研究概要

糸状菌における酵素生産調節

Asp人類の発展に伴い、地球温暖化による環境の悪化や石油資源の枯渇が世界規模で問題になり日本としてもその対応を求められている。そこで、再生可能な資源であるバイオマスに含まれる糖類から化学原料・燃料を製造し、環境調和型の生命活動を営むことが上述の問題を解決する有効な手段として期待されている。

セルロース、ヘミセルロース、ペクチンが複雑に絡み合った複雑な構造をもつセルロース系バイオマスからバイオプロダクトを生産するには、まず第一に多糖からなるセルロース系バイオマスを構成単糖へ分解(糖化)する必要がある。環境への負荷が少ない糖化法として酵素による加水分解法が挙げられるが、種々の糖から構成された頑丈な構造を有すセルロース系バイオマスを酵素で完全に分解するには,様々な基質特異性を有す酵素が大量に必要となることが実現への大きな障壁となっている。

当研究室で土壌より単離された糸状菌 Aspergillus aculeatus no. F-50 株は,セロオリゴ糖やセロビオースを完全にグルコースにまで加水分解する β-グルコシダーゼや種々の基質特異性を有すヘミセルラーゼなど、類い稀なセルロース系バイオマス分解酵素を有している。また、糸状菌はタンパク質分泌生産能が非常に高く、古くから産業有用酵素の生産工場として用いられてきた実績がある。これらの特長をもつ A. aculeatus の潜在能力を充分に利活用するためには、まず A. aculeatus が有す有用酵素の大量生産系を構築する必要がある。そこで我々は、A. aculeatus におけるセルロース系バイオマス分解酵素遺伝子群の発現制御機構を解明し、それを基にセルロース系バイオマス分解酵素を包括的に大量生産するための分子基盤を構築する事を目指している。

セルロース系バイオマス分解酵素遺伝子群の発現は、基質であるセルロースやキシラン等の糖が存在する場合に誘導されグルコースにより抑制される。これまでの研究により、キシラナーゼ遺伝子の発現を正に制御する転写因子 XlnR やマンナナーゼ遺伝子の正の転写因子 ManRがセルラーゼ遺伝子の発現を正に制御している事が報告されているが、 これら二つの因子だけでは全てのセルラーゼ遺伝子の発現を誘導出来ず、更なる正の制御因子の存在が想定されていた。事実、近年になって様々な制御因子が関与していることが報告され、多様な因子が協調的に遺伝子の発現を制御していることが明らかにされた。我々の研究グループにおいても,分子遺伝学・分子生物学的に制御機構を解析することにより、セルロースやセロビオースに応答した遺伝子発現を正に制御する因子 ClbR (cellobiose response regulator と命名) を同定しその機能解析や分子レベルでの作用機序解析を行っている(図参照)。今後もその他の生産調節因子を同定してその機能解析を行うことにより、新たな学術的知見を得るだけでなく、得られた知見を基盤とした応用研究を展開する計画である。

卵菌によるジャガイモ疫病の防除に向けて

Phyto卵菌 Phytophthora は、ギリシャ語で "Phyto = 植物" "phthora = 破壊者" と名付けられた通り、様々な植物に感染して疫病を引き起こし甚大な被害をもたらす植物病原菌である。特に19世紀中期にアイルランドでジャガイモ飢饉をもたらした原因菌として単離されたジャガイモ疫病菌 Phtophthora infestans の被害は今なお大きく、農産物の損失による直接的な被害と農薬等の防除費用を含めると、その被害額は世界で年間数千億円にも上ると言われている。

Phytophthora は、糸状に生育するため一見カビ(真菌)の様にみえるが、分類学的にはクロミスタ界の卵菌に属しており、カビとは全く異なる微生物である。従って疫病を防除するために抗真菌剤を用いても、期待通りの成果が得られないことが多い。そこで卵菌の疫病を防除するためには、まず Phytophthora における固有の生命現象や植物感染機構を分子レベルで解明し、得られた知見を基盤として新たな創薬ターゲットの同定や新たな農薬の開発に向けた応用研究を展開することが合理的であると考える。

Phytophthora の遊走子嚢は、15℃以上の環境では直接発芽して菌糸を伸長するが、15℃以下の水中では遊走子 (zoospore) を放出し、走化的に植物側に泳いで行き、植物上でシスト形成、発芽を経て付着器 (appressoria) を形成し、植物感染へと至る。この低温に応答した遊走子嚢分化が植物感染の主要経路であると考えられているが,その分化を制御する分子機構に関しては未解明な部分が多い。そこで我々はその機構をケミカルジェネティクスの手法を用いて解明することを目指している。

土壌から単離した放線菌二次代謝産物をターゲットとして Phytophthora の形態変化を特異的に阻害する化合物を同定する。同定した化合物を用いて形態変化を阻害した場合に起きる変化を、遺伝子・タンパク質レベルで定量的に評価し、Phytophthora の温度に応答した形態変化を伴う植物感染機構を解明する。得られた知見を基盤として、新たな疫病防除方法の開発に向けた応用研究を展開する計画である。

微生物による根寄生雑草の防除に向けて

Orobancheハマウツボ科の絶対半寄生植物ストライガ (Striga) や絶対全寄生植物オロバンキ (Orobanche) は、それぞれ植物に感染して水養分を吸収して成長する寄生植物です。中央アフリカでは主にストライガが、地中海沿岸地域では主にオロバンキが農作物に寄生して甚大な被害を及ぼしています。日本での農業被害はまだ報告されていませんが、マメ科のクローバーに寄生するオロバンキは既に日本に入ってきて自生しています。

日本では古くから製薬企業を中心に、微生物が生産する代謝物から有用な物質を見つけて活用してきました。微生物由来の有用物質の約8割は放線菌か糸状菌由来の物質であることから、我々はまず放線菌の代謝物に着目し、ストライガやオロバンキの種子発芽を調節する物質の探索・同定・応用利用に向けた研究を展開しています。

写真は日本に自生するオロバンキ(枯れたように見える茶色い雑草がオロバンキ)