ACTIVITY REPORT
2026年3月3日
NYで憧れの"スローン"(Memorial Sloan Kettering Cancer Center)に留学!(渡邉 元己)
2008年熊本大学卒の渡邉元己と申します。
私は主に、久留米聖マリア病院、がん研有明病院、東大病院、大阪公立大学病院と、経歴を辿ってきました。
2025年に、アメリカ・ニューヨーク (NY)にある、Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC)へ留学する機会をいただきましたので、ここにご報告いたします。
本報告では、①MSKCCとはどのような病院か、②留学までの準備、③NYでの生活、④今後の目標、の4項目に分けて記載いたします。
1, MSKCCとは
MSKCCはニューヨーク・マンハッタンに位置する、米国有数のがん専門病院です。
2025年度には、MD Anderson Cancer Centerに次ぐ全米第2位の評価を受けています。病院の外観は一般的な「病院」というよりもビジネスビルに近く、マンハッタンのアッパー・イースト地区に外来棟や手術棟など複数の建物が点在しています。メインビルに近づくにつれて、通りには病院のシンボルマークや旗が掲げられ、強いブランド意識を感じさせます。院内でもロゴは職員のユニフォームから備品に至るまで随所に見られ、組織としての一体感と誇りを醸成している印象を受けました。
肝胆膵外科はWilliam R. Jarnagin先生を中心とした約7名のスタッフで構成されており、私はAttending surgeonであるAlice Wei先生のもとで指導を受けました。

2,事前準備
振り返ると、最も大変だったのは事前準備でした。公立大学にはresearch fellowとしての前例がなく、MSKは新規開拓の留学先でした。きっかけは、石沢教授が南アフリカで開催されたIHPBAで共同司会を務められた際にAlice Wei先生と知り合われたことでした。そこから具体的な話が進み、準備期間は最終的に約半年を要しました。主な流れは以下の通りです。
- MSK側の受け入れ条件を満たすための書類作成
- DS-2019の取得
- J-1 VISA取得
- 住居および航空券の手配
基本的には事務担当者とのメールのやり取りが中心でしたが、連絡が突然途絶えたかと思えば急な追加書類が求められるなど、最後まで本当に渡航できるのか確信が持てない状況が続きました。
幸いにも自身のVISA面接予約は比較的スムーズに進みましたが、その直後にトランプ大統領による新規VISA発給停止の報道があり、留学準備において、予定が3〜6か月遅れる可能性は常に想定しておくべきだと思いました。DS-2019取得後は比較的円滑に準備が進みました。
3,NYでの生活
MSKにはアメリカやヨーロッパを中心に多くのresearch fellowが在籍しており、肝胆膵外科には私含めて約10名が所属していました。臨床はclinical fellowが担当しており、research fellowは研究中心の生活でした。
毎週木曜日の朝にresearch conferenceが開催され、持ち回りで発表を行います。それ以外の時間は比較的自由度が高く、自主的に研究を進める環境でした。
私はAlice先生の指導のもとで
- TAPSコンソーシアムdatabaseの収集
- Radiomics関連の研究
- 手術見学
- カンファランス・勉強会参加
を行いました。最終的には、日本の肝胆膵外科の特色と自身の膵液蛍光プローブ研究について発表する機会もいただきました。毎週朝7時から行われるfellow向けの勉強会は非常に刺激的であり、またJarnagin先生による2-3時間で終了する開腹PDのスピードと洗練された手技は特に印象的でした。一方で、円安、物価高騰の影響もあり、NYでの生活費は非常に高額でした。外食は控え、久しぶりの自炊とMSK内のカフェテリアを活用する日々でした。

4,これからの目標
MSKでの経験は、臨床・研究の両面において大きな影響を与えました。
物事が圧倒的なスピード感と合理性をもって進む様子は、米国らしさを強く感じました。
また、NYで生活することで、日本では得難い多様性と価値観の広がりを体感しました。異なる背景を持つ人々が自然に共存する環境は、外科医としてのみならず一人の人間としても視野を広げてくれました。
今後の目標は、MSKで関わった研究をさらに発展させること、そしてより広い視野を持って肝胆膵外科領域の臨床・研究に邁進することです。
最後に
肝胆膵外科医として留学すべきか、という問いに対する私の答えは明確に「Yes」です。留学時の年齢に関わらず、そう思います。短期間の見学では見えないものが、長期滞在によって初めて理解できます。結果がどうであれ、日本の外に出て自ら体験することは、外科医としてだけでなく、人生そのものを豊かにする経験になると感じました。そして同時に、日本で肝胆膵外科医として働けることの幸せにも改めて気づかされました。
本留学に際し、多大なるご支援を賜りました石沢教授、MSKの先生方、和泉市立総合医療センターの先生方ならびに関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。今後も大阪公立大学、そして日本の肝胆膵外科診療の発展に尽力してまいります。
