特徴的な研究事例

ペプチド化学を基盤とした細胞内薬物導入法と疾患関連分子の認識技術

中瀬 生彦

創薬生命化学研究室

中瀬 生彦

がんを含む疾患にアプローチするタンパク質や核酸等の機能性分子が日々開発されています。しかし、それらの機能性分子は細胞内移行性が乏しい場合が多く、またエンドサイトーシスで取り込まれても細胞膜透過性が低いためにサイトゾルへ届かず、目的の活性が出ないことから薬にならないという問題が世界中に山積しています。私たちは、細胞内移行性の乏しい分子を高効率に細胞膜を通過させ、サイトゾルに確実に送り込むための膜透過性ペプチド(cell-penetrating peptides)の開発研究を行なっています。応用例として、頭頸部がん等への高い治療効果から、世界的に治療技術が注目されているホウ素中性子捕捉療法(BNCT)において、細胞内への移行性が低い治療用ホウ素化合物に、ミトコンドリアへの集積性が高い膜透過性ペプチドを薬物運搬体として利用することで、基礎研究での結果ですが、がんに対する高い殺細胞活性が認められる結果が得られています。また個別化医療を指向した、細胞分泌小胞エクソソームを基盤とした薬物送達技術の構築研究も行っており、エクソソーム膜上に、化学的に膜透過性ペプチド等の機能性ペプチドを“カセット式”に混合するだけで結合させ、エクソソームの細胞内移行や、移行後にエクソソームの内包分子をサイトゾルに放出促進可能な先駆的な技術構築を進めています。私達の研究チームは、特に薬物送達における“マクロピノサイトーシス”経路誘導を重要とし、エクソソームも含め、機能性ペプチドを用いた生理活性分子の本経路を用いた細胞内導入法において世界をリードする技術開発を展開しています。さらに、疾患関連分子に選択的に結合できる機能性ペプチドの研究も展開し、独自性の高いスクリーニング技術で、目的分子に高効率で認識・制御可能なペプチド開発を進めています。従来法では困難な細胞内の疾患関連分子にアプローチできるペプチド技術を構築し、将来のバイオ医薬品候補となる創薬基盤研究を行なっています。

計算科学で生体分子の機能を理解し創薬に活かす

森次 圭

計算分子生物学研究室

森次 圭

当研究室では、分子シミュレーションや情報科学、AI・機械学習といった計算技術を活用し、生体分子が細胞内でどのように構造を変化させながら働いているのかを原子レベルで解析しています。構造データベースやAIを用いて分子や複合体の立体構造を再現し、分子動力学シミュレーションによってその動的なふるまいを予測することで、実験データと照らし合わせながら分子の機能や薬との結びつきを明らかにします。特に、核酸やタンパク質といった生体分子が細胞内でどのような立体構造をとり、どのように動いて機能しているのかを計算科学的に解明する研究を進めており、実験的知見と計算モデルを組み合わせることで、複雑な分子機構をより深く理解することを目指しています。さらに、スーパーコンピュータなどの大規模な計算資源を活用し、タンパク質の大きな構造変化や柔軟性を効率的に捉える新しいシミュレーション手法の開発にも取り組んでいます。こうした方法論の進展により、従来の計算創薬で課題となっていた分子の揺らぎや自由エネルギー変化を精密に扱うことが可能となり、AIと組み合わせた分子スクリーニングを高度化することで、結合様式の予測精度を高めています。このように、構造モデリングから動態解析、手法開発、そしてインシリコ創薬応用に至る一連の研究を推進することで、生体分子の機能をより的確に制御できる薬の設計を目指しています。

