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2026年2月5日

  • 看護学
  • 卒業生

社会正義を原点に国際機関へ。責任あるビジネスの実現を目指して/内村 江里さん(ビジネスと人権コンサルタント)

看護学を出発点に、ロンドンの大学院で社会人類学を学び、コスタリカとフィリピンで開発途上国の現実に触れた内村 江里さん。ILO本部、OECD、国際機関日本政府代表部、グローバルファンドと幅広い国際キャリアを歩む中で、「人を数ではなく一人として見る姿勢」と「歴史や権力構造を意識する視点」が常に軸にありました。

帰国後は独立し、企業の人権デューデリジェンスやサステナビリティ推進関連の支援、持続可能なサプライチェーンの構築事業などを展開する内村さんにお話を伺いました。

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PROFILE

 内村 江里(うちむら えり)

  • 2008年に大阪市立大学医学部看護学科卒業後、医療機器メーカーで営業職を経験。2011年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)で社会人類学修士課程を修了。民間企業でESG投資や企業のサステナビリティ推進の業務に携わる中で、開発途上国における生産現場の実態を把握する必要性を感じ、2014年よりAsian Peacebuilders Scholarshipの奨学生として国連平和大学(コスタリカ)、アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン)に留学し、開発経済学と国際関係学(政治)の修士号を取得。2016年より国際労働機関(ILO)のジュネーブ本部部門別政策局で、主に農村経済におけるディーセントワーク推進プログラムに従事。その後、パリのOECD、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部、世界エイズ・結核・マラリア基金(グローバルファンド)で勤務し、現在はMidori Ethics Labを拠点に、企業や団体のサステナビリティ推進支援を行っている。

※所属は取材当時

看護学部時代に学んだ「死」と「生」──数ではなく人を見る原点

“死を学ぶことは、生を学ぶこと”。大学時代に『死の準備教育』という授業で出会ったこの言葉は、内村さんの価値観に深く刻まれました。看護学部での臨床実習では患者さんの死が身近にあり、“一人の人として向き合う姿勢”が鍛えられていったと言います。

「死をタブーにせず、むしろ“より良く生きるための学び”として語ることを教わりました。この視点は、後に過労死や労働搾取の問題に向き合う際にも、とても大事な土台になりました」

数としての労働者ではなく、目の前の一人の人間として捉える。看護で培ったこの視点は、のちの国際機関のキャリアにも一貫して活きることになります。

社会人類学が開いた世界:植民地支配と“見る側/見られる側”

看護学から社会科学へ、学びの幅を広げる中で、ロンドン大学東洋アフリカ硏究学院(SOAS)で専攻し、その後の人生に大きな影響を与えた学問が社会人類学でした。世界各地から集まる学生たちと日常的に議論を交わす環境の中で身につけた視点は、その後、開発途上国の社会経済発展に携わる国際機関で働く際の、思考の土台になっています。

「社会人類学を学ぶと、『誰が、どの立場から世界を見ているのか』『その合理性や客観性は、誰にとって正しいものなのか』といった問いを常に意識するようになります。これは今、サプライチェーンにおける労働問題の是正を扱う上でも、とても大事な姿勢です。国際協力の現場では、支援する側が適切だと考える介入が、必ずしも受益者の利益につながらないことがあります。社会人類学は、そうしたズレに寄与してしまう目に見えない権力構造や、前提となる規範や価値観を読み解く視点を与えてくれました。また、企業の調達やビジネスの現場でも、対等ではない関係性の中で意思決定が行われる場面は少なくありません。観察者としての自分の立場性を意識しながら向き合う姿勢は、この学びから得られた大きな収穫でした」

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ILO本部、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部、グローバルファンド。海外でのキャリアを積む

ロンドン大学で社会人類学の修士課程を修了後、英国の民間企業でESG調査やCSRの実務を経験します。そんな中、開発途上国における労働現場の実態を把握する必要性を感じ、2014年よりAsian Peacebuilders Scholarshipの奨学生として国連平和大学(コスタリカ)、アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン)にも留学。開発経済学と国際関係学(政治)の修士課程を修了します。

「英国で働いていた際に、グローバル企業に作られた監査の仕組みが、現場の実態を必ずしも変えていないことを痛感しました。遠くから“データ”だけ見ても、現実は分からない。まず現場を知る必要があると思いました 」 

その後、内村さんは外務省のJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)に選ばれ、ILO(国際労働機関)ジュネーブ本部へ。農村経済における労働・雇用関係の各国でのプロジェクトの管理や政策分析および提言、農業における女性活躍推進、能力開発事業の企画・実施など、多様な業務に携わります。さらに、パリでOECDとILOのジョイントプログラムに参加。その後は在ジュネーブ国際機関日本政府代表部に着任し、外交業務を担う職員として多国間交渉の最前線に立ちました。

ILOから国連本部にイベント出展(2017年)

