採択プロジェクト

2024年10月15日

  • 設立支援

未来の地域歴史遺産を磨き上げる「建築センター」設立に関する調査事業

プロジェクト名

未来の地域歴史遺産を磨き上げる「建築センター」設立に関する調査事業

代表者

倉方 俊輔(工学研究科)

共創メンバー

学内

氏名 所属
嘉名 光市 工学研究科
小池 志保子 生活科学研究科

学外

  • 大阪市都市整備局

事業内容

プロジェクト名にある「建築センター」とは、国内ではまだ一般的でない言葉だが、諸外国の大都市には「Architecture Center」といった名称を冠する機構が存在する。それは地域歴史遺産を研究し、平明で奥深い展示やガイドツアーなどを行ない、居住環境の向上に貢献することで、未来社会の創生に資する機構である。われわれは同様の機構の設立が、自治体との連携により大阪の都市が抱える社会課題の解決に貢献する「都市シンクタンク」機能の一環として必要だと考える。このような機構は現在、わが国に存在しない。そのため、初年度の事業内容を、日本型「建築センター」に必要な機能の調査事業とした。

その実施内容は以下の2つとなる。

第一は、国外の先行事例に関する文献調査ならびに現地調査である。文献調査を行い、世界各地の代表的な建築センターを抽出した。次に、それぞれの設立背景、運営形態、教育・研究活動、展示の特徴、社会への影響に関して調査を行い、研究活動と社会的活動の両者に優れたものを初年度の現地調査の対象とした。現地調査の対象としたのは「オランダ建築研究所」「ウィーン建築センター」「スイス建築博物館」「カナダ建築センター」の4件である。

第二は、日本型「建築センター」の母体として考えられる2つの事業のヒアリングである。1つ目の事業は本学の教員が参画し、大阪市都市整備局が2013年度に開始した「生きた建築ミュージアム事業」である。2024年度からは新たに設立された一般社団法人生きた建築ミュージアム大阪が主催団体となって、建築物の保存活用や観光集客といった波及効果を挙げている。2つ目の事業は本学の教員が参画し、大阪市立住まい情報センターと連携しながら、2011年に始まった「オープンナガヤ大阪」である。大阪が備える他都市とは異なる長屋の文化は、コミュニティ形成やサステナビリティの面からも着目されており、同事業は都市の社会課題を解決するモデルとして全国から注目されている。以上の2つは大阪公立大学から生まれた全国的な知名度が高い事業であることから、今後の建築センターの母体となると考えられる。どちらも社会課題の解決に貢献する独自性の高い施策であり、本学は今後の事業展開に有利な位置にある。しかしながら、従来は相互作用に乏しかった。2つの事業の連携が図れたことは今後につながる重要な一歩である。

事業の概念図

概念図

事業成果

第一に、国外の先行事例に関する現地調査を通して、建築センターという存在が社会課題の解決に寄与することが明らかになった。「オランダ建築研究所」は1988年に設立され、2013年にデザインとデジタル文化を統合した「Het Nieuwe Instituut(新しい研究所)」として再編されたが、そこにおいては市民参加のワークショップに力点が置かれている。「ウィーン建築センター」は1993年の創設で2001年から常設施設を構えており、常設展の「Hot Questions–Cold Storage」は建築が常に時代の社会課題と関わっていることを具体的に資料とともに教え、現代の社会課題にも目を向けさせるものとなっていた。「スイス建築博物館」はスイス・バーゼルにある現代建築専門の展示機関で企画展を主としており、訪問時に開催されていたブリュッセルの都市施策を扱った展覧会は、市民に社会課題の新しい解決策を考えさせる内容だった。「カナダ建築センター」は1989年に設立され、訪問時の展示の一つである「To Build a Law」展が法律と建築・都市との関係性を考察するものであることは、社会課題の解決と建築センターが密接な関係を持つことを象徴していた。上記のいずれの施設も幅広い来場者が見られ、書籍や資料といった建築・都市関連の情報が集約する場所となっていた。以上のように、今回2025年3月に各都市の地理や歴史の分析と併せて現地調査を実施したことによって、建築センターとは、単に芸術的な展示を行う施設ではなく、工学的な基盤に基づいた調査結果を市民と共有することで社会課題の解決に寄与する場所であることが解明された。この事業成果は、次年度以降、日本版「建築センター」の理念を策定する際の判断基準となる。

第二に、生きた建築ミュージアム事業とオープンナガヤ大阪の関係者のヒアリングを通じて、ともに都市リサーチの成果が、すでに公表されているもの以上に蓄積されていることを詳らかにした。生きた建築ミュージアム事業では、新たに2024年度から「戦後ビル」の調査と分析に着手しており、これは中心市街地の空洞化という社会課題を解決するものでもある。オープンナガヤ大阪では、残存する大阪長屋を社会資本と捉え、新たな改修手法の体系化に着手しつつある。2つの事業とも調査・研究の成果は十分に積み上がっており、今後それらを社会に接続する場所が必要であることが判明した。この事業成果は、次年度以降、日本版「建築センター」の機能を策定する際の判断基準となる。

今後の事業計画

2024年度の調査を通じて、建築センターという存在が社会課題の解決に寄与することが明らかとなり、またその母体となる調査・研究の成果が大阪公立大学の関わりによって一定度蓄積されていることも判明した。

次年度以降、こうした蓄積を日本版「建築センター」へと成長させていくことが求められる。日本版「建築センター」とは、第一に、産学官民が連携して、都市が抱えるさまざまな社会課題に対する施策の提案を支えるデータを集約し、共創研究を下支えする環境を整備するものである。第二に、わが国でも成熟しつつある市民の都市・建築への関心を受け止める場所となり、社会課題の解決に向かう市民の参加を促すものである。第三に、国外の建築センターと情報や人材の交換を図り、都市に付随する共通の社会課題の解決に寄与する知のセンターとなるものである。

この事業化が達成された場合のソーシャルインパクトは、第一に、従来ばらばらに管理されていたデータを集約することにより、負の価値から正の価値へと転換することができる。長屋やビルといったストックの工学的な活用や、未指定の文化財に対する収益化などが挙げられる。第二に、これまでの日本に存在しなかったセンターを設立することにより、市民の自助努力と自意識を向上させることができる。これは本学発の事業としてすでに社会に大きなインパクトを与えているイケフェス大阪やオープンナガヤ大阪の成果を継承し、大きく飛躍させるものである。第三に、国内外のデータが交流する従来にないセンターとなることで、都市に共通する社会課題に対する施策を効率的に編み出すものとなる。環境問題への対応や中心市街地の魅力向上といった課題に対して、産学官民の共創を国際的な視野から図ることができる。

以上の事柄が、2024年度の調査事業を行うことで見通せた。ただし、国外における建築センターの理念や機能は多岐にわたり、大阪にふさわしい道筋を見定めるには、現今のデータで不十分であることも明らかになった。他方で、イケフェス大阪とオープンナガヤ大阪における都市リサーチの成果がその母体となりうることが判明した。また、2つの事業はすでに社会にインパクトを与えており、これらを先行して加速することが有効性が認識された。

これらの考察から、2025年度においては、(1)国外の先行事例に関する現地調査(北米、欧州を予定)、(2)イケフェス大阪とオープンナガヤ大阪のデータの集約、(3)イケフェス大阪とオープンナガヤ大阪の事業の通年開催、の3点を遂行する。それを踏まえて、2026年度に日本版「建築センター」の理念と機能を策定、産学官民の共創を拡大して、続く実行のフェーズに移行するといった事業計画である。