アレーアンテナ

測位航法学会ニューズレター Vol. No.3 2022 年 10 月 5 日へ寄稿した内容を元に作成

アレーアンテナ

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図1 測位を阻害する不要波の例

 GNSS測位では,GNSS衛星から受信アンテナに直接届くLOS(Line of Sight)信号以外の信号によって測位に悪影響が生じます.このような不要な信号による問題として,マルチパスやスプーフィングといった問題が挙げられます(図1).マルチパス誤差低減への取り組みとして,グランドプレーンやチョークリングなどアンテナ自体へ対策や,搬送波位相を利用したキャリアスムージングなどの測位演算領域での対策,ナローコリレータなど相関処理領域での対策などGNSS測位の様々な段階での取り組みが存在します.スプーフィングについては,意図的なものであるためアンテナの工夫では避けがたく,また正常な信号として認識され処理が行われると測位演算領域での検知は難しく抑制も困難なため,信号処理領域での対策が必要となります.

 本研究ではアレーアンテナと呼ばれる幾何学的な配置が既知として並べられた複数の素子からなるアンテナを使用します.これは図2における信号処理前の信号(Digital IF)に対して処理を施すこと(あるいはアンテナ部分での工夫とも言える)で問題の解決を図るものです.ここで図2に示した本研究におけるGNSS信号の処理の流れについて触れておくと,アンテナに届いたGNSS信号(Lバンド)は帯域通過フィルタ(BPF)や低雑音増幅器(LNA)を経て,フロントエンドと呼ばれる装置で周波数変換による中間周波数(IF)へのダウンコンバートとデジタルサンプリングが行われ,デジタル(Digital IF)信号に変換されます.フロントエンドにおいて2つの信号経路がありますが,これらはそれぞれ,受信機の局部発振器で発生させたRF信号をミキサーにて同相でかけ合わせたI(In-Phase)と,位相を90度ずらして(直交位相で)かけ合わせたQ(Quadrature-Phase)です.このようにサンプリングしておくことで信号処理において位相の取り扱いなどが便利な複素表現でデータを扱える利点があります.本研究ではフロントエンドで取得したデータはPCを介して外付けSSDに保存しています(図3).サンプリング周波数が20.46MHz2bit I/Q6素子フロントエンドによるデータは10分程度の測定で35GiB程の容量にもなるためデータ管理や解析は厄介な部分があります.保存されたデータをPC上で信号処理を施し,方向推定の解析や不要波の抑制処理などを行っています.不要波の抑制についてはI/QサンプリングされたデジタルIF信号を,鈴木太郎先生のGNSS-SDRLIBを利用して処理し,得られた観測ファイルや航法ファイルを高須知二先生のRTKLIBを使用して測位結果を算出しています.ご存じの方も多いと思いますがこれらのソフトウェアをオープンソースとして公開されておられます.また,同じく高須先生が作成されたPocket SDRはフロントエンド機能から信号処理まで可能なハードウェア・ソフトウェアの情報が公開されています.

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図2 一般的なGNSS-SDRにおける信号処理の流れ

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図3 装置概観及び構成の概略

 次に本研究で使用しますアレーアンテナについてご説明します.図4に示したように,アレーアンテナでは到来信号に対して各素子の幾何学的な配置から算出される伝搬距離差の分だけ位相が異なる信号が各素子で取得されます.この位相差の分を調整して各素子の信号を合成することで特定の方向の信号強度を強めたり弱めたりすること(指向性の制御)ができます.

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図4 アレーアンテナの原理

 アレーアンテナを用いた本研究の大まかな流れについてご説明します.本研究では不要信号の到来方向推定と指向性の制御による不要波の抑制という大きく二段階に分けることができます.到来方向推定により不要波の方向を推定し,指向性の制御によりその方向の利得を下げることで不要波を抑制するという流れです.まず,到来方向の推定にはMUSIC (Multiple Signal Classification)法と呼ばれる信号の相関行列の固有値と固有ベクトルを解析し,熱雑音電力に等しい固有値の固有ベクトルで到来信号を探索する手法を用いています.MUSIC法はアレー素子数より推定する信号数が小さくなければならないこと,また測位信号の強度は微弱であることから,逆拡散処理(相関処理)を行い測位衛星ごとに信号を復調したものに対してMUSIC法を適用し,方向推定を行っています.次に指向性の制御についてはDCMP (Directionally Constrained Minimization of Power)法を用いています.これは方向の拘束条件の元でアレーの出力電力を最小化する手法で,特定の方向の受信電力を保護したり抑制したりすることができるアルゴリズムです.この手法は所望・不要信号の到来方向が既知であるという前提の元に機能する手法であるため,MUSIC法で得られた到来方向情報をDCMPでの指向性の制御に利用するということを考えています.

 最後に測位航法学会の全国大会にて報告しました実験についてご説明します.実験の流れとしては,まずオープンスカイ環境にてアレーアンテナの較正を行うためのデータを3分間取得しました.その後,電源を落とさずにマルチパス環境として壁面から垂直に3m離れた地点にて5分間データを取得しました.このときフロントエンドの不調により6素子分のRF端子の内,第4素子のデータは使用できなかったため,全5素子のアレーアンテナの信号データを用いて解析を行いました(図5左上にアレー素子とフロントエンドのRF端子番号の対応を示した).解析結果について,まずオープンスカイで取得したデータの方向推定は図6に示したように,実際の衛星方向(図中のバツ印)にMUSICスペクトラムの強度のピークが現われており,またMDL (Minimum Description Length)による信号数推定の結果も到来波数が1であり,この結果から方向推定が正常に行えていることが確認できました.次にマルチパス環境での取得データについては,図5に示したようにG23衛星の実際の信号到来方向(仰角 35[deg],方位角188[deg])以外にMUSICスペクトラムの強度のピークが見られました.実験環境にて建物でG23衛星からの到来信号が反射したとすると,予想される反射波の到来方向は仰角 35[deg],方位角264[deg]であり,これはMUSICスペクトラムのピークから推定される信号到来方向は仰角 42[deg],方位角257[deg]とほぼ一致しており,反射波の到来方向が取得できたのではないかと考えています.この結果は,MDLにより推定された信号到来数3を元にMUSICスペクトラムを算出した結果です.ただし図5に示した結果はある瞬間における推定結果であり,このような反射波と思われるMUSICスペクトラムのピークが見られたのは,マルチパス環境での取得データ(5分間)10秒間隔での解析したうちの2~3割程度でした(図7).またG23衛星以外の衛星では反射波のような到来波のピークは発見できませんでした.この反射波の到来方向情報を用いて,DCMP法で反射波を抑制するようなアンテナパターンになる重みを計算し,アレーアンテナの各素子で取得した信号を合成して測位結果を試みましたが,観測ファイルに出力された衛星数が十分でなく測位にまでつながりませんでした.この指向性の制御の部分は今後の課題と考えています.

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図5 マルチパス環境での方向推定結果

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図6 オープンスカイ環境での到来方向推定結果

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図7 マルチパス環境での到来方向推定結果