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2025年10月11日

SaMD(プログラム医療機器)を取り巻く国際的な規制動向

はじめに

国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)は、プログラム医療機器(SaMD)を「ハードウェア医療機器の一部でなくても、1つ以上の医療目的に使用されることを意図し、その目的を実行するソフトウェア」と定義し、国際的な規制の調和を目指しています。しかし、多くの国や地域では、この国際的な動向とは別に、それぞれの国内法でSaMDを独自に定義・規制しており、国際的な分断を引き起こしている側面があります。

この記事では、EU、米国、および日本におけるSaMDの規制枠組みと、その特徴的なアプローチについて、ソースに基づき概説します。

欧州連合(EU):MDSWとしての包括的な規制

欧州連合(EU)では、SaMDではなく「Medical Device Software (MDSW)」という独自の用語を使用しており、その規制は欧州医療機器規則(EUMDR)または欧州体外診断用医療機器規則(EUIVDR)に基づいて適用されます。

MDSWの定義と規制範囲

MDSWは、EUMDRまたはEUIVDRで規定された医療機器の目的に使用することを意図し、単独または組み合わせて使用するソフトウェアと定義されます。

EUのMDSWの定義の最大の特徴は、ハードウェア医療機器がその医療目的を達成するために必要なソフトウェア、すなわち「組込みソフトウェア」にも適用される点です。例えば、輸液ポンプのステッピングモーターの駆動に必要なインスリン投与量計算プログラムはMDSWに該当しえますが、SaMD(IMDRFの定義)には含まれません。

一方で、単にデータ保管、デジタル文書保存、単純検索の機能のみを提供するソフトウェアは、EUでは医療機器として規制しないことが明確にされています。また、「妊娠のコントロール」や「妊娠のサポート」(避妊や妊活アプリなど)のためのソフトウェアは、EUの医療機器の定義に含まれるため、MDSWの規制範囲内となります。

MDSWのクラス分類

MDSWは、Rule 11に従って分類されます。

  • 意思決定支援ソフトウェア: 診断や治療を目的とした意思決定に使われる情報を提供するソフトウェアに適用されます。その分類は、その決定が影響を与える危害の重大性に基づいて判断されます。
    • クラス III: 死亡または人の健康状態の不可逆的な悪化に影響を与える可能性がある場合。
    • クラス IIb: 人の健康状態の重大な悪化または外科的介入に影響を与える可能性がある場合。
    • クラス IIa: 上記以外の場合。

規制当局は、IMDRFのSaMDリスクフレームワークを使用することを推奨しています。Rule 11は危害の重大性のみに言及しており、危害が発生する確率は考慮されていないため、文字通りに解釈すれば全てのMDSWがクラスIIIになる可能性があるからです。

体外診断用ソフトウェア

体外診断用医療機器に該当するソフトウェアは、EU IVDRの規制対象となります。この該当性を判断するプロセスは、①ソフトウェアがIVDの定義の範囲内で情報を提供するか、②データがIVD医療機器のみに基づくか、または③IVDデータソースが意図する使用目的を実質的に決定するか、という3つのステップで判断されます。

米国FDA:コードベース分類とリスク評価の多角化

米国FDAは、連邦食品医薬品化粧品法(FD&C Act)の法的定義を満たすSaMDを規制しています。規制の対象となるSaMDもあれば、法律的には対象となるもののFDAが積極的に規制しない「執行裁量」の対象となっているSaMDもあります。

規制範囲と臨床診断支援ソフトウェア

FDAは、様々なタイプのソフトウェアに対して規制アプローチを適用しています。

  • 臨床判断支援ソフトウェア: 臨床判断支援は、医療従事者、患者、その他関係者に対して、医学的根拠に基づき、健康や医療の向上を目的に情報を提供するツールと定義されています。
  • 規制対象外の可能性: 対象とするユーザーが、ソフトウェアからの推奨情報の根拠を自身で十分に把握し理解できる能力を持つ医療従事者であり、かつソフトウェア自体が信号や画像の取得処理、分析を行わない場合は、医療機器としては規制されない可能性があります。
    • 例えば、発熱検知アプリが医療従事者のみを対象とする場合、医療従事者は38℃が発熱を意味することを自身で判断できるため、米国ではSaMDとはなりません。