「国際ルールの多くは、長い歴史の中で欧米を中心に作られてきました。日本は“後から入る側”だからこその難しさや工夫があると、身をもって感じました」

続いて赴いたのは、感染症対策を担うグローバルファンド。アフリカ地域で医療品を安定的に供給するための仕組みづくりに政府、企業、NGO等とのパートナーシップ専門家として携わり、成果の可視化と測定の重要性を深く学んだと言います。

「学生時代に看護学で学んだのは、数値の奥に必ず一人の人生があるということ。グローバルファンドでは、その“一人一人”を守るために、事業を定量的に評価分析する重要性を学びました。どれくらいの蚊帳を送って何人がマラリアから守られたとか、死亡数が減ったとか、現地の人のためになることを行い、そのインパクトをしっかり数値化していました。資金についても、1円の使い道まで追い、どんな成果があったかを数字で確認する。成果の最大化のため、また日本を含む加盟国の納税者の皆さんからいただいている貴重な資金を最大活用するためにも、重要且つ必須だと実感しました」

約10年過ごしたジュネーブの仲間たちと(2025年)

帰国後の挑戦─開発課題×企業サステナの“橋渡し”へ

2025年に帰国した後は、Midori Ethics Labを立ち上げ、企業や団体を支援。テーマは企業のサステナビリティ推進支援、人権デューデリジェンス実施、グローバルサプライチェーンにおける社会・環境リスク対策など、幅広く取り組んでいます。具体的には、アジア・アフリカの農業サプライチェーンにおける労働環境調査、グローバル企業の人権リスク評価、途上国政府や現地パートナーとの対話ファシリテーションなどを手がけています。国際機関での政策立案経験と、現地での実態把握の両方ができることが強みです。

「開発協力と企業のサステナビリティ推進、どちらの経験もある人はまだ少ないと思います。だからこそ橋渡し役として貢献できる部分があると感じています。例えば、日本企業がサプライチェーンの先にいる途上国の生産者や政府と対話する際、文化的背景や歴史的文脈を踏まえた調整の良し悪しが成功の鍵になります。現地の声を企業に届け、企業の方針を現地が理解できる形で伝える。こうした橋渡しは、双方の信頼構築に不可欠だと感じています。また、ビジネスによる環境・社会インパクトの定量化やサプライチェーンの見える化といったツール開発に、大学や研究機関と連携して取り組んでいくことも視野に入れています」

日常はすでに海外とつながっている。語学もまず、使ってみるところから

最後に、若い皆さんへのメッセージをいただきました。

「日本で生活していても、輸入された服や食品などの消費や、外国人スタッフによるサービスなどを通して、皆さん必ず海外とつながって生きています。だからこそ、チャンスがあれば海外に行ってその繋がりを感じてきてほしい。数日とか数週間でも構いません。そんな短期間で何が分かるのか、と言われるかもしれませんが、そのような目的意識があれば、やっぱり行くと行かないとでは違うと思います」

やはり海外生活で心配なのは言葉の壁。語学力アップのコツもお聞きしました。

「発音が完璧じゃなくていいし、文法が多少崩れても大丈夫。とにかく声に出してたくさんアウトプットすること。それが、上達への一番の近道です。日本では英語のペーパーテストもあると思いますが、書けることと話せることは全然違うんですよね。私自身、まだあまり英語が話せないときにイタリアとドイツでボランティアを経験しました。いろいろ理解しないといけない、自分から発信しないといけないという環境で、仕事についていくのに必死でしたが、ボランティアが終わるころには驚くほど英語が話せるようになっていたんです。まずはどんどんアウトプットすることをおすすめします」

ドイツでのボランティア仲間と(2009年)

そして、学生であることの特権も忘れないでほしいと言います。

「学生の皆さんが、気になる活動や仕事している大人に対して“お話聞かせてください”と連絡すれば、意外と応えてくれることをぜひ知ってほしいです。私もそうやって多くの先輩にお世話になってきました。今では若い人に何かを依頼されたら、なるべくお応えするようにしていますし、自分のネットワークを使って誰かにつなぐこともあります。学生という看板はずっとある訳ではないので、どんどん声を上げて興味のあることにチャレンジしてほしいです。今、世界情勢の変化により、国際機関の活動を含む多国間協力は難しい局面を迎えています。私は当初、こんなことになってしまって次世代の人たちに申し訳ないと思っていましたが、日本を含むいろんな国でむしろ若い人たちのほうが地球課題の解決のために人類の結束を強めようと声をあげてくれているのを知って、とても勇気づけられています。大阪公立大学には、このような問題について深く考え、将来のリーダーを育てる歴史と環境があると思います。ぜひ、その環境を生かしてほしいですね。大学時代に学んだ社会正義という原点は、今も私の活動の核にあります。後輩の皆さんにも、専門分野を超えた学びや、現場に足を運ぶ経験を大切にしてほしいと思います。在学生や卒業生の方で、国際機関でのキャリアやサステナビリティ分野に関心がある方がいれば、ぜひ交流できればうれしいです」