不必要なダイエットが心身に影響を及ぼす
太っているようには見えない、どちらかというと痩せ型なのに、「痩せたい」と口癖のように言っている人を見かけたことはありませんか?自分自身がそうだった、または今もそうだという人もいるかもしれません。思春期から青年期を対象とした栄養教育を専門とし、特にダイエット行動に注目して研究している早見先生は、「しなくてもいいのにダイエットをする人がたくさんいるのが日本の現状」と話します。
「肥満度の判定には、身長と体重から算出される国際的な指標・BMI(Body Mass Index)が用いられます。現在はBMI18.5~25.0kg/m2未満が普通体重、18.5 kg/m2未満は低体重とされていますが、普通体重や低体重の範囲にいるにもかかわらず、さらに痩せようとする人がいます。これは基本的には不必要なダイエットです。また、BMIが25 kg/m2以上で肥満の範囲に入る人が、短期間で急激に痩せようとする無理なダイエットにはリバウンドも含め、危険が伴うことが多いです」
早見先生は、不必要または無理なダイエットはさまざまな健康被害を及ぼすと指摘します。例えば、鉄分不足による貧血や、それに伴う「だるい」「疲れやすい」といった症状。ホルモンバランスの乱れによる月経不順や無月経、将来の骨密度の低下。さらに、近年の日本では2,500g未満の低出生体重児が増えていますが、その背景には若い女性の低体重や妊娠中の体重増加不足があると言われています。つまり、ダイエットが自分自身の健康だけでなく、次世代の子どもにも影響を与えてしまう可能性があるのです。また、身体面だけでなく精神面においても、「痩せたい」という願望が強い人やダイエット行動を行う人には、集中力の低下、ストレスや不安、抑うつ症状などの増加傾向がみられるといわれています。
「栄養教育のゴールは、健康的な食行動が取れるようになり、QOL(Quality of life=生活の質)の高い生活や自己実現を叶えること。そのために、ダイエットも含む不健康な食行動をいかにして変えていくか。行動変容を促すためには要因にアプローチすることが重要ですが、特に私が着目している要因がボディイメージです」
ボディイメージとは、自身が認識する身体像や身体に対する感情のこと。自身の体型に不満を持つ「身体不満」や、痩せたいという感情を持つ「痩せ願望」、痩せているにもかかわらず太っていると認識してしまう「ボディイメージの歪み」など、さまざまなボディイメージの問題があります。そもそも私たちが痩せすぎている体型を“理想”と捉えてしまう価値観は、どこから来るのでしょうか。
「個人の性格や好みももちろんありますが、特に大きいのは社会文化的な要因。幼い頃は、家族や友人といった周りの人たちの影響を多く受けます。例えば、直接自分が何か指摘されたわけではなく、誰かが『かわいいね』と言われているのを見ただけでも、『痩せているほうがかわいいんだ』『褒められるんだ』といった価値観が形成される可能性があります。こうやって自分の中で基準が作られていくことを『痩せ理想の内面化』と言います」
さらに、成長するにつれて、メディアからの影響も大きくなっていきます。特に最近は、SNSが多大な影響を及ぼしていると早見先生は言います。
「テレビや雑誌は一方向のメディアでしたが、最近はSNSなど双方向のメディアが増えました。昔だったら、雑誌のモデルさんを見て『かわいいな』と思うだけだったのが、今ではSNSに誰かが投稿した写真に対する『いいね』『かわいい』といった称賛のコメントも目に入ってくる。それによって“理想の体型”という価値観がより助長されてしまうのではないでしょうか。中でもインスタグラムは視覚的な情報が中心なので、特に影響が大きいといわれています」
ボディイメージと自己肯定感はリンクする
体型に関する価値観は、自己肯定感とどのような関係性にあるのでしょうか。早見先生は、自尊感情、自己肯定感を指す「セルフエスティーム」という言葉を使って、次のように説明します。
「セルフエスティームには、さまざまな領域があり、ボディイメージに関わるものとして全般的セルフエスティームと身体的セルフエスティームがあります。特に子どもの場合は、身体的セルフエスティームが占めるウエートが大きく、例えば『見た目がこうだから、自分はダメだ』など、ボディイメージが否定的になると全般的セルフエスティームも一緒に下がってしまうといわれています」
一方、大人の場合は、社会的な役割など評価の観点が増えていくため、子どもと比べると身体的セルフエスティームが占める割合が少ないのだとか。ただし、「大人でも見た目のことを言われたらうれしくはないし、傷つきますよね。子どもほどセンシティブではないとはいえ、全般的セルフエスティームへの影響はあるかと思います」と早見先生は付け加えます。
全般的セルフエスティームと身体的セルフエスティームがリンクしているということは、やはりボディイメージの改善は重要だと言えるでしょう。海外では、プラスサイズモデルがファッションショーのランウェイや雑誌の表紙に登場するなど、ありのままの身体を前向きに捉えて自己肯定感を高めていく動きが注目されていますが、早見先生は日本の状況をどのように見ているのでしょうか。
