牧岡研究室では、心理実験、ニューラルネットワークによるシミュレーション、NIRSによる脳活動の計測を用いて、私達が外界を認識したり事物と相互作用するときに脳の中でどのような処理が行われているのかを研究しています。このような研究は、認知心理学、認知科学、計算論的神経科学と呼ばれる分野に含まれます。
共感覚
共感覚とは、ある感覚が別の感覚を自動的に誘発する現象です。文字を読むときに、フォントの色が黒であっても、それぞれの文字から赤や黄色など別の色が感じられる場合を色字共感覚と呼びます。どの文字がどの色に見えるのかは人によって違っていて、それが文字に重なって見えるのか、心の中だけに文字が思い浮かぶのかも人によって異なります。共感覚を持つ人の割合については様々なデータがありますが、3〜5%ぐらいではないかと思われます。共感覚には、音から色や形が誘発される色聴や、数字が性別や性格を誘発するOLPなど、様々な種類があります。
様々な共感覚の例(Wikipedia英語版)
私は、ナンバーフォーム(空間配列共感覚、数字列形)と呼ばれる共感覚を研究しています。これは、数について考えるときに、数が特定の並び方をしているように感じられる共感覚です。ナンバーフォームには、次の3つの特性があります。
(a)規則性と不規則性の混在(数字は基本的に大きさの順に並ぶが、途中で曲がったり途切れたりする)
(b)個人間での多様性(数字の並び方は人によって異なる)
(c)個人内での一貫性(同じ人の中では、数字の並び方は時間が経ってもあまり変わらない)
私は2009年に、ナンバーフォームの形状は自己組織化学習によって決まるという考え方を提案しました。これは、共感覚に関する世界で初めてのシミュレーションモデルです。現在は、共感覚を持たない人の脳内にも不規則なナンバーフォームが存在するのか、色字共感覚や色聴などの共感覚も自己組織化学習によって説明できるのかについて研究を進めています。さらに、「共感覚はなぜ意識化されるのか」という問いから発展して、外界や身体に関する意識が生成されるメカニズムについても考察を進めています。
ナンバーフォームをお持ちの実験参加者を学外からも広く募集しています。
ご興味をお持ちの方は、makioka(アットマーク)omu.ac.jp宛にメールでお知らせください。
関連する研究業績(論文):
牧岡省吾. (2022). 共感覚と自己組織化学習: 共感覚はどのように生成されるのか, なぜ消えないのか. 認知科学, 29(1), 47-62.
系列依存性
系列依存性とは、直前の知覚が次の知覚に影響を与える現象です。たくさんの点が散らばった画面を一瞬だけ見て点の数を推定して答えるとき、直前に見た画面で点の数が多いと、次に答える数が大きい方に引っ張られることが分かっています。これを正の系列依存性と呼びます。私達の研究室では、修了生の森本優洸聖さんと大学院生の橋本拓磨さんが系列依存性の研究を進めています。これまでに、たくさんの硬貨が含まれる画面を見て総金額を推定するときに系列依存性が生じること、硬貨の枚数や金額の推定において、直前の画面に含まれる刺激だけでなく答えた値が次の回答に大きな影響を与えることなどを明らかにしました。このような研究成果は、私達の生活において「情報が提示される順序」が判断に無視できない影響を与えていることを意味しています。
関連する研究業績(論文):
Morimoto, Y., & Makioka, S. (2024). SResponse boosts serial dependence in the numerosity estimation task. Scientific Reports, 14, 2059.
Morimoto, Y., & Makioka, S. (2022). Serial dependence in estimates of the monetary value of coins. Scientific Reports, 12(1), 20212.
関連する研究業績(学会発表):
橋本拓磨,森本優洸聖,牧岡省吾(2023).聴覚における系列依存性,日本認知科学会第40回大会.
身体化認知
私達が持つ知識は身体と密接に関係しています。たとえば、ハサミがどのような道具なのかについて言葉で説明することもできますが、ハサミで紙を切るときにどのように指を動かすか、そのとき紙をどのように支えるのか、切ったときにどのような感触がするのかは、実際にハサミで紙を切ってみなければ分かりません。このように身体の動きを参照して事物の意味が理解されることを、身体化認知と呼びます。私達の研究室では修了生の大西紗瑛さんが研究を進め、手を動かせないようにすると、手で操作できる道具を表す単語(カップ、うちわ、など)の記憶や意味処理が阻害され、左頭頂間溝付近の脳活動が低下することを明らかにしました。これは、手で操作できる道具の意味が、手の動きと関連して脳内に形成されていることを示唆します。このような研究成果は、言葉の意味はどのように生まれるのかという「記号着地」の問題を解明することにつながると考えられています。
関連する研究業績(論文):
大西紗瑛, & 牧岡省吾. (2020). 手で操作できる物体の記憶に対する手の拘束の干渉効果: 手の位置と可視性に関する検討. 認知科学, 27(3), 250-261.