植物病理学

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植物病理学(Plant Pathology)

私たち人間がときどき胃腸炎やインフルエンザに罹るように,草花や野菜,樹木などの植物も病気になります。このような植物の病気を対象とした科学が植物病理学です。

植物病理学は農学の一部門を担い,農作物や園芸作物,林木などの有用植物を病気から守り,品質が良く十分な量の収穫をもたらすことによって人間社会に貢献することを主な目的として発展してきました。今後,人口がさらに増加して世界的な食糧不足が予測されている中,植物に病気が発生する原理を追求し,植物を病気から保護するための技術を創り出す植物病理学はさらに重要になってきます。

植物病理学が植物科学の他の分野と違う大きな特徴は,主な対象が病原微生物(病原体)による病気であり,宿主である植物と病原体である微生物の両方を同時に対象にすることです。さらに,環境要因や微生物を伝搬する媒介者(主として昆虫類)など,3者以上を対象にする場合もあります。最近は植物と病原体との相互関係の研究が大きく進み,分子認識やストレス応答,シグナル伝達などの基礎科学領域からも注目されています。分子生物学的な研究によって,病原体がどのように植物に感染するか,そして植物がそれに対抗してどのように防御するのかという仕組みも,詳しくわかりつつあります。それらの新しい発見は,今後の植物保護に新しい技術をもたらすはずです。

植物病理学は長い歴史をもち,基礎から応用までの幅広い分野を含む総合科学です。これまでは,病原体そのものの性質を明らかにしようとする病原学と感染や発病のしくみを解明しようとする感染生理学,発生生態学が中心となって防除技術の発展をもたらしてきましたが,その過程で,微生物学,遺伝学,育種学,分子生物学などの学問の発展にも重要な貢献をしてきました。さらに現在では,植物保護には安全な食品を確保する役割も求められ,地域の生態系や地球環境の保全も期待されています。

植物の病気とは

植物病理学では一般に病気は「植物が健康でない状態を示すもの」とされています。「健康でない状態」をもう少し具体的に定義したのがホースフォールら(1959年)で,「連続的な刺激により植物の生理機能が乱されている状態」としました。つまり,植物の病気とは,ある原因が連続的に作用して起こる植物の異常を表しています。病気の原因となるのが微生物(糸状菌,細菌,ウイルス,ウイロイド,ファイトプラズマ,線虫)である場合を伝染病といいます。また,栄養要素の過不足や水質汚染のような環境要因が原因となる場合を生理病といいます。

病気の防除の必要性

気候が温暖で湿潤な日本は農作物の病害が多く発生しやすい環境にあり,農薬防除を全く行わない場合には病害虫によって,リンゴで90%以上,キュウリやキャベツで約60%,コムギやトマトで約40%,イネやダイズで約30%ときわめて大きな減収を招きます。農作物の病気を防ぐことにより,減収量の一部でも回復できれば,世界規模のレベルでの農作物収量の増加は莫大なものになります。今後に予想される地球人口の急激な増加を考えると,植物の病気の防除は重要な課題です。

さらに詳しく知るために

「植物病理学第2版」 大木 理著 東京化学同人,2019年.学部レベルの教科書で最新の内容も盛り込まれている.初めて植物病理学を学ぶための教科書.

「植物病理学第2版」 真山滋志、土佐幸雄編 文永堂,2020年.植物病理学領域の最新の知見や研究動向が詳しく解説されている教科書.

「植物医科学」 難波成任監修・執筆 養賢堂,2022年.臨床的診断・治療・防除・予防など,実践に役立つ内容に重点が置かれている教科書.

「総説植物病理学」脇本 哲編 養賢堂,1994年.やや詳しい教科書.重要病害についての解説もある.

「植物病理学事典」 日本植物病理学会編 養賢堂,1995年.日本植物病理学会創立 80 周年を記念して出版された事典で,最新の情報が詳しく盛り込まれている.植物病理学に関係する事項を調べる際に役に立つ.

「植物ウイルス大事典」 大木 理,日比忠明 監修 朝倉書店、2015年.わが国の植物ウイルスに関する第一線の専門家が結集し、植物ウイルスの最新の知見をまとめた大事典.

「植物防疫講座 第3版-病害編-,-雑草・農薬,行政編-」 日本植物防疫協会編 日本植物防疫協,1997年.主に植物病害防除関係者を対象とした専門書で,発生生態や技術について詳しく記されている.

「植物たちの戦争-病原体との5億年のサバイバルレース-」日本植物病理学会編 講談社,2019年.植物と病原体の分子レベルの闘いについて最新の知見が分かり易く解説されている新書.