Chapter10 ビジネスと人権

CSV経営による持続可能な包摂社会の実現に向けて

   小林 哲(大阪公立大学経営学研究科教授)

産業革命以降のビジネスモデル 

 産業革命以降、ビジネスは労働集約型生産システムから資本集約型生産システムへと大きな変貌を遂げます。資本集約型生産システムでは、TVなどで良く見られる連続加工機械が導入され、それまで熟練工が担ってきた仕事を大型機械が代用するようになりました。
 ここで重要となるのが、規模の経済性による利益の追求です。資本集約型生産システムでは、固定費が生産量により按分されるため、販売数量が多くなるほど単位当たりコストが低下します。その結果、販売価格を下げても利益が確保できるようになり、価格競争がビジネスの主流となります。
 しかし、資本集約型生産システムが機能するには条件があります。それは、生産活動の標準化と集積です。標準化とは、複雑で多様な工程で形成される生産活動を、目的達成のために単純化し最適な方法を見出すことで、それを一か所に集積することで、規模の経済性が確保されます。流れ作業による大規模工業は、その象徴です。
 また、資本集約的生産システムでは、活動初期に多額の投資が必要となり、その回収のため利益の追求が、それ以前に増して重視されるようになります。

 

標準化された社会と新たな格差社会の到来 

 その結果、ビジネスは飛躍的な成長を遂げましたが、その裏で、標準化された活動に適さない者はビジネスから排除されるという問題が生じました。すなわち、それ以前の身分制度に基づく格差社会ではなく、経済合理性のもと標準化された社会による新たな格差社会の到来です。
 これはビジネスに限ったことではありません。たとえば、学校教育がそうです。多くの学生が、学年ごと、科目ごとに分かれて、同じ時間に、同じ場所で授業を受ける。これは、ビジネスにおける資本集約型生産システムを教育に適用したものだと言えます。このように、資本集約型生産システムに象徴される経済合理性は、ビジネスに限らず社会活動全般に浸透しています。
 しかし、本来、多様な存在である人間がすべて、標準化された社会に沿った活動ができるわけではありません。そして、そのような人々が社会の不適合者として扱われ、社会問題化することになります。

 

企業(営利組織)と非営利組織の社会的分業 

 すでに述べたように、ビジネスは、今日の標準化された社会を生み出したともいえますが、その主役となるのが企業すなわち営利組織です。そして、標準化された社会から除外された人を対象とするのが、公的機関を含む非営利組織です。
 非営利組織は、営利を目的とせず継続的・自発的に社会貢献活動を行う団体の総称で、その歴史は古く、始まりは宗教団体の慈善活動だといわれています。なお、非営利組織が発達しているアメリカでは、1997年時点で、非営利組織数は120万団体にのぼり、その経済規模はGDP11%を占めるまでになっています。また、その活動は多岐に渡り、福祉部門が49%、教育・研究部門が17.9%、宗教団体が11.5%、社会・法律サービスが11.5%、財団が5.1%、市民慈善団体が2.7%、芸術・文化団体が2.3%と、様々な分野で活動しています(㈶自治体国際化協会, 2005)。
 そして、非営利組織の活動資金の多くは、政府からの援助や営利組織あるいはビジネス等で成功した個人の寄付により賄われています。すなわち、営利組織部門と非営利組織部門が役割分担して、標準化された社会から排除された人々や経済合理性の生み出す様々な社会問題を解決する社会的分業が形成されるようになります。

 

社会的分業から組織内統合へ 

 しかし、上述した社会的分業は、専業化によるメリットはあるものの課題もあります。
 営利組織の課題は、収益に固執することによるコンプライアンス(法令遵守)やCSR(企業の社会的責任)からの逸脱です。売上目標を達成するための粉飾決算、独占禁止法に抵触する不当廉売や優越的地位の濫用、品質偽装や産地偽装、違法な労務管理やハラスメントなどの過度な利益追求がもたらす悪しき部分として社会問題となっています。
 一方、様々な社会問題に取り組む非営利組織にも課題があります。不安定な資金調達、人材の確保と育成、認知度と社会的信用の低さなど、持続可能な運営に必要な組織基盤がぜい弱な組織が多く、その強化が求められています。

