植物病と万葉集

キク科ヒヨドリバナは日本各地の山野に自生している多年草で、野外で見るヒヨドリバナは葉脈が黄色くなっていることがあります。これは植物に感染するジェミニウイルスの一種、ヒヨドリバナ葉脈黄化ウイルス(eupatorium yellow vein virus, EpYVV)による黄化症状です。

万葉集に「この里は継ぎて霜や置く夏の野に わが見し草はもみちたりけり(この里はいつも霜が降りるのでしょうか。夏の野で私が見た草は、もう色づいてもみじ色でした)」という孝謙天皇の歌があります。この歌は、西暦752年の東大寺大仏開眼供養の行事後に孝謙天皇が平城京の藤原仲麻呂の屋敷に立ち寄った時に見かけたヒヨドリバナを見て詠まれたものと言われています。孝謙天皇が夏に見た色づいたヒヨドリバナはジェミニウイルスに感染して黄化症状を示していた植物であり、ヒヨドリバナのウイルス病を詠ったこの歌は、世界で最も古い植物ウイルスの記録であるとされています。

このことを最初に報告したのは、大阪府立大学農学部植物病学研究室(当研究グループ旧名)の井上忠男教授と尾崎武司教授(当時助手)です。1980年の日本植物病理学会報に「植物ウイルス病に関するもっとも古い記録とみられる万葉集の歌について」という表題の論文を掲載されました。後にジェミニウイルス(EpYVV)がヒヨドリバナに黄化症状を示すことが証明され、2003年のNature誌に「The earliest recorded plant virus disease」という表題の論文が掲載されて孝謙天皇の歌と共に世界に知れ渡ることになります。

(参考文献)
井上忠男・ 尾崎武司(1980)植物ウイルス病に関するもっとも古い記録とみられる万葉集の歌について、日本植物病理学会報 46:49-50
井上忠男(1983)最も古くて最も新しい植物ウイルス、化学と生物 20:114-115
Saunders K, Bedford ID, Yahara T, Stanley J. (2003) Aetiology: The earliest recorded plant virus disease. Nature 422:831

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