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2020年11月8日

第24期女性学講演会第1回報告

11月1日、女性学講演会を初のオンラインで開催いたしました。普段とはずいぶん異なった開催方法となりましたが、遠方からもたくさんの方が参加してくださいました。皆さま本当にありがとうございました。報告者は、本学講師で日本版性暴力対応看護師の伊藤良子さん、そしてRC-NET(レイプクライシス・ネットワーク)、Broken Rainbow-japanの岡田実穂さんでした。

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第一報告は伊藤さんの「「性暴力被害者」アイデンティティーズ-〈性暴力被害にあうことをめぐる語りの分析から〉」です。
タイトルの「アイデンティティーズ」と複数形になっているところが重要なのでしょう。性暴力の言説には、「当事者の語り」と「支援者・専門職による被害者の「声」の代弁」があります。そこには「支配的な物語」として、被害者の「心の傷」が語られてきました。もちろんそこにはメリットもあって、性暴力を社会問題化し、人びとの意識に訴えかけることができます。しかしデメリットとしては、個人の個々の体験が押し込められてしまいます。「ステレオタイプな性暴力被害者」像が、実は多くの物語を除外してしまうことの問題性が指摘されました。伊藤さんは6人の方のお話をされましたが、どれも印象に残るものばかりでした。加害者という名の他人によって自己の存在を否定されたことが、別の他者やなにかの存在によって、自己をつなぎあわせるような、あるいは自己を取り戻そうとするかのような複数 の声でした。

 
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岡田さんのお話はとても重層的なものでした。性暴力が「暴力」の問題であることをはっきりと論じられていました。先入観や偏見や、配慮や悪意のなさからくる発言や冗談・噂にはじまり、他者を誹謗中傷し、さまざまな差別を行い、そして物理的な暴力をもちいた排除へと連なっていく、暴力のグラデーションのどの段階にも、性は密接に絡み、利用されてます。そしてこの暴力によって排除され周辺化される人びとにとって、その排除や周辺化がどのように起こるのかは、実にさまざまであるということです。岡田さんは、とくにタイトルにあるLGBTIAQAの人びとに性暴力被害と周辺化や阻害がどのように起きてくるのかをとても丁寧にお話くださいました。

 

お二人の話から気づかされたことは、わたしたちが「知っている」と思っていること(たとえば、性暴力について「知っている」と思っていること)は、くりかえし「語られてきたこと」でもあって、それは多様な言説から成り立っているように見えながら、実はとても「貧しいもの」となっているのではないかということです。ステレオタイプというと、過度に単純化され、固定化したイメージや概念を指します。同じ内容が饒舌に繰り返されることで、パターン化され、固定化していくことで一般に受け入れられるものとなっていきます。けれども、このプロセスには、その内容から逸れたり漏れたりするものは「なかったこと」にされてしまうということが伴います。

お二人の話に共通することは、そこにあるもの、目の前で起きていることがわたしたちの射程から零れ落ちてしまって、「なかったこと」「そもそも存在しないこと」「はっきりとは見えないもの」になってしまっていることを、もう一度わたしたちの視野のなかに立ち戻らせようとすることでした。

それは言い換えれば、わたしたちが「自明だ」と思っていること、「知っている」と思っていることが他の多くを「なかったこと」にすることで成立しているという、その「貧しさ」に気づくことです。この社会は性暴力を潜在化させている、と岡田さんは仰られました。この貧しさゆえに、わたしたちは気が付かないうちに、差別と周辺化を再生産し、社会をいま在るように維持し続けているのでしょう。

ステレオタイプに対して、「そうではない」と言う声を、単なる否定として受け流すのではなく、そこから見えなくされているものに目を向け、考えるきっかけとして受け止めること、さらにそこから何を変えていくのか、何を変えていくべきなのかにまで目を向けていくことが、性暴力の問題に向き合うために必要なことなのだと、考えさせられました。

コーディネーター 内藤葉子