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変わりゆく都市における緑地の価値

大規模地震や集中豪雨など、近年頻発する自然災害を受けて、防災や減災の観点から都市の緑地化やグリーンインフラといった言葉を耳にする機会が増えた方も多いのではないでしょうか。こうした緑の活用は、近年注目され始めたもののように感じられますが、実は「緑」と「人間」の関係は、古くから切っても切り離せないものだと松尾先生は語ります。

「都市の緑地はいわゆる『緑』がある場所だけではなく、豊かな国民生活を実現する上で必要不可欠な社会資本を指します。遡ると、江戸時代には、住民が娯楽や商いを楽しむために広場が設けられましたが、それがいわゆる都市緑地の始まりといわれています。人口が増え、都市が成長する中でも、人々は本能的に「緑の空間」の重要性を理解していたのではないかと思います。戦時期には、空き地が軍用地として転用され、緑地が失われることもありましたが、戦後の復興とともに再び広場や公園として整備され、その後も時代背景にあわせて都市における緑の役割が見直されてきました」

そして、緑地の効果は体系的に整理されていると話す松尾先生。

「例えば、日本公園緑地協会が発行する『公園緑地マニュアル』では、緑地の“存在効果”と“利用効果”が体系的に整理されています。これは、公園に限った話としてまとめられていますが、ほとんどの緑地に当てはめることができます。存在効果とは、公園緑地が存在することによって都市機能や都市環境など、都市構造上にもたらされる効果で、緑陰の提供、気温の緩和・調節、騒音・振動の吸収などの環境衛生的効果があるといわれています。その他にも、火災の延焼防止や雨水の貯留などの防災効果や経済的効果なども緑地を取り入れることで期待できると言われています]

一方で、利用効果は、公園緑地を利用する都市住民にもたらされる効果のことで、より人間の感覚に近いものだと言います。

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「感覚的に理解できる方も多いと思いますが、公園緑地は、休養できる場、子どもを育てる場、スポーツや運動をする場などを住民に提供することができます。このように緑が人間に与えてくれるものはたくさんあるので、どのような時代においても人間は本能的に緑を求めているのではないかと考えています」

とはいえ、現代の都市において緑地を確保することは、決して簡単なことではありません。特に日本の都市部では、土地の所有者が税負担や採算性を考慮し、空き地を駐車場にしたり、建物を建てて賃貸に出すなど、土地を「収益化」する方向に動くのが一般的です。緑地やオープンスペースは、直接的な収益を生みにくいため、都市の中で後回しにされがちな存在でもあります。そんな中で、少しずつ風向きが変わりつつあるそうです。

「たとえば最近ですと、大阪・梅田の一等地に誕生した『グラングリーン大阪』のような事例があります。駅前という高い収益が見込める立地に、あえて緑の空間を設けるという選択は、素晴らしいと思います。高層マンションを建てれば、確かに税収も増え、民間の利益も大きくなるでしょう。それでもなお、都市の中心に緑を残すという判断からは、都市が成長する時代における“何かを作ること=価値”という考え方から、“何を残すか”“どう共存するか”という問いが重視される時代へと移りつつあることが感じられます」

近年増加する自然災害に対する緑の効果

人間は本能的に緑を求めていると語る松尾先生ですが、近年さらに緑地に対する機運が高まってきていると言います。

「ここ数年の夏の暑さは異常で、都市の中でどのようにして涼む場所を作るかという点は、生活する上で、すごく重要なポイントになってきていると思います。その中で、都市の中に『緑をつくる』ことは、単に景観的に良いという話だけでなく、実際に街の温度を下げる効果があります。もちろん、地球温暖化のような地球規模の話となると、緑だけでどうこうできるかはわからないですが、近年社会問題となっているヒートアイランド現象のような都市の中の暑さ問題には、緑地の効果は大きいとされています」

「それと同時に、近年より話題に上がるようになってきたのが、集中豪雨の問題です。今まで私たちが想定していたような、上下水道の設備だけでは処理しきれない水が、都市に流れ込んでくるようになりました。そうなると人工物だけでは対処できない、いわゆる“想定外の災害”が発生するわけです」

高度経済成長期以降は、河川の周辺はどんどんコンクリートで固められてしまったといいます。

「もちろん、堤防は川などが氾濫しないように作られていますが、それを超えてしまうような豪雨が発生した場合は、もうどうしようもありません。だからこそ、もう少し“緑”というものをうまく使っていく必要があると思っています。河川の周りに緑地を設ければ、ある程度緑地が水を吸収してくれるので、多少氾濫しても、人の住むところまでは水が届かないようにできます」

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このように緑は都市の基盤として、人が住む場所と災害が起こりやすい場所をうまく使い分けるための、大事な要素にもなってくると松尾先生は語ります。

