留学報告記

2023年4月1日

出口惣大:アメリカのThomas Jefferson University, Department of Medical Oncology【2023年4月〜】

このたび研究留学の機会をいただき、2023年4月よりアメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるThomas Jefferson University, Department of Medical Oncologyに滞在しております。留学開始から早くも2年が経過しましたので、この機会にこれまでの経験を振り返り、ご報告いたします。

肝胆膵外科学の田中涼太先生が大学院卒業後に米国Thomas Jefferson University, Department of Medical Oncologyに留学されており、その後任としてお声掛けいただいたことがきっかけで、私も留学に挑戦することとなりました。留学準備は大変で、職場や家族にも多大な負担をかけることになりました。さらに、Thomas Jefferson Universityへの留学には英語試験で一定のスコアを取得する必要があり、数か月を要しましたが、幸いにも合格することができ、2023年4月末に無事渡米することができました。

Thomas Jefferson Universityは、アメリカ合衆国東海岸のペンシルベニア州フィラデルフィア中心部に位置する医療系の私立大学です。フィラデルフィア大学やシドニー・キンメル医科大学をはじめとする7つの学校・学部から構成されており、市内中心部には校舎、病院、研究施設が集積しています。1776年7月4日にアメリカ独立宣言が採択されたのも、このフィラデルフィアの地であり、当時の議事堂(現在のIndependence Hall)をはじめ歴史的建造物が数多く残っています。一方で近代的な高層ビルも立ち並び、大学はその街並みに溶け込んでおり、独特の風情を感じさせます。 

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写真: Thomas Jefferson大学の町並み

私の留学先は同大学の腫瘍内科で、ボスは日本人腫瘍内科医の佐藤隆美先生です。腫瘍内科には臨床グループと研究グループがあり、臨床グループは佐藤先生をはじめ数名の腫瘍内科医を中心に十数名のスタッフで構成され、多数の臨床試験に取り組んでいます。一方、研究グループでは主に動物モデルを用いた前臨床試験を行っています。

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対象とするがんの中心はメラノーマですが、その中でも特に稀少ながんであるぶどう膜黒色腫を扱っています。佐藤先生は転移性ぶどう膜黒色腫研究の第一人者であり、米国内のみならず世界中から患者が治療を求めて集まります。臨床グループはこれらの患者の治療にあたっていますが、この疾患の治療は非常に困難であり、いまだ有効な治療法が限られています。そのため、数々の新しい治療法が模索されており、私が所属する研究グループは、それらを臨床試験につなげるためのトランスレーショナルリサーチを担っています。 2022年に免疫治療薬Kimmtrakが承認され、ようやく一筋の光が見えましたが、効果としては十分とはいえず、その後も新しい免疫治療薬の開発が続けられています。免疫治療は殺細胞性抗がん剤と異なり、患者自身の免疫力を高めてがんを攻撃する治療法です。そのため研究段階においても人間の免疫環境が必要となります。しかし、動物と人間では免疫が大きく異なるため、通常の動物モデルをそのまま使うことはできません。そこで考案されたのが、動物体内に人間の免疫環境を再現し、ヒト化マウスを用いて治療法を開発するというアプローチです。 

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私の研究テーマは、転移性ぶどう膜黒色腫に対する新規治療法開発のため、ヒト化マウスを構築し、今後の治療戦略につながる基礎的知見を得ることです。研究内容は探索的で、条件を変えながら試行錯誤を繰り返す日々でしたが、佐藤先生や研究グループのメンバーの深い知識や経験に支えられ、研究内容のみならず基礎研究の考え方についても多く学ぶことができました。
また、印象的だったのは、実験試薬や物品が非常に早く届くこと、そして不明な実験についても必ず誰かが経験しており相談しやすい環境が整っていることでした。こうした点は「さすがアメリカ」と感じるものであり、研究を進める上で大きな助けとなりました。

佐藤先生は教育分野にも力を注がれており、Jefferson大学のJapan Centerの所長や、米国財団法人野口医学研究所の評議員会長も兼任され、多くの日本人研究者や医学生、医師を受け入れておられます。定期的に日本から医学生が短期のクリニカルクラークシップに参加し、病院各科で実習を行いますが、その高いモチベーションにはいつも感銘を受けました。
また、佐藤先生には食事会だけでなく、野球やバスケットボールの観戦にもご一緒させていただきました。2025年には地元のアメリカンフットボールチームであるEaglesが優勝し、運よく市内で行われた優勝パレードを目にすることもできました。街中はとてつもない数の人々であふれ、熱気とともにやや危なげな雰囲気も漂っており、独特の緊張感を覚えました。 

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写真右:大谷翔平を観戦することもできました (貴重なヒットシーンは佐藤先生に撮って頂きました) 


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フィラデルフィアにはThomas Jefferson Universityのほか、University of PennsylvaniaやTemple Universityといった有名大学があり、さらにChildren's Hospital of Philadelphia(CHOP)という世界的に著名な小児病院もあることから、日本各地から多くの留学生が集まっています。留学生家族は郊外のいくつかの地域にまとまって居住しており、そのおかげで多くの留学生仲間と交流する機会に恵まれました。近隣のブリューパブで集まって深夜まで語り合ったり、裏庭でバーベキューを楽しんだりと、貴重な時間を共有することができました。 家族にとってもとても刺激的で充実した時間を過ごすことができました。子どもを現地校に通わせることには最初は不安もありましたが、3ヶ月も経つと英語も私よりずっと流暢になり、友達と楽しそうに遊ぶ姿を見られるようになりました。妻も同じ時期にUniversity of Pennsylvaniaで臨床留学の機会を得て、アメリカの臨床現場を実際に経験することができました。休日には家族でさまざまな場所を訪れ、ニューヨークやワシントンD.C.では映 画で見た景色を自分の目で確かめ、ナイアガラの滝やフロリダ、メイン州、ヴァージニア州では雄大な自然を満喫することができました。 

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今回の留学を通じて、研究スキルの向上はもちろん、国際的な視野や異なる文化への理解も深めることができました。今後は帰国後に、ここで得た経験を研究と臨床の両面に活かし、患者さんに還元していきたいと考えています。そして、これから留学を目指す若手の医師や研究者には、自分の経験を伝えることで、少しでも挑戦への後押しができればと思っています。 最後に、留学を快くお許しくださった消化器外科の先生方、そして温かく応援してくださった先生方に、心より感謝申し上げます。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございました。