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2025年10月24日

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変化の時代を生き抜く研究と教育とは。京都大学iPS細胞研究所 山中 伸弥氏に櫻木 弘之学長が聞く

2025年9月24日、大阪公立大学はメインキャンパスとなる「森之宮キャンパス」を開設し、記念式典を挙行しました。大阪市立大学大学院医学研究科の修了生であり、京都大学iPS細胞研究所 名誉所長・教授の山中伸弥氏による記念講演も実施。講演後、櫻木 弘之学長が研究への向き合い方や科学と教育の未来についてお話を伺いました。

山中伸弥氏、櫻木 弘之学長

Profile

山中 伸弥

  • 京都大学iPS細胞研究所 名誉所長・教授。神戸大学医学部を卒業後、大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学助教授等を経て、2004年京都大学教授、2010年に京都大学iPS細胞研究所長、2022年から現職。2012年、成熟した細胞を多能性を持つ細胞へと初期化できることを発見した理由により、ジョン・ガードン博士とノーベル生理学・医学賞を共同受賞。現在は京都大学iPS細胞研究所で、新たな生命科学の開拓を目指し、基礎研究に取り組む。

櫻木 弘之

  • 大阪公立大学・大阪市立大学・大阪府立大学 学長、公立大学法人大阪 副理事長。理学博士(九州大学)。専門は原子核物理学。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程修了(理学博士)。東京大学原子核研究所の研究員等を経て、1987年に大阪市立大学理学部に助手として着任。理学部長・大学院理学研究科長、理事、副学長、大阪公立大学副学長を歴任。2025年4月より現職。

研究を支えるのは明確なビジョン

櫻木

本日は素晴らしい講演をいただき、ありがとうございました。特に印象に残ったのは、ビジョンを大切にし、若い研究者や学生にもそのビジョンを明確に示されているというお話です。

山中

約30年前、アメリカ留学時の恩師に言われた、「研究者として大切なのは、Visionを持って Work Hardすること」という言葉を今も胸に刻み、「研究で病気を治す」という私のビジョンを常に意識するようにしています。目の前のことにばかり気を取られていると、本質を見失いがち。何のためにこの仕事をしているのかを忘れないために、ビジョンが大切なんです。研究では、うまくいかない時の方が多いし、目に見える成果が出るまでに20年、30年の長い時間がかかることもあり、モチベーションを維持するのがなかなか難しい。そんな時に支えとなるのは、頑張ったらいつかこうなるかもしれないという方向性です。ですから、一緒に研究する研究者や学生にもビジョンを示すことが重要だと考えています。

櫻木

山中先生は、人を助けたいというシンプルで大きな目標を持っておられます。そういう大きな目標を見失わないのが人生の中でも大事なのだと思いました。また、講演の中で、研究職のみならず、研究をサポートする技術職員といった多くの仲間をリスペクトされていることが伝わってきて感動しました。

山中

アメリカ留学から帰ってくると、日本の研究現場では書類作成などに忙殺されてしまうと気づきました。アメリカでは、秘書や技術職員といった研究を支えてくれる人が多くいるから、研究に集中することができたんです。しかも、彼らは長く勤めてキャリアを築いています。最終的に論文を書くから研究者が目立つけれど、こうした支えてくれるスタッフを大切にしてこそ、研究がうまくいくのだと思います。

山中伸弥氏

研究の基礎を教わり、世界への扉が開かれた大阪市大大学院時代

櫻木

大阪市立大学大学院時代の日々を振り返って印象深い出来事はありますか。

山中

大学院では山本 研二郎教授の薬理学教室に所属し、研究者としての基礎を教わりました。私が直接、指導を受けたのは三浦 克之先生です。最初に三浦先生から、「そんな大それたことをしているわけではなくても、英語で論文を書いて発表すれば、世界の人が読む。私たちは世界と競争しているんだ」と言われたのが忘れられません。それまで日本の中で自分の周囲しか意識せず、狭い視野しか持っていませんでしたから、いきなり世界と言われて驚きました。実際、大学院を修了すると留学する先輩が非常に多く、自分も当然のように留学しようと思えました。世界を視野に入れるようになったのは私にとっての大きな変化です。
実験の基礎も一から学びました。よく先生に「1時間を節約しようとして、結局1週間分の損をする」と指導されたのを覚えています。面倒で手を抜くと、結果的に最初からやり直さないといけなくなり、1週間もの時間を無駄にしてしまうわけです。他にも、誰かの二番煎じではなく新しいことに取り組むのが研究者であるという教えなど、大切な学びをたくさん得ることができました。

櫻木

大学の研究室には海外でも活躍されている先生方がおられて、多様な研究をされています。そうした先生方との出会いによって、急に世界の窓が開けたように感じた経験が私にもありました。