「ダイバーシティ推進の一環として、特に欧米ではボディポジティブのムーブメントが大きく広がっていると感じます。日本でもそういった潮流が生まれつつありますが、まだまだ動きとしては遅いなという印象は持っていますね」
日本の現状として、早見先生はいくつかの調査結果を挙げます。例えば、厚生労働省が毎年行っている国民健康・栄養調査(2023年度)によると、20~30代女性の「痩せの者」(BMI18.5未満)の割合は20.2%。日本学校保健会が実施した調査(2018年度)では、中学生・高校生女子の約70~80%は「痩せ願望」を持っていることがわかります。また、高校生女子の半数以上がダイエット経験を持つことも明らかになっています。
「最近は日本でも『多様性を受容しよう』『容姿に関して発言するのは良くない』といった意識は高まってきていると思います。2025年4月には、日本肥満学会が『女性の低体重/低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome)(FUS)ステートメント』を発表し、若年女性の痩せに対して警鐘を鳴らしました。そのステートメントの中で、健全なボディイメージ形成のための教育の重要性が提唱されました。でも、『痩せたい』と思っている人はまだまだたくさんいる。ダイバーシティの流れから、『今の自分のままでいいんだ』と自分自身を前向きに捉えるボディポジティブの考え方にどうつなげていくかが今後の課題ですね」
“理想の体型”の価値観から解き放たれるために
日本でもボディポジティブの考え方がもっと定着していくためには、何が必要なのでしょう。私たち一人ひとりにできることはあるのでしょうか。
「多様性に対する社会的な受容がもっと広がっていくことはもちろん必要ですが、一人ひとりが個人のスキルを磨いていくことも重要です。例えば、自分の良いところやできることに目を向けて、自己受容を高めていく。メディアリテラシーを身に付ける。そういったスキルがあれば、他者の言葉を真に受けて傷つくことも少なくなるのではないでしょうか」
個々がスキルを磨いていけば、不必要なダイエットをする人は減っていくのかもしれません。とはいえ、30~40代の読者ならば、健康のために生活習慣の見直しやダイエットが必要な場合もあるでしょう。そんな人に向けて、早見先生はこうアドバイスしてくれました。
「見た目のためではなく、健康で心地よく生きていくために、自分に合った持続可能な方法を見つけてほしいですね。10~20代の頃は無理がきいたかもしれませんが、これからは短期間で急激に痩せるようなやり方とはおさらばしましょう。長期的に継続して健康的な食生活、生活習慣を作る視点で取り組んでいく、その積み重ねが自己肯定感や自己効力感にもつながるはずです」
子どもの頃から健やかな自己肯定感を育んでいくためには、保護者はどんなことを意識しておくべきなのでしょうか。そう尋ねると、三児の母でもある早見先生はこう語ります。「まずは話を聞いて、受け止めること。私自身もついやってしまいがちですが、大人側の考えや価値観を押し付けないことが大切ですね。もし子どもが『痩せたい』と言い出したら、まずは『痩せたいんだね。なんでそう思ったの?』と話を聞いてあげてください。『話を聞いてもらえた』という経験を積み重ねていくことが大事だと思います」
ちなみに、早見先生の研究室が中学生を対象に行ったアンケートによると、痩せたい理由は「かわいくなりたいから」という回答が最も多かったそうです。そのため、「かわいい」と言われたい願望を保護者が満たしてあげることも大切だと言います。
「小さい頃から『素敵だね』『○○できてかっこいいね』『大好きだよ』といった言葉をかけてあげてください。『かわいいね』は見た目に対する表現ではなく、愛情表現の言葉として受け取って『自分は価値がある人間なんだ』と思えると、自己肯定感へとつながります。私の留学時代の恩師は『子どもたちに“a dose of self-esteem”を与えましょう』とよく話していました」
「a dose of~」は薬の容量などに使われる表現。日本語に訳すなら「ひとさじのセルフエスティーム」といったところでしょうか。日々のちょっとした言葉かけが、子どもたちが自己肯定感を高めていくきっかけになるのでしょう。
「ポジティブなボディイメージの形成に着目し、これからも研究活動を進めていきたいと思っています。最近は、ダイエット目的で給食の量を減らす子どもたちが増え、学校現場で問題となっています。2014年から東大阪市の中学校と連携して、健全なボディイメージと食行動形成を目指す食健康教育プログラムを進めています。若い女性に対しても調査研究をもとに具体的なアプローチを検討しています。『痩せているほうが良い』という価値観から解き放たれる人を増やしていけるよう、引き続きライフワークとして取り組んでいくつもりです」
プロフィール

生活科学研究科 准教授
生活科学研究科 生活科学専攻 准教授
博士(学術)、修士(教育学・保健学)。管理栄養士。大阪市立大学生活科学部食品栄養科学科卒業、大阪大学医学系研究科保健学専攻修士課程修了、シドニー大学教育・社会福祉学部修士課程修了。大阪市立大学生活科学研究科特任助教、助教、講師を経て現職。専門分野は栄養教育、健康教育、学校栄養。特に思春期~青年期の栄養教育を専門としている。
※所属は掲載当時