研究について

今までに実施してきた研究

・ウシ卵母細胞の体外成熟

 生殖細胞は連続した2度の減数分裂(第一と第二分裂)を経て染色体数を半減させる。そして半数体同士の受精によってその数を回復する。同様のプロセスを経るにも関わらず、体外受精卵の発育能力は体内受精卵に比べ、著しく低い。その一因が減数分裂における細胞内の変化が体内と体外とで異なると考え、主にウシ卵母細胞を使用して研究を進めてきた。従来法の20%酸素濃度を5%に低下させることにより、発育能が高まること、酸素濃度によりエネルギー生産系が異なることを明らかにした。また、次世代シーケンシング解析を用いた研究から、卵胞発育を促すホルモン (FSH) により脂肪酸代謝とミトコンドリア機能が亢進することが卵母細胞の発育能力に関与している可能性を示した。

 

・食生活と生殖能力の関連

 食生活の乱れが雄マウスの肥満を引き起こすことが報告されている。さらに、肥満やメタボリックシンドロームは雌マウスを不妊とする原因の一つとなり、卵母細胞のミトコンドリア機能の低下が示されてされている。本研究では、食習慣が雌マウスの能力に及ぼす影響を研究するため、餌の種類(通常飼料vs 中程度高カロリー飼料)及び摂餌パターン(自由摂餌 vs 時間制限摂餌)の組み合わせが排卵数や受精卵の発育能に及ぼす影響を解析した。その結果、高カロリー給餌は排卵卵子数を増加させることが示された。一方、時間制限で通常飼料を給餌されたマウスは、血清LDLコレステロールの低下や卵子内活性酸素の増加を引き起こし、受精後の発育能力を損なうことが示された。

 

・補体第二経路活性化の抑制による自然流産や胎児発育不全の改善

 現在、妊婦の流産や胎児発育不全(FGR)を十分に防ぐことはできない。本研究では、自然流産・FGRモデルマウスへの補体第二経路活性化抑制ヒトタンパク質CTRP6の投与が流産、胎児および胎盤の発育に及ぼす影響を評価した。その結果、CTRP6の投与は流産率を軽減し、胎盤重量と胎児重量を増加させた。さらに、CTRP6の投与はらせん動脈のリモデリングを促進することが示された。

 

・初期胞状卵胞由来発育途上卵母細胞の体外発育培養

 哺乳類の卵巣に保存されている発育途上卵母細胞は、そのほとんどが最終的に失われてしまう。それらを活用できるようにするためには、卵子の成長と成熟、受精、発育能力の獲得を効果的に支援する培養系の開発が重要である。我々は、発育途上卵母細胞の体外発育培養の効率を改善するために、発育途上卵母細胞と壁性顆粒膜細胞の共培養を行った。その結果、発育途上卵母細胞と壁性顆粒膜細胞との共培養は、ギャップジャンクションを介した卵母細胞-顆粒膜細胞間コミュニケーションを維持し、卵母細胞の生存率、発育、受精後の胚発育を改善すると明らかにした。

今後の研究

・減数分裂の前期(P)に亢進するミトコンドリア機能の機構解析

哺乳類卵母細胞が受精後、正常に発育を継続するために必要な卵母細胞における栄養・代謝シグナル機構を理解する。

 

・初期胚発育過程で生じる染色体異常の発生する機構

 雌雄生殖細胞に由来する染色体が接合し、受精は完了する。ライブセルイメージングにより接合を観察し、接合の異常はどのように起こり、その後どうなるかを明らかにする。25%のウシ受精卵において接合の異常が観察されている。それにも関わらず、それらは形態的に正常な細胞分裂を繰り返し、正常に接合した胚と光学顕微鏡下では判別できなかった。今後、接合異常の出現様式を明らかにし、その原因の解明と接合異常の減少を目指す。

Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD+)に着目した卵子発育能力の改善

 NAD+はエネルギー代謝を含む様々な細胞機能に関与する重要な分子である。卵母細胞内のNAD+量は母体加齢や体外に取り出すことで減少することが知られており、その結果、細胞内でのエネルギー代謝とレドックス制御の不均衡が生じると考えられている。本研究では、細胞内 NAD+値を上昇させることで、体外発育、体外成熟卵子の胚発育能の改善を目指す。

 

・脂肪幹細胞由来エクソソームを用いた卵母細胞体外成熟技術の改善

 卵母細胞の体外成熟時に脂肪幹細胞と共培養することで卵成熟後の胚発育能を向上させることが報告されている。我々は、脂肪幹細胞による体外成熟促進効果にエクソソームが関与するのではないかと考えた。エクソソームはタンパク質やRNAなど、起源となる細胞に由来する分子を含有しており、細胞間シグナルに関与すると知られている。本研究では、脂肪幹細胞由来のエクソソームにより卵母細胞の体外成熟技術の改善を目指すとともに、卵質向上に関与する因子の同定を目指す