小胞体ストレス応答

真核生物の細胞は多様な種類の細胞内小器官(細胞内で一定の機能を持つ、膜に囲まれた構造体)を持っています。小胞体は、分泌タンパク質や膜タンパク質の合成、成熟に重要な細胞内小器官です。これらのタンパク質は小胞体で合成された後、小胞体内に存在する分子シャペロンの助けを借りて正しい立体構造を取り成熟した後、小胞輸送によって液胞や細胞外へと運ばれます。全遺伝子の約3分の1は分泌タンパク質や膜タンパク質をコードしており、非常に多くのタンパク質にとって小胞体は重要な役割を果たしていると言えます。

 

様々な環境要因により小胞体内でのタンパク質の成熟に異常が起こり、高次構造が異常になった不良タンパク質が蓄積してしまうことがあります(この状態は小胞体ストレスと呼ばれます)。不良タンパク質は凝集しやすく細胞にとって強い毒性を持つため、小胞体ストレスを軽減する必要があります。そのための細胞応答は小胞体ストレス応答またはUnfolded protein responseUPR)と呼ばれます。

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私達は主にモデル植物であるシロイヌナズナを用いて小胞体ストレス応答の研究を行っています。小胞体ストレスを受けるとIRE1と呼ばれる小胞体ストレスセンサーが活性化し、転写因子bZIP60をコードするmRNAのスプライシングを触媒します。このスプライシングは、核で起こる通常のスプライシングとは異なり細胞質で起こることから細胞質スプライシングと呼ばれています。スプライシングされたbZIP60 mRNAから活性型bZIP60が産生され、様々な種類の小胞体シャペロンをコードする遺伝子の転写を活性化します。これにより小胞体シャペロンが大量に産生され小胞体ストレスを軽減します。スプライシングされたbZIP60 mRNAには新たな読み枠(Open Reading Frame 2: ORF2)が生じ、元のタンパク質には無かったアミノ酸配列が出現します。ORF2がコードする領域はbZIP60の転写活性化能の上昇に働きますが、そのメカニズムはわかっていません。

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また、IRE1は分泌タンパク質をコードするmRNAの分解も触媒し、このメカニズムはRIDDRegulated IRE1-Dependent Decay of mRNA)と呼ばれています。RIDDにより小胞体での分泌タンパク質の合成量が低下するため、ストレスのかかった小胞体への負担が軽減されると考えられています。IRE1による小胞体ストレス応答の制御系は進化的に最も古いと考えられ、酵母や動物でも保存されていますが、IRE1mRNAを選択的に分解するメカニズムはわかっていません。

 

IRE1によるRNAレベルでの制御に加えて、転写因子bZIP28bZIP17のタンパク質レベルでの制御も存在します。bZIP28bZIP17は膜結合型タンパク質として合成されますが、小胞体ストレス時にプロテアーゼにより切断され膜から切り離されることで核に移行し、小胞体シャペロン遺伝子の転写を活性化します。この経路は酵母には見られませんが、動物では小胞体膜結合型転写因子ATF6S1PS2Pという2つのプロテアーゼによって切断されます。私達はbZIP28bZIP17の切断様式が動物のものとは異なることを明らかにしましたが、依然として未解明な点もあります。

 

私たちは20年近く植物の小胞体ストレス応答の分子メカニズムに関する研究で世界をリードしてきました。その間、海外の研究者の参入もあり、分子メカニズムの多くが明らかとなりました。その一方で、小胞体ストレス応答の生理的役割については必ずしも明確ではありません。

 

 IRE1が欠損すると高温下での花粉の成熟や塩ストレス下での生育に欠損が起こることが知られています。また、ウイルス感染により小胞体ストレス応答が活性化されることが報告されています。トウモロコシやイネでは種子貯蔵タンパク質に異常があると小胞体ストレス応答が起こることが分かっています。このように小胞体ストレス応答は植物の様々な生理応答に重要な役割を果たすと考えられることから、私たちはシロイヌナズナのIRE1とbZIP60を中心に小胞体ストレス応答の分子機構と生理的役割の解明を進めています。

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【発表論文(抜粋)】

  • Takeda, S., Togawa, T., Mishiba, K.-I., Yamato, T. K, Iwata, Y., & Koizumi, N. (2022) IRE1-mediated cytoplasmic splicing and regulated IRE1-dependent decay of mRNA in the liverwort Marchantia polymorpha. Plant Biotechnol., 39, 303–310
  • Mishiba, K.-I., Iwata, Y., Mochizuki, T., Matsumura, A., Nishioka, N., Hirata, R., & Koizumi, N. (2019). Unfolded protein-independent IRE1 activation contributes to multifaceted developmental processes in Arabidopsis. Life Sci Alliance, 2, e201900459.
  • Iwata Y, Iida T, Matsunami T, Yamada Y, Mishiba K-I, Ogawa T, Kurata T, Koizumi N (2018) Constitutive BiP protein accumulation in Arabidopsis mutants defective in a gene encoding chloroplastt-resident stearoyl-acyl carrier protein desaturase. Genes Cells 23:456-465
  • Iwata Y, Yagi F, Saito S, Mishiba K-I, Koizumi M (2017) Inositol-requiring enzyme 1 affects meristematic division in roots under moderate salt stress in Arabidopsis. Plant Biotechnol, 34, 159-163.
  • Iwata Y, Ashida M, Hasegawa C, Tabara K, Mishiba K-I, Koizumi N (2017) Activation of the Arabidopsis membrane-bound transcription factor bZIP28 is mediated by site-2 protease, but not site-1 protease. Plant J, 91, 408-15.
  • Mishiba, K.-I., Nagashima, Y., Suzuki, E., Hayashi, N., Ogata Y., Shimada, Y., & Koizumi, N. (2013). Defects in IRE1 enhance cell death and fail to degrade mRNAs encoding secretory pathway proteins in the Arabidopsis unfolded protein response. PNAS, 110, 5713-5718.
  • Nagashima, Y., Mishiba, K.-I., Suzuki, E., Shimada, Y., Iwata, Y., & Koizumi, N. (2011). Arabidopsis IRE1 catalyses unconventional splicing of bZIP60 mRNA to produce the active transcription factor. Sci Rep, 1, 29.
  • Iwata, Y., Fedoroff, N. V., & Koizumi, N. (2008). Arabidopsis bZIP60 is a proteolysis-activated transcription factor involved in the endoplasmic reticulum stress response. Plant Cell, 20, 3107-3121.
  • Iwata, Y., & Koizumi, N. (2005). An Arabidopsis transcription factor, AtbZIP60, regulates the endoplasmic reticulum stress response in a manner unique to plants. PNAS, 102, 5280-5285.
  • Koizumi, N. (2003). A chimeric tunicamycin resistance gene as a new selectable marker for Arabidopsis thaliana. Plant Biotechnol, 20, 305-309.
  • Koizumi, N., Martinez, I. M., Kimata, Y., Kohno, K., Sano, H., & Chrispeels, M. J. (2001). Molecular characterization of two Arabidopsis Ire1 homologs, endoplasmic reticulum-located transmembrane protein kinases. Plant Physiol, 127, 949-962