて海外の先進的な知識を積極的に吸収することによって発展してきた国です。そうした先人の開明的な精神を忘れるべきではありません。

 

自己責任について

 以上のように、低賃金や生活不安は個人の責任ばかりではありません。人びとの生活は、社会構造や制度、また育ってきた環境、暮らしている場所にも大きく左右されます。ところが日本には、個人の悩みや困難、生活上の不安を過度に自己責任に帰し、社会保障制度の利用や周囲に支援を求めることを「他人に迷惑をかける行為」として否定的に捉える風潮があります。
 こうした問題を考えるうえで参考になるのが、哲学者である国分功一郎の「中動態」という視点です。人の行動は、「自分が自由に選んでやっている(能動)」か、「命令されてやらされている(受動)」か、という単純な二分法では捉えきれません。人の行動に責任を問うのは、自分の意志によって能動的に行動していると考えるからです。しかし人は、必ずしも常に自分の意志にしたがって行動しているわけではありません。環境や経緯によってそうなってしまった場合もあり得ます。
 国分の中動態論は、主体を行為の完全な起点とみなさない点で、哲学者ジル・ドゥルーズの思想と深く響き合っています。ドゥルーズは、デリダやガタリと共に、1980年代以降哲学におけるポスト構造主義の代表者として日本では知られている人物です。哲学書の多くは非常に抽象的で難解ですが、このように現実の問題にも絡み合うことを知ると、より面白く感じられるかもしれません。
 大学では、大学の外に出て社会の現実を知る時間がたくさんありますし、また大学で学ぶ知識は、実は、その問題を理解し、改善策を考えるにあたっての有効な手段ともなり得ます。ぜひ、大学で学ぶ間の貴重な時間を有効に使ってください。

 

 

上野千鶴子・中西正司(2024)『当事者主権 増補新版』岩波新書。
河野龍太郎(2025)『日本経済の死角 ―収奪的システムを解き明かす』ちくま新書。
國分功一郎・熊谷晋一郎(2020)『<責任>の生成 ー中動態と当事者研究』新曜社。
ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン(2023)『技術革新と不平等の1000年史(上)(下)』(鬼澤忍・塩原通緒訳)早川書房。
濱口桂一郎(2021)『ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機』岩波新書。