研究内容

研究概要

がんの悪性化は、非常に複雑で多くの過程を介して進行することが知られています。また、がん細胞が自ら増殖、浸潤していく際には、 栄養飢餓など様々なストレスにさらされますが、がん細胞は新たな特性を獲得し様々なストレス環境下においても生存し続けることができます。当研究室では、脳腫瘍の中でも特に悪性度の高い神経膠芽腫 (グリオブラストーマ) などのがん細胞に対して、CRISPR-Cas9システムを用いて特定の遺伝子を欠損させた数多くのがん細胞を独自に作製し研究を進めています。 私たちは、特にがん細胞特有の細胞内の変化に着目し、生化学的解析、分子生物学的解析、イメージング解析技術を駆使することで、がん悪性化を進行させる分子メカニズムの解明をめざすとともに、がんの発症や進行に対する創薬への可能性を探っていきたいと考えています。

1. がん細胞のグルコース依存性と新しいタイプの細胞死の解明

がん細胞では、代謝経路の使い方が正常な細胞と比べて大きく異なることが知られています。それに伴って、様々な代謝に関わる酵素やトランスポーターの発現が、がん細胞では非常に上昇している例が数多く報告されています。特にがん細胞ではグルコースに対する依存性が高く、周りの環境からグルコースが欠乏するとすぐに細胞死を引き起こすことが知られています。私たちの研究グループは、神経膠芽腫細胞において発現が上昇しているSLC7A11 (xCT) によるシスチンの取り込みが、グルコース欠乏による細胞死に深く関わっていることを新たに見出しました。アミノ酸トランスポーターSLC7A11は、細胞膜においてSLC3A2 (CD98, 4F2hc) と複合体を形成し、2分子のシステインが結合したシスチンを細胞外から取り込んで、グルタミン酸を細胞外へ放出する交換輸送を行います。SLC7A11は、神経膠芽腫を含め、様々ながん細胞において発現が上昇していることが報告されており、取り込まれたシスチンがグルタチオンの産生に利用されることで、がん細胞は過度な酸化ストレスから回避していることが知られています。最近、私たちが新たに見出したグルコース欠乏による新しいタイプの細胞死が、"Disulfidptosis(ジスルフィドトーシス)"と名付けられ報告されています。今後は、この新しいタイプの細胞死がどのように制御されているかより詳細に明らかにすることで、がんの新たな診断法や治療法の開発につながる新しい発見を目指していきたいと考えています。 

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2. がん細胞における鉄依存性細胞死フェロトーシスの制御機構の解明

フェロトーシスは、鉄イオン(Fe2+)依存的に脂質に対する過度の酸化的損傷によって引き起こされる細胞死です。特にがん細胞では、細胞外からのシスチンの取り込みが阻害されることで、細胞内の還元型グルタチオンレベルが低下し、それに伴って脂質の過酸化を直接抑制している Glutathione Peroxidase 4 (GPX4) の活性の低下、同時に鉄イオンが誘導されることで細胞膜脂質の過酸化が促進し、フェロトーシスが引き起こされることが知られています。私たちの研究グループは、がん細胞においてどのようなメカニズムでフェロトーシスが誘導され制御されているのかについて分子レベルで明らかにし、がん細胞に対する効果的な治療法の開発に貢献することを目指しています。

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3. エフリン受容体シグナルの破綻によるがん悪性化の分子機構の解明

エフリン受容体(Eph)ファミリーは、正常な組織においてはリガンドであるエフリン(ephrin)と結合することで、細胞内のチロシンキナーゼ活性が上昇する。その結果、 エフリン–Eph受容体シグナルは神経軸索ガイダンスや血管の誘導など、発生過程において様々な役割を担っています。一方で、エフリン–Eph受容体シグナルのバランスが崩壊すると、様々な疾患に結びつくことも明らかになりつつあります。その中でもEphA2受容体は脳腫瘍をはじめ、肺、大腸、腎、膵、乳がんなど数多くの組織由来のがんにおいて、その発現量が正常な組織と比べて異常に高く、発現量とがん細胞の悪性度の高さに相関性があることが確認されています。がん細胞において高発現しているEphA2は、本来のエフリンによって活性化されるシグナル伝達とは異なり、エフリンリガンド非依存的なシグナル(非古典的エフリンシグナル、non-canonical ephrin signaling)によって、細胞の増殖や運動性の促進など、がん悪性化を引き起こしていることが多数報告されています。ところが、EphA2及びその関連分子をターゲットとしたがんに対する有効な治療法が未だ確立されていないのが現状です。私たちの研究グループでは、エフリンリガンド非依存的なEph受容体シグナルによって引き起こされるがん悪性化に関わる重要な分子やそのシグナル伝達経路を新たに発見することを試み、がん細胞の悪性度を決定する分子メカニズムの一端を解明することで、がんの新たな診断法や治療法の開発へとつながる候補分子の同定を行うことを目指しています。

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