 

CSVという新たな考え方 

 こうした状況の中で注目されているのが、CSV(Creating Shared Value)という考え方です。CSVは、2011年にM.ポーターとM.クラマーが提唱した概念で、営利組織が目指す経済的価値と、非営利組織が目指す社会的価値の両方を同時に達成することを目指す経営理念です(Porter & Kramer, 2011)。
 これまで、営利組織と非営利組織が社会的に分業して経済的価値と社会的価値を個別に追求してきました。しかし、現在、個々の組織の社会的存在意義が問われるようになり、営利組織・非営利組織を問わず、経済的価値と社会的価値の両方を同時に追求することが求められています。
 たとえば、カカオ農家への栽培技術指導で品質向上と農家収入増の実現を目指すネスレや、障がい者を雇用し、彼らが当事者の視点で、障がい者や高齢者向けのアクセシビリティ技術を研究しているIBMなどが、経済的価値と社会的価値の両方を追求するCSVだといえます。

 

大阪公立大学CSV経営研究プログラム 

 大阪公立大学経営学研究科は、文科省の「人文・社会科学系ネットワーク型大学院構築事業」に採択され、20254月に博士前期課程「CSV経営研究プログラム」を立ち上げました。CSV経営研究プログラムは、社会人を主な対象とし、アカデミック・リテラシーの向上により、上述した経済的価値と社会的価値の両方を同時に達成するCSV経営人材の育成を目指しています。
 2018年、大阪公立大学経営学研究科は、商学部に従来の商学科に加えて公共経営学科を設置しました。これは、営利組織に加え、非営利組織や公的機関、地域企業など、社会性・地域性を重視した人材育成を目的としています(阪公立大学商学部公共経営学科編, 2024)。CSV経営研究プログラムは、この公共経営学科の大学院(修士課程)版で、非営利組織のみならず営利組織も含め、持続可能な社会課題解決を目指して研究教育を行っています。

 

日本型CSV経営モデルの構築を目指して 

 CSVは、最近生まれた言葉ですが、その考え方は古くから存在します。と言うより、もともと経営は、経済的価値と社会的価値の両方を追求するものでした。
 たとえば、江崎グリコ㈱の創業者である江崎利一氏は、家業を引き継ぎ、借金を返済した後、「余裕ができたら社会のために金を使うように」という父親の教えを胸に、当時、世界的に注目されている栄養素のグリコーゲンが、日本の貝類、特にカキに多く含まれているという記事を目にし、現在の江崎グリコの礎となる栄養菓子「グリコ」を開発しました(グリコの商品形態はキャラメルですが、利一氏は、これをキャラメルとしてではなく「栄養菓子」として販売しました)。
 近江商人の経営哲学に「三方よし」というのがあります。三方よしとは、売り手、買い手のみならず、世間(社会)にとっても良いことを行うことを商売の理想とする考え方で、売り手と買い手という経済的価値だけでなく、世間という社会的価値も同時に満たそうとする、まさにCSVの考え方そのものだといえます(名和, 2015)。
 CSV経営研究プログラムでは、この日本に古くから存在するCSV経営の考え方を、現在そして未来の営利組織および非営利組織で実践するための日本型CSV経営モデルの構築を目指しています。

 

参考文献

・大阪公立大学商学部公共経営学科編(2024)『公共経営序論』あるむ
・名和高司(2015)『CSV経営戦略』東洋経済新報社
・Porter, E. Michael, and Mark R. Kramer (2011),” Creating Shared Value,” Harvard Business Review, January-February, 62-77.(編集部訳「共通価値の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』20116月号)
・(財)自治体国際化協会(2005)「米国の街づくりにおける非営利団体の役割」『CLAIRREPORT259, 1-39.https://www.clair.or.jp/j/forum/ c_report/pdf/259.pdf[2026.1.10閲覧]