ORGEL Column

2025年6月16日

世代を跨ぐ負の連鎖に終止符を

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担当:タマ
たま

 昨年、私はA病院での勤務を開始した。10年ほど前にも同病院で勤務していたことがあり、そこそこの病院内の事情や職場環境を知っている状態で「出戻り」をしたというわけだ。A病院の労働環境・待遇において言えば、給与面は職種平均を下回るが、人間関係や休暇、残業等においてはいわゆる「ホワイト」な環境である。そのため、給与面における昇進を重視する職員にとっては物足りなさを感じるようだ。 

 勤務開始とともに、業務オリエンテーションを数日間受けることとなった。そんな中、多数のオリエンテーション項目のうちの一つを、20代前半の男性から、私ともう一人の女性新入職員(二人とも子持ち)が受けることとなった。彼はオリエンテーションの場で、もうじき退職する旨を打ち明けた。彼曰く、業務内容と待遇が彼自身に合わないとのことで、営業職へ転職するとのことだった。そこで、彼はA病院について、「給料が安いけど休みが多いから女性にはいいと思います。」と意見を付け足した。その一文に、私は思わず「『給料が安くても休みが多いから女性にはいい』とはどういう意味ですか?」とつっこみそうになったが、彼の発言には全く悪意が含まれていないことも理解していたのでグッと発言を飲み込んだ。その瞬間から、彼のオリエンテーションの内容はよそに、先ほどの彼の一言について考えを巡らせる30分間となった。彼の発言に少し言葉を付け足すと、恐らくこのようになったのではないだろうか。 

「給料は安いけど、子育て中の女性(母親)は子どもに割く時間が多く必要だろうから、休日が多いA病院の労働条件は女性(これから母親になる人も含めて)に適していると思います。」 

 私たち新入職員2人がいずれも母親であることを知っており、子育て中の親は子どもに多くの時間を費やさなければならないことを想像した上での発言だったと推測する。むしろ、私たち女性新入職員に安心感を与えるための一言だったのだろうか。 

 彼のこの一言から、ジェンダー規範と性別役割分業が垣間見える。子育ては母親(>父親)が中心に行うものであり、子どもに時間を費やすのは母親が優先であること。夫が収入を得ているだろうから、女性(母親)にとって収入条件は優先度が高くないこと。よって、「普通」の子育て家庭の女性(母親)は、収入よりも休日の数を優先するであろう、といった価値観である。一部、私の飛躍した思考と捉えられるかもしれないが、ジェンダー規範と性別役割分業が言葉の背景に含まれていることは否定できない。 

 この発言について考えているうちに、私は自分が少しショックを受けていることに気づいた。20代前半の若者でも、ジェンダー規範が染み付いているのか、と。私は今30代後半であり、一回り以上若い世代においては、ジェンダー規範が薄れているのではないかと、どこかで期待していたようだ。ジェンダー規範というものは10年以上経っても表面上しか色褪せず、根深く社会に浸透し続けているものだと実感した。 

 こうしたジェンダー規範を再生産しないためには、やはり大人、教育者の立場にあたる者たちの意識改革が必要なのだろう。私自身も、母親という役割を持ち、子ども世代に対する教育者という立場になりうる一人である。家庭内における大人の振る舞い、性別役割分業を目の当たりにする子どもたちは、無意識のうちにジェンダー規範を学び取っている可能性がある。そう考えると、子どもたち、そしてその子どもたちと関わる大人たちとの日々のやりとりや習慣的な活動を、見直す機会を持ちたいと思うようになった。日々の言動の積み重ねこそが次世代の価値観を養う土壌となるため、日常生活における自分自身の言動を内省し、子どもたちがこれから取っていく選択肢の幅を狭めないようにしたい。