甲状腺がんの核医学治療

1)正常甲状腺と甲状腺がん

正常甲状腺は、バセドウ病の核医学治療(リンクお願いします)で示したように、ヨードを取り込み、サイログロブリンを作り、それらから甲状腺ホルモンを産生しています。はじめての方は、まず、そちらをご覧下さい。
一方、甲状腺がんは、大きく別けて分化型甲状腺がん、低分化~未分化甲状腺がんと別れます。分化度が高くなればなるほど正常甲状腺に近づいていくイメージで考えてください。低分化~未分化がんは、分化型がんが生体内で時間が経過する事により突然変異などの変性により出現していくことが多いとされます。 ですから、甲状腺がんの多くはおとなしいタイプの分化型がんと言えます。

2)

疫学

甲状腺がんは、国立がん研究センターの2019年の情報によれば、罹患率(人口10万あたり新たに何例診断されたか)は、14.9 例(男性8.0 例、女性21.5 例)、10万人辺りの死亡率は1.5 人(男性1.0 例、女性2.0 例)となっており、女性の方が男性よりもかかりやすいがんといえます。5年相対生存率(2009年~2011年)は、94.7 %(男性91.3 %、女性95.8 %)で、余後の良いがんとして知られています。
年齢層でみると、女性は70~74歳で35人(10万人あたり)をピークとし、50~79歳の間でほぼ30人(10万人あたり)を超えています。男性は、65歳~84歳でほぼ15人(10万人あたり)を上回っています。
甲状腺がん自体は全国がん登録(2019年)のデータによれば、全がん罹患者数の1.88%と一般的ながんではありません。そのため、がん検診などでは、オプションとなっていることも多く、患者さんから「毎年がん検診受けていたのに」と言われることがあります。

3)

分化型甲状腺がんの性質

分化型甲状腺がんは、正常甲状腺の3つの仕事のうち、ヨードを取り込む、サイログロブリンを産生する、ということは可能ですが、小児に発生する甲状腺がんの一部を除いては、この2つから甲状腺ホルモンを合成することは出来ません。それでも、他の原始的ながんと比べるとはるかに正常に近いがんといえます。この違いがどこに出てくるかというと、増殖速度に現れることが多いのです。原始的ながんは、非常に速いスピードで増殖していきますが、分化型甲状腺がんは非常にゆっくりとしたスピードとなります。そこで、「甲状腺がんは見つかった時には、がんが出来てから10年は経過している」といわれることもあります。これが、甲状腺がんの治療を考える上で重要なポイントになります。

甲状腺がんのがん細胞の大きさは10ミクロンと言うサイズです。がん細胞が100個並んだら1ミリと言う小ささで、この大きさは自由に血管、リンパ管を流れていきます。ですから、甲状腺がんが見つかった時には、がんが出来てからかなりの年月が経過しており、リンパの流れや血管を通して既に甲状腺がん細胞が身体のあちこちに流れていると考えるべきなのです。血管に流れたがん細胞は、ほとんどが肺の毛細血管にトラップされ、そこで肺転移としてゆっくり増殖していきます。がんの診断を行う際、必ず肺転移の有無を見るために胸部CT検査を行います。CTで転移病変と断じるためには1~2ミリ程度のサイズが必要ですが、そのためには、がん細胞が少なくとも数百万以上ないとわかりません。ですから、「肺転移はありません」といわれても「ない」のではなくて「見えない」のだと、目に見えない肺転移が存在していると理解すべきです。

4)

術前診断ですべてが決まる

分化型甲状腺がんが見つかるのは、いろんなパターンがあります。患者さんご本人やご家族が首の腫れに気づく場合、声の変調や息苦しさが出現する場合、全く自覚がなく、偶然他の検査で指摘される場合、などさまざまです。甲状腺がんが疑われる場合、首の腫れの部分に超音波ガイド下で針を刺してその組織の一部を採取して調べる針生検を行ってがん細胞の存在を確かめます。腫れている部分がすべてがんではないことが多いので、1回でがん細胞が出ない場合、期間を空けて何度か針生検を繰り返すことが多いです。それと並行して、胸部CT検査を行い肉眼的肺転移の有無を調べます。更に必要があれば他部位のCT検査やMR検査を追加して、最終的にTNM分類を用いた術前診断を行います。

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Tは腫瘍の大きさ、Nはリンパ節転移、Mは遠隔転移を示しています。他のがんでは、M1、すなわち遠隔転移がある場合はがんの原発巣の手術をおこなわず、化学療法や放射線外照射を優先させますが、分化型甲状腺がんでは、遠隔転移があっても甲状腺がん原発巣を含めた甲状腺を全摘します。その後、I-131内用療法を行います。
M0、つまり肉眼的遠隔転移がない場合、従来はがんの存在する甲状腺を片葉切除する治療が行われていましたが、細かく見ていくと、肉眼的遠隔転移が見られなくても、がんが甲状腺から外に浸潤していたり、頸動脈の外側までリンパ節転移が広がっているなど、再発のリスクを心配しなければならないケースが多く存在します。その場合は、がんの存在する片葉だけでなく甲状腺を全摘してからI-131による残存甲状腺床破壊治療(アブレーション治療)を行います。片葉切除の場合、正常甲状腺が存在するため、I-131治療の適応はありません。