必要な場所に、必要な緑を、“戦略的緑地化”の重要性

松尾先生は、緑が人間にもたらす効果が多くあるからといって、闇雲に都市に緑を増やせば良いわけではないと言います。

「ただ緑を増やすのではなく、『どこに』『どんな緑を』『どういう目的で』置くのかをしっかり考える必要があります。人口が減ってきていて、予算にも限りがある。そんな中でも、『やっぱり緑って人間にとって絶対必要だよね』という気持ちは多くの人が持っていると思います。だからこそ、限られた資源の中で、より効率的に、より戦略的に緑を都市の中に配置する必要があります。特に、災害などで命に関わるような問題が発生している場所では、急いで緑を充実させなければなりません」

そこで松尾先生は、都市のどの地域に緑地を配置すれば、より効果的かを特定する研究に取り組んでいます。

「都市の中で、どこに緑を置けば一番効果的なのか。より多くの人が緑を必要としている場所はどこなのか。環境問題の抑制にもつながる場所はどこなのか。そういう空間を特定することが、今の研究の大きな目標です」

先生の研究では、緑地を都市へ導入する緑地シナリオを複数計画し、それぞれの効果を検証しているそう。たとえば、ある案ではA地区とB地区に緑地を配置し、別の案ではC地区とD地区に配置する。これらのシナリオをもとに、コンピューターシミュレーションを活用して、周辺の気温がどれだけ下がるか熱環境に関する効果などを検証しています。

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「最近ではシミュレーションなどの技術が進んでいて、緑地を配置したときに周辺の気温がどれくらい下がるかは、すぐに分かるようになってきています。他にも、水の流れに対して緑地がもたらす効果についてシミュレーションを実施し、研究を進めています。水害を抱えている地域もあれば、そうでない地域もある。しかし、どの地域も夏の暑さの問題は抱えている。つまり、緑地が持つ多面的な機能を活かし、地域ごとの課題に応じた最適な配置を探ることが大切だと考えています」

緑地の価値は、さまざまな見方がある 

緑地が都市にもたらす恩恵は、熱環境の緩和や水害の抑制だけではありません。松尾先生は、緑地の価値をさらに多角的にみていきたいと言います。

「緑地には、さまざまな効果がありますが、都市の中で人間と生き物がともに暮らす環境をどう豊かにしていくか。そこも本当は考えたいところなんです。現時点では、熱環境や水環境といった物理的な環境要因の評価が中心ですが、今後は生態系の視点も含めて、より包括的な緑地の価値を探っていくことが課題だと感じています」

先生が所属する研究室は、農学研究科の中にあり、昆虫などの生物を専門とする研究者も在籍しています。そうした環境に身を置いているからこそ、都市の生態系への視点も今後の研究に取り入れていきたいと考えているそうです。

さらに先生は、緑地がもたらす経済的な波及効果にも注目します。

「例えば、緑地があることで地域の経済にどんな影響があるのか。そういうことも評価していけば、自治体だけでなく、一般の方や民間企業にも分かりやすく緑地の大切さを伝えられる。お金に換算して示すことで、都市に緑地が必要な理由に、より納得感が得られると思っています」

 緑地の存在がもたらす多面的な価値。それらを総合的に捉え、都市にとって最も効果的な緑のあり方を模索する松尾先生は、都市と自然のより良い関係を築くために日々研究に取り組んでいます。

最後に、住み続けられる街づくりに向けて、私たちにもできることがないか尋ねました。

 「都市の緑地や環境を考えることは、決して専門家だけの話ではありません。住民一人ひとりが、自分の住む場所の状況や環境に目を向けることが、持続可能なまちづくりの第一歩になります。最近では、ハザードマップのような災害リスク情報がニュースでも頻繁に取り上げられるようになり、一般の人にも広く共有されるようになってきました。かつては専門家や自治体の中だけで扱われていた情報が、災害の激甚化を背景に、誰もがアクセスできるものへと変わりつつあります。実際、災害によって被害を受ける地域には、もともと居住に適していない場所に都市が広がってしまったケースも少なくありません。そうした意味でも、自分たちの住む場所の“過去”と“今”を知ることは非常に重要です。近年では、デジタル庁の設立などを契機に、アナログだった情報がデジタル化され、地図や気候、緑地の状況などが誰でも簡単に確認できるようになってきました。インターネットを開けば、自分の街の環境を可視化できる時代です。
だからこそ、まずは“知ること”から始めてみてください。自分の住む場所がどんな環境にあるのか、どんな歴史を持っているのか、そしてどんな自然と共にあるのか。そうした視点を持つことで、都市と自然が共存する未来を築いていけるのではないかと思います」

プロフィール

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農学研究科  緑地環境科学専攻  准教授

 
 松尾 薫

農学研究科 緑地環境科学専攻 准教授

広島大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得。日本学術振興会 特別研究員 PD(東京大学)、大阪府立大学大学院生命環境科学研究科助教、を経て、現職。気候変動による都市の高温化や豪雨の増加、人口減少による空き地の増加に対応するため、都市内の未利用地を緑地として活用する計画手法の研究に取り組んでいる。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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