研究内容

環境生態学研究室では、熱帯から温帯にかけての森林を対象に、主に以下のようなテーマで研究を行っています。

  •  「森林の多様な生物はどのように共存しているのか?」という基礎的な生態学の課題
  •  「森林の利用と生物多様性の保全はどのように両立できるか?」という応用的な生態学の課題

これらの問いに答えるため、現地調査・ドローン観測・DNA解析・データ解析・理論モデルなどのさまざまな手法を組み合わせて研究を進めています。

研究キーワード

生物多様性、生態系サービス、熱帯林、種多様性維持機構、森林更新、種子散布、花粉散布、持続的森林管理、共有林、落葉広葉樹林、気候変動、APBON

主な研究トピック

熱帯林の生物多様性の維持の仕組み

東南アジアの熱帯林は、世界でもトップクラスの生物多様性を誇る地域です。どうして多くの生物種が、ひとつの森の中で共存できるのでしょうか?
私たちはこの問いに対して、現地で収集した植物の種多様性データ、ドローンによる空からの観測、そして生態学の理論モデルを組み合わせて調べています。
たとえば、ドローンを使って森林の立体構造を分析した研究(Takeuchi et al. 2023)では、森林の高い位置にある木々(高木層)は、大量のバイオマス(森林が蓄える炭素)を保持している一方で、そこに到達する樹木の種類は少ないことがわかりました。一方、森の低い位置(林床層)には、多くの異なる樹木種が存在し、種の多様性の中心となっています。このように、森林の高さごとに植物の種類や役割が異なることで、限られた空間の中でも多様な植物たちが共存することが可能になります。つまり、森林の「垂直構造の複雑さ」は共存のカギとなっていることが考えられます。

熱帯林の生き物

東南アジアの熱帯林に特有の珍しい植物:食虫植物のウツボカズラや世界最大級の花を咲かせるラフレシアなどの基礎生態の調査も行っています。

一斉開花・結実現象

東南アジアの低地熱帯林では、「一斉開花(general flowering)」と呼ばれる、数年から数十年に一度、不定期の間隔で、複数種の木が同時に開花・結実する現象が知られています。なぜこの地域のみに存在するのか、なにがトリガーとなって開花するのか、なぜ一斉開花が進化したのか、はいまだ謎です。
私たちは、一斉開花に参加するフタバガキ科と呼ばれる種群を対象に、種子や花粉の移動距離とその生態的な意味を研究しています。

森林の断片化が生物多様性に与える影響

熱帯林では、開発が進むにつれて、森林が分断されてしまう現象=「森林の断片化」が深刻な問題となっています。森が分断されると、生物の生息環境が変わり、種同士の関係や生態系のバランスも崩れていきます。
私たちは、こうした森林断片化が植物の繁殖や世代交代にどのような影響を与えるのかを調べています。これまでの研究から、フタバガキ樹木は、自家受粉・近くの親木同士で交配すると、種子が小さくなったり、葉に葉緑素を持たない「アルビノ」個体が出現するなど、有害な影響がある(近交弱勢)ことが示されました。これらの研究から、花粉や種子が遠くまで運ばれること(長距離散布)が樹木個体群の維持には不可欠であるため、森林断片化の長期的な影響が懸念されました。

ボルネオの集落保存林の生物多様性と保全価値

ボルネオ島の先住民の村々では、「集落保存林」と呼ばれる森を地域に残してきました。私たちは、このような森林の生物多様性と、地域社会にとっての資源としての意義の両方に注目して調査を行っています。

集落保護林での調査の結果、これらの森には樹木や哺乳類の種が原生林と同じくらい多く見られ、遺伝的にも豊かであることがわかりました。また、地域社会にとっても、集落保護林は、水源や建材、食料などを得る資源調達の場です。なかでもラタン(籐)と呼ばれるつる性の植物は、カゴやマットの材料として利用されてきました。村の人々はラタンの種類や特性を見分ける知識(伝統知)を持っており、用途に応じて使い分けています。たとえば、ひとつのカゴにも複数種のラタンが使われており、素材の違いを活かしたカゴ編みも見られます。

サラワクでの持続可能な森林利用

マレーシア・サラワク州では、国土の森林の大半が木材を生産する「生産林」として利用されています。現在、持続可能な森林経営、生物多様性の保全の両立が大きな課題となっています。私たちは、サラワク州政府と協力し、伐採後の森林の回復メカニズムや回復過程を観測する技術の開発に取り組んでいます。現在は、ドローンによる上空からの観測、衛星データによる広域モニタリング、DNA解析による木の種類の特定、など最新技術を組み合わせて、木材の量(材積)、生物多様性、炭素の蓄積量などを定量的に把握することを目指した研究を行っています。

日本の森と気候変動

近年、日本各地の森林でも、温暖化や気候変動の影響が少しずつ現れはじめています。JaLTER・特定植物群落調査などの全国の森林で長期にわたって蓄積されてきた調査データをもとに、森林がどのように変化してきたのかを詳しく分析しています。その結果、ある地域では、常緑樹が増える・落葉樹が減少していることや、寒冷な気候に適応した樹種が減り、暖かい地域に分布する樹種が進出してきているといった変化も見えてきました。こういった研究は、今後気候変動の影響がさらに進むと考えられる中で、森林管理や生物多様性の保全のあり方に役立つ科学的な知見を提供することに貢献することが期待されます。

日本・アジア・世界をつなぐ、生物多様性の観測と保全のネットワーク

アジア・太平洋地域の生物多様性に関する研究者や政策決定者(ステークホルダー)とともに、生物多様性をどのように観測し、保全に役立てていくかについて話し合う国際的な取り組み「アジア太平洋生物多様性観測ネットワーク(APBON)」の活動にも力を入れています。このネットワークは、科学と政策をつなぐプラットフォームとして、日本をはじめとする各国の専門家が連携し、「国や地域ごとに異なる生物多様性の状況や課題を共有し、各国の経験や知見を活かしながら協力体制を築く」、「各国において生物多様性の観測と保全を実現する仕組みの検討を行う」、「生物多様性観測に関するキャパシティービルディングを実施する」ことを軸とし、活動を行っています。こうした取り組みを通じて、アジアの成果を世界へとつなげ、持続可能な未来に向けた国際的な協働を進めています。