がん細胞の特性を分子のレベルで解明する

加藤 裕教

機能生化学

加藤 裕教

がんの悪性化は、非常に複雑で多くの過程を介して進行することが知られています。また、がん細胞が自ら増殖、浸潤していく際には、栄養飢餓など様々なストレスにさらされますが、がん細胞は新たな特性を獲得することによって生存し続けることができます。当研究室では、神経膠芽腫などの悪性度の高いがん細胞で特に働いている代謝経路や細胞の運動性を制御するシグナル伝達経路、さらには免疫応答調節によるがん細胞への影響に着目し、以下の内容で研究を進めています。
1)当研究室では、がん細胞において発現が上昇しているアミノ酸トランスポーターSLC7A11 (xCT) によるシスチンの取り込みが、グルコース欠乏条件下でNADPHの枯渇を伴った細胞死(ジスルフィドトーシス)を引き起こすことを発見しました。また、鉄イオン依存的に過度に酸化された脂質が蓄積することによって引き起こされる細胞死、フェロトーシスが、多くのがん細胞で誘導されることが報告されています。当研究室では、がん細胞においてこれらの細胞死がどのように誘導され制御されているかについて、分子レベルで明らかにしていきたいと考えています。
2)Rhoファミリー低分子量Gタンパク質は、細胞の形態や運動性を制御するシグナル伝達において重要なスイッチの役割を担い、がんの浸潤、転移にも大きく関わっていることが明らかにされています。当研究室では、RhoファミリーGタンパク質を介した細胞機能とその活性制御について解析を行い、がん細胞の運動性に関わる新たな分子機構を明らかにしていきたいと考えています。
3)免疫細胞は、がん細胞の増殖や悪性化に深く関わります。なかでも、免疫細胞の活性化によって産生される活性酸素種は、フェロトーシスを促進する要因の1つとして作用します。当研究室では、このような免疫細胞の生体防御応答が、がん細胞の代謝や細胞死感受性をどのように制御しているのかを、分子レベルで解明することを目指しています。

以上の研究内容について、私たちはゲノム編集技術を用いて特定の遺伝子を欠損させたがん細胞を独自に樹立し、生化学的解析、分子生物学的解析、イメージング解析技術を駆使することで、がん細胞の生存性や運動性において重要な働きを担う分子メカニズムを新たに発見することを目指すとともに、がんの発症や進行に対する創薬への可能性を探っていきたいと考えています。

化学標識法と拡張型リガンド結合法を機軸とした創薬化学

土居 久志

標識創薬化学

土居 久志

当研究室では、創薬に資する化学反応の開発と化学者の経験知に計算科学を融合した低分子創薬に挑みます。具体的には、創薬の概念実証に有効な生体イメージング法として、放射性PETイメージング、超偏極MRIイメージング、および、近赤外光イメージングの化学標識法を創出します。生体イメージングは将来的に医薬品認証時に欠かせない吸収・分布・代謝・排泄等の科学的根拠データになると見込まれており、次世代の創薬に必須の学問分野です。
PET研究においては、これまでに炭素−炭素結合による実用的11C-メチル標識法を開発してきました。実際に本法を用いて、ビタミンB1等の天然物をはじめ創薬候補化合物の11C-標識化体を合成し、続いて、薬学・医学との共同下に小動物からヒトのPETイメージングを実施してきました。本件と並行して、放射線被曝の心配がないMRIイメージングや光イメージングに着目した新しい化学標識法にも取り組んでいます。なお、化学標識法に関しては、今後は触媒や反応剤を使わない分子間結合形成反応の創製にも挑みます。
一方、生物活性を持つ低分子リガンドの開発に関しては、標的タンパク質の辺縁外部から結合親和性を補完する独自の拡張型リガンド結合法を推進します。例えば、低分子リガンドが標的タンパク質に結合する際に、結合に直接関与しないタンパク質ポケットの外部辺縁側からフッ素−水素結合による結合親和性の補完を狙います(フルオロアルキル基の導入によるリガンド結合補完法)。本件に基づいた分子設計は薬剤の活性増強に有効であり、既存のフラグシップ薬剤であるSN-38(抗がん剤)やSB-366791(TRPV1阻害剤)の基本構造に対して新たにフルオロアルキル基を導入することで、それぞれの薬剤活性を2−3倍向上させることに成功しています(10-O-フルオロプロピル置換SN-38(抗がん剤)やN-メチル-3-O-フルオロプロピル置換SB366791(TRPV1阻害剤)等)。
当研究室の最終目標として、上記の研究で創製した低分子リガンドを先進の薬物送達技術と融合することで、臨床医学であるセラノスティクス(診断と治療)に応用展開していきます。