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我が国における救急医療の歩み

日本の自動車交通は、昭和30年代(19551964年)の『第一次交通戦争』期に急速に増加。車両の保有台数は1974年には3,733万台と、1955年当時の約20倍になりました(※1)。名神高速道路が開通したのが1963年、その翌年1964年に東海道新幹線が開通した高度経済成長のころです。車が増えれば交通事故も増える。このような社会的背景の下、救急医療体制の整備が推進されていきます。

「消防が火事場に出て火を消せば、そこには怪我をされた人がいる。その人たちを『運ぶ』のが救急の仕事、というのが当初の考え方で、外科系の救急病院に搬送されていました。現在の日本の病院は、初期(一次)、二次、三次と分類されていますが、これは1977年に整備されたものです。初期(一次)は入院不要な軽症患者が対象、二次は手術や入院が必要な患者を受け入れます。この二次が、当初はいわゆる救急病院でしたが、脳外科・消化器内科など、診療科ごとに分かれていました。しかし、交通事故に遭った人は頭を打ったり、胸・腹が圧迫されていたり、手足が折れているなど、複数の診療科にまたがります。そのため、地域ごとに高度な救急医療機関を作る必要がありました。これが今の救命救急センター(三次救急)につながります。現在日本には、救命救急センターが約300施設、大阪府下に16施設、大阪市内に6施設あり、大阪公立大学医学部附属病院も指定されています」

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平成の初めころは、日本で心停止した人の社会復帰率は欧米と比べて低い状況だったと溝端先生は説明します。

「心停止の場合、数分で処置しないと社会復帰は難しい。そこで、1991年に救急救命士という医療職を作って、初期対応できる処置を増やしました。また、医師が乗る『ドクターカー』が登場し、阪神淡路大震災を契機に『ドクターヘリ』を平時に運用しておくことの必要性が認識され、2000年以降全国導入が進められました。何かのきっかけや、その時々のニーズに応じて、既にある消防組織などを利用しながら今の救急医療体制が作られてきました」

※1 「平成17年 警察白書」 第1章 世界一安全な道路交通を目指して より https://www.npa.go.jp/hakusyo/h17/hakusho/h17/index.html

欧米の救急医療体制との比較、世界の事情

現在では、心停止からの社会復帰率は『欧米並み』になったと言います。では欧米の救急医療体制とはどのようなものなのでしょうか。

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大阪公立大学医学部附属病院の集中治療室(ICU)と
心血管疾患集中治療室(CCU)の機能を統合した「集中治療センター(ICU/CCU)」

「救急医療体制は、それぞれの国や地域の特性に合わせて整えられてきました。日本は既存の医療機関を救急指定してきましたが、例えばアメリカでは救急病院ごとに分類はなく、大きな病院がERemergency room)を持っていて、あらゆる部位の外傷に対応できる機能を持っています。では、日本も同じことをすれば良いのか?というと、そうではありません。アメリカのように一旦全ての患者をERがある病院に搬送しても良いですが、そこで23時間待たされることもあります。日本の都市部ではそこまで待つことはありませんよね。病院に行く前に救急隊が選別しているので、待たなくて良いシステムになっているのです。一方、日本でも地方に行くと病院の選択肢が少ないため、アメリカと同じように多くの患者が待つこともあります。地方と都会のどちらが優れているか、日本とアメリカどちらが良いかというのは、一長一短あります」

いわゆる先進国と呼ばれる国の救急体制は整えられており、大きく差は無いものの、ミドルインカムやローインカムの国ならではの事情があるそうです。

「日本などは車が増えていく過程で交通インフラも整備されていきましたが、急速に経済成長しているミドルインカムの国などは、インフラが整う前に一気に車が増えてしまった。そうなると交通事故も増えるのですが、まだ救急搬送システムが確立できていないのが現状です。富裕層と貧困層の差も大きく、先進国並みに救急搬送システムが整うには、もう少し時間がかかると思います」

2025年大阪・関西万博への挑戦、その先を見据えて

2025年には、いよいよ大阪・関西万博が開催されます。これまでG20大阪サミットやG7広島サミットなど、国際イベントの医療体制構築にも関わってきた溝端先生ですが、万博ならではの事情に気を引き締めます。

「大阪での万博は1970年以来。限られた地域に世界中の人たちが集まりますが、たくさんの人が集まることで起きる事案が多くあります。また開催される季節のことも考慮して、安心・安全な体制を整えておくことが必要です。大阪では世界陸上や大阪国際女子マラソンなど経験も豊富ですが、やはり万博は規模、特に密度が違います」

これまで以上に外国人旅行者が増えると見込まれる大阪。多様な来日外国人への対応は、さまざまな点でケアが必要だと言います。

「病院を訪れる外国人には、健康診断を受けに来る人もいれば、旅行中の体調不良などさまざま。しかし、外国人への医療体制はまだまだ不十分です。言語はもちろん、宗教や文化の違いもあります。医療費の支払いも課題の一つです。多様な人たちに対して、どのような医療や情報を提供するのか、きちんと整備しておかなければなりません。大阪公立大学医学部附属病院では、外国人患者受入れ医療機関認証制度『JMIP』の認証も受けるなど、体制を整えています」

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大阪公立大学医学部附属病院は、万博会場から最も近い『救命救急センター』です。本学だからこそできる2つのポイントをお話いただきました。

「まず1つは、万博会場内での医療に貢献することです。診療所や医療施設を会場内に作る計画はありますが、そこで働く人をどう確保するか。本学には、新型コロナウイルスが蔓延したときに、大阪コロナ重症センターへ医療者を派遣した実績もあります。心停止した方の処置は時間が勝負。派遣した医療者がその場でしっかり対応することで救える命があると思っています。2つ目は、万博開催期間中の受け入れ体制を充実したものにすること。我々の病院には全診療科があり、他では診られない眼科救急なども備えています。大阪市内唯一の大学病院として、しっかり期待に応えたいと思います」

プロフィール

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医学研究科 教授/医学部附属病院 救命救急センター  センター長
溝端 康光

医学研究科 臨床医科学専攻 教授。

医学博士(大阪大学)。大阪市立大学医学部を卒業後、大阪大学の特殊救急部へ。以来、救急分野一筋という救命救急のエキスパート。2020年度救急功労者表彰「総務大臣表彰」をはじめ、受賞多数。20216月からは日本臨床救急医学会の代表理事を務めるなど、要職を歴任している。

研究者詳細

※所属は掲載当時










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