園長挨拶
植物園とは、「植物を収集、保存、展示し、花と緑による市民の憩いの場とするとともに、植物の調査・研究を行って植物・園芸についての知識の普及や社会教育、環境保全や自然保護を推進する施設」です(日本植物園協会,2004)。大阪公立大学附属植物園は、1950年に大阪市立大学理工学部附属の研究施設として発足し、多くの植物の収集と保存を進め、研究、教育、社会貢献に努めて参りました。
当園の特色の1つは、日本国内のさまざまなタイプの森林を自然に近い形で再現した、樹林型展示です。北海道から九州にかけて分布する11種類の森林を見ることができる、世界的にも珍しい生態展示です。これらの樹林は、2023年4月に、日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)のコアサイトに登録され、植物の環境応答、森林生態系の組成と構造、植物と動物の生物間相互作用などを調べる舞台となっています。
次に、絶滅危惧植物の保全と増殖の取り組みです。当園は、全国の植物園の中で唯一、環境省から認定希少種保全動植物園に認定されています。研究機関、自治体、市民団体の協力を得ながら、主に西日本産の絶滅危惧種を収集し、生息域外での保護と株の増殖に挑戦しています。さらに、絶滅危惧植物のDNA情報を読み取ることにより、集団の遺伝的多様性の評価や保全単位の設定に役立てています。
なぜ植物の絶滅が起きるのか、その謎に迫るためには、化石植物の研究も有効です。地球の長い歴史の中で繰り返されてきた生物の繁栄と衰退の過程は、私たちに多くのことを教えてくれます。当園では、生きている化石、メタセコイアに代表される新第三紀の森林を復元し、地球環境の長期的な変動と植生の関係を探っています。過去に学び、現在を知り、そして未来を拓く試みを、これからも続けていきます。
大学の施設である当園は、学生教育という使命も担っています。大阪公立大学の学生には当園にて、複数の基礎教育科目、総合教養科目、専門教育科目を提供しています。さらに単位互換制度により、大阪府下の40大学の学生向けに「植物園で学ぶ生態圏と文化」を開講しています。いずれも、教室での講義に加えて野外の植物に触れながら学ぶ植物園ならではの授業であり、豊かな教養と深い専門性の涵養を目指しています。
植物園はまた、市民の憩いの場でもあります。当園では、春のサクラ、夏のムクゲ、秋にはカエデの紅葉、そして冬のツバキなど、色とりどりの植物をお楽しみ頂けます。芝生広場では、かぐわしい草花の上を子どもたちが存分に駆け回ることができます。定期的に開催される観察会や園内ガイドツアーでは、見ごろの植物の紹介に加えて、学術的観点からの解説を行うよう、教職員一同、研鑽を積んでおります。
生態系の中では、植物が生産者、ヒトを含む動物は消費者または分解者と呼ばれるように、私たちの生命は植物が光合成によって作り出す有機物に支えられています。しかし、増え続ける世界人口やグローバル化する人間活動が、森林破壊や植物の絶滅を引き起こし、人類の生存基盤そのものを脅かしています。これらの課題を解決するために、1993年には、生物の多様性に関する条約が発効し、「種」「遺伝子」「生態系」の3つのレベルの生物多様性の保全を目指すことが国際的な約束事となりました。2015年の国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の中では「陸の豊かさも守ろう」が掲げられ、森林減少の阻止や絶滅危惧種の保護が謳われています。2021年のG7サミットでは、「2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する」という目標に各国が合意しました。自然環境を積極的に回復させる「ネイチャーポジティブ」、温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」、自然環境を活用して国土・都市・地域づくりを進める「グリーンインフラ」など、新たな行動規範も生まれています。
植物は、今日的課題のために必要とされる存在です。植物との共存共栄なくして人類の繁栄もあり得ません。我々は、植物園の社会的使命が今ほど重要になってきている時代はないと確信し、その益々の発展に力を尽くします。大阪公立大学附属植物園への皆様のご支援を、よろしくお願い申し上げます。
令和6年7月吉日