ORGEL Column

2026年7月16日

女の子はお金がかかる、らしい

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担当:れもん
れもん

 女の子はお金がかかるらしい。私は成人式の振袖のために〇十万かかったけど兄は大学の入学式で着たスーツをそのまま使いまわすだけで済んだ。私は毎年季節ごとに新しい服を欲しがったけど兄はそんなに服を欲しがらなかった。私には浪人をしてほしくないからと母が言うから、受験では私立大学を何校も受験した(兄も浪人はしていないけど)。それまでずっと国公立大学に行ってほしいと言っていたのに、受験が終わってから「本当はどこでもいいからあなたには家から通える大学にしてほしかった」と言われた。

 でも兄が私の顔や体形を悪く言わなかったら私があんなにも自分の容姿に執着することは無かったし、兄との関係がもっと良好だったらあんなにも家を出たいとは思わなかった。(兄と私との関係が良くないことはまた別のお話なのであまり多く書くのはやめてお
こう。)

 母は「女の子はお金がかかる」と何度も何度も私に言ったけれど、別に私は自分が「女の子」だからお金がかかるとかそんなつもりはなかった(とはいえお金を出してくれていることには本当に感謝している)。でも世間一般的にもそれはよく言われていることみたいだ。女の子はお金がかかるのだろうか。SNS 上ではデート代の負担について論争が起こる。「女の子は」お金がかかっているから男性がデート代を負担するべきなら、女性同士のデートは誰がお金出すねん!それとも女の子は「お金がかかっている」から(お金がかかっていない?→)男性がデート代を負担するべきなら、もし男性の方がお金がかかっていたら女の子がお金出すべきって言うんか?と思うけど、たぶんこの理論を唱えている人は頷かないと思う。女の子はお金がかかっているから、ではなく男性の方がより多くの金銭的な負担をするべきだ、というステレオタイプに縛られている、多分。

 私は化粧品を買うのも、スキンケアにお金をかけることも全部自分のためにやっていると思っている。誰かと会う時にいつもより時間をかけてメイクをしたり新しい洋服を着ていったりするのは、「この人の前では普段より良い自分でいたい(もちろんお金をかけている人の方がきれいだとか、すごいとかそんな意味ではない)」という自分自身の欲を満たすため。相手のためだと思っている節が全くないか、と言われると否定はできないが、自分のためにやっていると言い聞かせる。自分が食べたもの代金は自分で出す。自分がやりたいと思ったことをやっている。自分のために自分にお金をかける。強がっていると、可愛げがないと、言われるかもしれないが構わない。私はそういう自分のことを結構悪くないと思っている。