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2025年12月17日
担当:れもん
このようなコラムを書くことは初めて、かつ私はまだ学部生のひよっこのため以下の文章は温かい目でご覧くださると幸いです。
さて今年も冬がやってきました。毎年この時期になると夜の空気からは受験の匂いを感じます。半ば強引な話題の提起になりましたが、大学入学共通テスト当日は「痴漢のチャンスデー」といわれているそうです。後がない、絶対に遅刻できないという受験生の心理に付け込んだ極めて悪質なものです。別に共通テスト当日でなくても痴漢は劣悪な行為に違いありませんが。前置きが長くなりそうなので本題に入ります。タイトルにもしましたが、性的な対象にされることは女性の醍醐味なのでしょうか。醍醐味ならばポジティブな感情ですが性的な眼差しを向けられることが嬉しいことだというのならあらゆる性被害の被害者は被害者でなくなりましょう。性的にみられることは嬉しくないことだ、というのも私の勝手な価値基準ですが。
痴漢やその他の性的被害に巻き込まれることに容姿は関係ないといいます。ところで私は人生で一度も痴漢をされたことがありません。高校3年間は電車通学をしていましたし、私生活でも電車はよく使います。それでも人生で本当に一度もないのです。痴漢に関するとある記事のコメント欄には「現代の女性で痴漢をされたことがない人の方が珍しい。そのくらい痴漢は日常茶飯事だ」とありました。私も他人ごとではないのかもと思い、共通テスト当日にはスマートフォンに痴漢をされたときにこっそり通報できたり、周囲の人に助けを求められたりするというようなアプリまで入れていきました。幸い今日のこの日までそのアプリが役立ったことはありません。私が痴漢をされたことがないのは運がよかったから?それともアプリを入れるほどに警戒心を持っているから?それとも、、女性としての魅力がないからか?だとしたら女性としての魅力ってなんだ?
女性として性的に見られることを嬉しいことだと感じる人はどうやら少なくないようです。この世の中には女性が男性をオトすためのテクニック!なるコンテンツが溢れています。サンタクロースのコスプレと称して極めてセクシーな見た目になっているお姉さん達に、それは自分の意思の上で着たものか、と聞けばきっと答えはYESだと想像できます。私はそんなわけないだろうと心の中でツッコミを入れるのですが。でもそれをセクシーだとみなしているのは私なわけです。私はいつも自分の容姿が「女性」を強調してしまっていないか気にしています。私は誰かの中の私が「女」であることを過剰に怖がってきました。誰に対して気にしているのかは分かりません。
もし痴漢をされることが、女性としての身体的特徴を強調することが、「女」であることが、私にとって醍醐味ならば私はこんなにも身構えなくて良いはずです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。つい思いつくがままに書いてしまいました。前置きで断りを入れましたが、断り切れないくらい稚拙な文章になってしまったことをお許しください。
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