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2025年10月17日

医師法17条とAI

医療現場へのAI導入が進む中、「AIに何を任せてよいのか」「医師の判断をどこまで代替できるのか」という問いは、法制度と現場運用の両面で重要なテーマとなっています。医師法や厚生労働省の通知・指針をもとに、日本でのAI、すなわちプログラム医療機器(SaMD)の活用範囲を、臨床およびその中でも特に検診・健診分野について、一部私見も交えつつ整理します。

医師法が定める「医業」とAIの位置づけ

医師法第17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と規定しています。厚生労働省の整理によれば、ここでいう「医業」とは、医師の医学的判断や技術をもってしなければ人体に危害を及ぼし得る行為を指します。診断や治療の判断は典型的な医行為に該当するため、AIを導入する場面でも「判断の主体が誰なのか」が常に問われることになります。

SaMDに関しては、2018年12月に発出された厚生労働省の通知(医政医発1219第1号)が重要な意味を持ちます。この通知では、AIは診療プロセスにおける医師主体の判断をサポートする効率化ツールに過ぎず、判断の主体は少なくとも当面は医師であると明確化されました。すなわち、AIを用いて診療を行う場合でも、診断や治療等の主体は医師であり、最終的な判断責任も医師が負うという整理がなされています。

これらの法律や通知を軸として、現状のSaMDが実臨床現場でできることと、その中で特に検診・健診でできることについても具体的に見ていきます。

実臨床におけるAI活用の可能性と限界

AIによるトリアージで一部症例を医師が確認しないことは可能か

原則として困難と考えられます。その理由は医師法第17条との関係です。

AIのスコアやフラグのみに基づいて「読まない」「診ない」症例群を作ることは、医師の医学的判定を経ない医行為が成立していると評価される懸念があります。優先度付け、たとえばワークリストの並べ替えなどは補助手段として用いることができますが、最終的には全例に対して医師による責任ある関与があることが望ましいと考えられます。

現実的な導入を考えるのであれば、優先度付けによる迅速化、注目すべき領域の提示、陰性症例のランダム監査、ダブルチェックの候補抽出など、医師の介入を前提としたワークフローの中に位置付けるのが安全です。PMDAの審査においても、CAD(コンピュータ支援診断)やCADe(コンピュータ支援検出)、CADx(コンピュータ支援鑑別診断)といったシステムは、医師を補助するものとしての運用が前提となっています。

AIが医師を補助することは可能か

既に広く可能であり、承認された製品も多数存在します。内視鏡検査、CT、MRI、X線撮影、マンモグラフィなどの分野で、病変候補の検出、重症度の推定、緊急所見のアラートなどが実装されています。個別の製品における使用目的は「診断の補助」や「読影の補助」と定義されており、医師の最終判断を代替しない設計となっています。このような補助的な使い方は、既に日常診療の中で実践されています。

検診・健診におけるAI活用の現状

検診でAIによるトリアージを行い、一部を医師が確認しない運用は可能か

原則として困難と考えられます。その理由は大きく二つあります。

第一に、やはり医師法第17条との関係です。検診であっても、画像から疾患の有無を判定する行為は医行為に該当すると解されます。AIのスコアやフラグのみに基づいて「読まない」「診ない」症例群を作ることは、医師の医学的判定を経ない医行為が成立していると評価される懸念があります。優先度付け、たとえばワークリストの並べ替えなどは補助手段として用いることができますが、最終的には全例に対して医師による責任ある関与があることが望ましいと考えられます。

第二に、厚生労働省が定める「がん検診実施のための指針」では、胃がん検診における胃部X線撮影、肺がん検診における胸部X線撮影、乳がん検診におけるマンモグラフィなどで、二重読影、すなわち2名の医師による読影が明記されています。さらに、所見に応じた比較読影まで手順化されています。AIによる省人化を目的として一部を医師が確認しないという運用は、この指針にも整合しません。

実際に、自治体が策定する実施要領や仕様書でも「十分な経験を有する医師2名以上による二重読影」が求められています。また、検診を実施する団体の大半が、二重読影を標準的な運用として採用していることも確認されています。

医師2人のうちの1人をAIが代替できるか

医師法第17条の観点からは、必ずしも抵触しません。医師法は医業を医師が行うことを求めていますが、検診における読影体制の具体的な人数配置までは規定していないためです。

しかし、厚生労働省の「がん検診実施のための指針」は「医師」による二重読影を要請しており、AIは医師ではないため、指針に基づく運用としては認められていません。このため、指針が改定されない限りは、AIを第2読影者として制度上カウントすることは難しいというのが現状です。

もっとも、実証研究は国内外で進んでいます。国際的には「医師1名とAI」対「医師2名」という構成で非劣性を検証する前向き研究が公表されています。ただし、これらはあくまで運用可能性を示す医学的エビデンスであり、国内の公的検診における運用規範である指針とは別物です。臨床研究の成果が制度に反映されるかどうかは、今後の厚生労働省による指針改定や自治体レベルでの実装に関する議論を待つ必要があります。

検診においてAIが医師を補助することは可能か

こちらはもちろん可能です。現行の指針は二重読影体制を前提としていますが、AIによる病変候補の抽出、注目すべき領域の提示、過去画像との比較支援などを「補助」として併用することは、精度管理の強化という文脈で位置付けやすいと考えられます。二重読影の目的である感度や特異度の向上、読影者間のばらつき抑制といった観点から見ても、補助技術の活用は有益であり、既に一部の現場では導入が進んでいます。

まとめ

医療AIの活用範囲は、法制度と医学的エビデンスの両輪で決まります。現時点では、AIはあくまで医師の判断を支援するツールであり、診断や治療の最終責任は医師が負うという原則が明確にされています。実臨床においてはAIによる補助が既に広く行われている一方で、トリアージによる医師確認の省略は、医療機器の承認内容や医師法の解釈上、課題があると考えられます。

検診・健診の分野では、医師法上の制約は必ずしも明確ではないものの、公的指針が二重読影を求めているため、AIによる医師の代替は現状では認められていません。しかし、補助としての活用は可能であり、将来的には研究成果の蓄積を通じて指針の見直しが検討される可能性もあります。

医療AIの適切な活用のためには、法令や指針を正しく理解し、承認された用途の範囲内で運用することが不可欠です。技術の進歩と制度の整備がバランスよく進むことで、より安全で効率的な医療が実現されることが期待されます。