山中

例えば、英語にしても、大学に入るまでは受験のために仕方なく勉強していました。何のために勉強しているんだろうと思っていたんです。でも、大学の研究室に入ると、海外の方が来られて、英語で研究について説明しなくてはならなくなり、もっと勉強しておけばよかったと後悔しました。大学には世界中からさまざまな方が来られます。学生の皆さんも早い段階からそうした人々と接する機会を持てば、世界に目を向けるきっかけになるでしょう。

櫻木

たとえ限られた分野の研究であっても、世界の最先端とつながっていると実感することは、学生にとって間違いなく心躍る経験となります。昨今は留学する学生も減少傾向にありますが、世界とつながっている先生方はたくさんおられます。そのような先生方の研究や活動について、学生の皆さんにもっと知ってもらえるようにしていきたいですね。

櫻木 弘之学長

これからの時代に必要なのは、柔軟に生きていく力

櫻木

本学でも国際化の推進を目指していますが、真の国際化、国際力を実現するためには何が必要でしょうか。

山中

オンライン会議やAIによる自動翻訳をはじめ、さまざまな技術が発展している今、わざわざ海外に行ったり英語を話せなくてもいいのではないかという考え方もあるでしょう。しかし私の経験上、オンラインと実際に対面して話すのとでは、得られる情報量や学びに大きな違いがあります。自動翻訳を使えば意志の疎通はできるけれど、やはり直接的に会話するのとでは対話の密度に雲泥の差があります。言語は10代の頃に学べば身につきやすいです。また、若いうちであれば、海外を旅するような時間もあると思います。ぜひ学生の間に、言語を学び、海外に触れる経験を積んでほしいです。

櫻木

技術が進歩して価値観も変容し、さまざまなものが急速に変化していく時代です。今の学生は、そうした変化に追われながら生きていかなくてはなりません。どのように向き合っていけばよいのでしょうか。

山中

数年前に生成AIが登場した頃は、間違いも多いし本当に使えるのかと疑っていました。ところが今では、生成AIがなかった時はどうやって研究していたんだろうと思うほどに私も活用しています。未来を生きる学生さんがうらやましい一方で、大変だなとも思いますね。
今後どのような仕事が必要とされるかは予測できません。そうした世の中では、何を学ぶべきかが変わってくるのではないでしょうか。例えばプログラミングの技術のようなハードスキルから、人とのコミュニケーションやチームビルディングなどのソフトスキルへと、求められるものが変わっていくと考えています。昔、ダーウィンが、生き残るのは強いものでも知的なものでもなく、最も変化に適応したものだと述べたように、まさに今がそういう時代。世の中がどう変わっても柔軟に生きていくことが重要となるでしょう。これまで以上に、専門性を深める前の大学1、2年生の学び方、生き方が重要になってくると思います。

異分野交流の拠点として森之宮キャンパスに期待

櫻木

大阪公立大学が開学して4年目、森之宮キャンパスもオープンしました。学生たちへの期待やメッセージをお聞かせください。

山中

異分野の人とのちょっとした会話が、研究のヒントになることがあります。大阪市立大学と大阪府立大学が統合し、さまざまな学部があるのは大きなメリットです。自分の所属する学部・学域はもちろん、それ以外の分野の先生から教わり、学生同士が仲間になるチャンスがあるわけですから。このチャンスを生かし、視野を広げて活躍してもらいたいですね。しかも、森之宮という大阪でも都心にキャンパスができました。ここを拠点にして多様な人が集まり、新しい何かを生み出す場になればと期待しています。

櫻木

どの学部・学域も1年生全員が森之宮キャンパスで学生生活をスタートします。

山中

学生時代にできた友人は、関係が長く続くことが多いです。一度できたつながりは学部ごとにキャンパスが分かれた後も続くと思います。せっかくの出会いのチャンスが目の前にあることに気づかず過ごしていると、あっという間に1年が過ぎてしまいますから、ぜひ1年生のうちに、学部・学域の枠を超えて幅広い友人関係を築き、広い視野を育んでください。世の中が変わっても、人とのつながりの大切さは変わりません。そのつながりが将来、仕事に生きることもあります。若いうちにさまざまな価値観を理解するためにも、日本だけではなく、世界中に友人を作ることをおすすめしたいですね。

櫻木

山中先生のお話を伺い、コミュニケーションを大切にしながら、自らが進むべき道の本質を見失わず、常にビジョンを持ち続けることの意義を感じました。さらに、日本だけでなく、世界や人類の行方を見据え、何事にも主体的に関わっていくことの重要性を改めて実感しています。本日は本当にありがとうございました。

参考記事

森之宮キャンパスを開設 ―記念式典・記念講演会を挙行―