まとめは図2にしめすごとくで、肉眼的転移がない場合行うアブレーション(焼灼)治療は外来では30mCi(1100MBq=1.1GBq)、当院の入院では、90mCi(3330MBq=3.33GBq)を投与します。30mCiより多いI-131を投与する場合、治療効果も30mCiよりも期待されるため助けると言う意味のアジュバントセラピ−と呼ぶ先生もいますがアブレーション治療であることには代わりありません。肺転移、骨転移など肉眼的転移が存在する場合は、現在当科では一律120mCi(4440MBq=4.44GBq)を原則としています。

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5)

I-131治療の意義

I-131治療は、3)で述べた、分化型甲状腺がんはヨードを取り込むという性質を利用してI-131を取り込ませることにより内部からI-131から放出されるベータ線によりがん細胞を焼灼しようと言う原理で行われます。甲状腺がん転移組織が大きい場合I-131の取り込む割合は低くなり、小さいほどI-131を取り込む割合が高くなるので、肉眼的な転移すなわち大きな転移よりも目に見えないサイズの転移の方が治療効果が高いと考えられます。一方、外科治療は肉眼的に大きながん組織を切除することは出来ますが、目に見えないサイズのがんは切除できません。
外科治療とI-131治療を組み合わせることで、がん細胞をゼロにすることは出来ませんが、甲状腺がん組織を相当量減量させることにより、進行を遅らせ、5~10年後の再発のリスクを低下させることが目的になります。

6)

当院におけるI-131治療

I-131治療を行う3ヶ月前からヨード造影剤の使用を停止します。
5週間前に甲状腺ホルモンT4製剤(チラーヂンS、レボチロキシン)を中止し、その後2週間は甲状腺ホルモンT3製剤(チロナミン)に変更します。

3週間前から甲状腺ホルモンは完全に休止します(これを休薬法と言います)。
さらに入院直前の2週間は海藻や海の魚、出汁などを中止した低ヨード食に変更し入院します。
こうすることで、フィードバック機構により血中TSH(甲状腺刺激ホルモン)濃度は非常に高まり多くの場合100μIU/mLを越えるようになり、体内の甲状腺がん組織は非常に活発になります。(当科では休薬法のみでタイロゲン投与は行っておりません)
入院日は昼食後4時間絶飲食を行い、夕方5時から附属病院7階にある非密封治療病棟内の処置室で、I-131を投与していきます。投与は数分で終了します。その後6時まで絶飲食を続け、6時に夕食となります。その後は、厚生労働省が定めた退出基準である患者体表面から1mの点における1センチメートル線量当量率(μSv/h)が30未満となるまで非密封治療病棟内の病室にて過ごします。
多くの場合、飲水を強化していただくと投与後2日目にはクリアするのですが、転移に強くI-131が取り込まれる場合、飲水が難しい場合や腎機能が低い場合などは投与後3日目のクリアになります。
治療病室を退室退院後1週間を目処に外来受診していただき、I-131シンチ撮像を行います。以下は、典型的な肺転移のI-131シンチです。(図3)肺転移にI-131が多く取り込まれており、そのような場合は、治療効果が期待できるので2回目、3回目のI-131治療を追加実施することもあります。

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7)

日常におけるTSH抑制療法の重要性

甲状腺がんの治療は、I-131治療が終了して日常生活に戻ったら終了ではありません。
むしろ、日常生活に戻ってからが最も重要な治療となります。
先程、6)で、TSHが高値となると甲状腺がんが活発になると言いました。逆にTSHが低値になると、甲状腺がんは不活発になり増殖する勢いが低くなるとされています。TSHが低値となるためには、フィードバック機構から血中甲状腺ホルモン濃度が常に高値となる必要があります。そのためには、甲状腺ホルモン剤を身体を維持する必要量よりも多く服用していただく必要があります。米国甲状腺学会ではTSHが0.1μIU/mL未満となる甲状腺ホルモン剤の投与が推奨されており、多くの患者さんで甲状腺ホルモンT4製剤(チラーヂンS、レボチロキシン)125~150μg/日の投与となることが多いと感じています。もちろん、この程度の量では心臓に負担がかかることはまずありません。
紹介元医師がTSH抑制を軽んじていて、再発したからまたI-131治療をお願いします、と言うケースが以前はありましたが、
そういうことがないように紹介元には強く進言していますし、外来では患者様本人ご家族様にも十分ご理解いただける様何度も説明しています。

甲状腺がんの核医学治療について、基本的な所をまとめてみました。
(文責 河邉讓治)