クラス分類と上市経路

FDAは、医療機器のリスクに応じてクラス I、II、IIIに分類するコードベースの分類システムを採用しています。

  • クラス II: 一般管理と特別管理が必要で、多くは先行機器との実質的同等性を証明する市販前届出(510(k))が必要です。
  • クラス III: 一般管理と市販前承認が必要となり、通常、臨床試験が必要となります。

IVD SaMDの分類においても、まず使用目的に応じたリスクに基づいて分類され、規制経路が決定されます。

ソフトウェアのリスク評価基準(懸念レベル)

FDAは、クラス分類に加え、ソフトウェア製品に固有の「懸念レベル(Level of Concern)」(深刻、中程度、低)を特定することを求めています。これは、故障や潜在的な欠陥が患者または操作者に間接的または直接的に与える傷害のリスクの深刻さを判定するものです。

  • 深刻(Serious): 故障や潜在的な欠陥が、直接的または間接的に患者や操作者の死亡や重傷につながる可能性がある場合。

IVD SaMDは、ソフトウェアの欠陥による医療者の誤った判断または不作為の結果として患者に傷害を引き起こす可能性があるため、FDAは通常、IVD SaMDを中程度以上の懸念レベルとみなしています。この懸念レベルは、FDA提出書類に必要なエビデンスの質と種類を決定する上で重要です。

日本:クラスI相当の「非該当」化と承認戦略の柔軟化

日本においては、「医療機器プログラム」および「プログラム医療機器」という用語が用いられ、厚生労働省のガイドラインに基づいて規制の範囲が定められています。

規制対象の範囲と「非該当」製品

日本における規制の最大の特徴は、GHTF(後継組織がIMDRF)の国際分類に基づくリスク分類において、クラスI相当のプログラム製品は医療機器に該当しないものとして整理されている点です。

したがって、国内で規制対象となるプログラム医療機器はクラスII(管理医療機器)以上の製品のみとなります。

  • 該当性判断のプロセス: 開発するプログラム製品が医療機器に該当するかどうかについては、厚生労働省が発出する「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」や「判断事例」が参考になります。判断が難しい場合は、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の相談窓口に該当性判断を仰ぐことが可能です。

開発支援体制と保険償還の課題

2021年4月には、SaMD開発促進のため、厚生労働省にプログラム医療機器室が、PMDAにSaMD審査室が設立され、行政側の体制が整備されました。

また、改良や改善が頻繁かつ多様な手法で行われるSaMDの特性を踏まえ、「プログラム医療機器の特性を踏まえた二段階承認」(通称、SaMD版リバランス通知)という新たな承認枠組みが2023年11月に発出されています。

保険償還(市場参入のハードル)について クラスI相当のプログラム製品が医療機器に該当しないため、保険診療の中で活用できないのではないかという懸念が聞かれることもありました。しかし、これらのプログラム製品が保険診療の中で使用できないわけではなく、患者と医療機関の間で金銭授受が発生しなければ、混合診療にはあたらないとされています。

ただし、医療機関がそのプログラム製品を用いることを理由に患者から別途費用を徴収する場合においては、保険外併用療養制度の活用が必要となります。令和6年の診療報酬改定において、一部の条件を満たすSaMDについてはこの制度の活用が可能となるなど、保険償還に関する柔軟な姿勢が見られています。

まとめ

SaMDを含む医療ソフトウェアの規制環境は、各国の医療制度や法的背景に応じて独自の発展を遂げています。

  • EUはMDSWとして定義し、ハードウェアに組み込まれたソフトウェアまで広く規制対象としていますが、リスク分類の基準(Rule 11)は危害の重大性に焦点を当てた厳格なアプローチを採用しています。
  • 米国FDAはコードベースの分類を採用しつつ、臨床判断支援ソフトウェアの規制対象を限定するなど、ソフトウェア固有のリスクを「懸念レベル」で多角的に評価しています。
  • 日本は、国際的な基準(GHTF)に比べ、クラスI相当の低リスクなソフトウェアを医療機器の規制対象から除外している点が最大の特徴であり、頻繁な改良に対応するための新しい承認戦略の導入を進めています。

引用

コーエン・コバート, ガート・ボス編, 桐山瑶子訳『医療機器プログラム(SaMD)-その規制と市場参入の課題-』薬事日報社, 2025年, 280頁.