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魚と植物の両方にとってWin-Winのシステム

アクアポニックスは、水産養殖を意味する「アクアカルチャー」と水耕栽培を意味する「ハイドロポニックス」を掛け合わせた言葉です。魚の養殖と野菜の水耕栽培に用いる水を循環させて共用し、魚が出した排泄物を栽培植物の肥料として利用すると同時に養殖水を浄化。また閉鎖型システムとして、魚の出した二酸化炭素を植物が光合成により吸収して酸素に変換し、魚に供給するという形でCO2/O2の収支バランスをとることも可能という、環境負荷を極力抑えた循環型の生物生産システムです。

北宅先生によると、アクアポニックスの原形はかなり古い時代からあるそうです。「日本では昔から水田でドジョウやコイを飼っていましたし、世界でも魚を飼いながら水の上でできる野菜を育てています。そうした古くからの生活の知恵を高度化させ、環境を制御した生産システムを構築する現在のアクアポニックスは、1980年代からアメリカを中心に研究開発が進められてきました」

以来、技術開発が進んできましたが、近年、一層の注目を集めているようです。その要因は、農業、養殖業のニーズの変化に応えられるシステムだからだと、北宅先生は説明します。

「野菜栽培では、閉鎖または半閉鎖空間において光や水などの環境を制御することで安心・安全な産物を提供できる植物工場化が進んできました。また養殖では、海での養殖から陸上養殖へと拡大しています。海では養殖に適した場所が限られることに加えて、食べ残したエサなどで水質汚染のリスクがあります。他方、陸上だと生産管理を制御できることがその理由です。しかし陸上養殖では、排泄物に含まれるアンモニアなど魚にとって有害な物質を除去しないと魚が死んでしまうため、コストをかけて水質を浄化しなければなりません。その役割を植物に担ってもらうと同時に肥料としても活用することでコストダウンが実現できるアクアポニックスは、魚と植物の両方にとってWin-Winのシステムなのです」

しかし、その普及の現状は「日本も含めて世界で、まだまだ本格的に実用化されているとは言い難い」のだそうです。ビジネスとして成立させるには、まだいくつか解決しなければいけない課題があるといいます。

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スーパーなどでも見かけるようになった新しい葉菜、アイスプラント。
ほのかに塩味が感じられる

その一つは、マーケットにおける需給がアンバランスだということです。特に日本では、淡水魚の需要が海水魚に比べて少ないことが課題だと、北宅先生は指摘します。海水魚と組み合わせられる塩水に強い野菜として、最近スーパーでも見かけることが多くなったアイスプラントや、高級料理に使われるシーアスパラガス(アッケシソウ)などがあり、これらをアクアポニックスで栽培する研究も進めているものの、その需要は限定的だといいます。

 

また、システムとしてもさらなる効率化の実現が求められており、中でもクリアしなければならない大きな問題があるそうです。

「魚も植物も成長期にはエサや肥料が多く必要になりますし、魚であれば排泄物の量も増えます。すなわち物質の出入りは、魚や植物のライフサイクルによって変化します。さらに、魚と植物で成長速度が同じわけではありません。魚にとっては排泄物に含まれるアンモニアなどは素早く除去したほうがいいのですが、植物が小さいうちはそうした成分を肥料として吸収する量が限られています。排出と吸収のバランスをうまくとって常に安定した状態を維持できるシステムにすることが、技術開発にとって最も重要であり難しいところです」

北宅先生はこの問題を解決するアイデアとして「たとえば、魚も植物もいろいろな成長段階のものがシステムの中に常に存在するような方法が考えられる」と話します。しかし、それによってシステムが複雑になるとコストに跳ね返るため、簡単にはいかないようです。また、魚のエサの供給方法も今後の重要課題です。植物残渣やその他の有機性廃棄物をエサにすることも考えていく必要があります。



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研究中のアクアポニックス設備。ティラピア(イズミダイ)やニジマス、ドジョウなどの淡水魚とレタス類、ワサビなどを組み合わせている

宇宙や野菜・タンパク質食材生産の不適地での生産に期待

こうした問題を解決して、アクアポニックスが普及されていくことで、社会にはどんな変化が起こるのでしょうか。今後導入が期待される領域の一つが宇宙です。北宅先生はアクアポニックスを使った宇宙での食料生産についても研究を続けています。

「人類が宇宙に長期滞在するようになれば、物質を循環させながら食料を恒常的に作っていくことが必須になります。宇宙では水は貴重です。現在、宇宙ステーションでの滞在においては尿を水に換えるなど一部の循環技術が確立していますが、物質を総合的に循環させるシステムはまだ確立されていません。さらに、長期滞在時においては、栄養バランスの観点からも植物に加え動物性タンパク質の摂取が理想です。宇宙環境下における食料生産システムとして、節水型で複数の栄養素を一緒に生産することができるアクアポニックスの可能性は十分あると思います」

では、宇宙ではどんな野菜や魚を育てるのがいいのでしょう。北宅先生は、できるだけ廃棄物が少ない品種が向いていると考えます。

「今のところLEDなど人工光を光源とするような植物工場で実用生産されているのは、レタスなどの葉菜類だけなんです。それは捨てるところが少なくて無駄がないといった、高い効率性が背景にあります。宇宙で究極の循環を実現するなら、このような葉菜類であったり、魚も廃棄物が出ない、たとえば骨が柔らかくて調理法次第でまるまる食べられるドジョウなどであれば廃棄物再利用のためのプロセスが不要になるため、理想的と言えるかもしれません」


kitaya_pic4宇宙での食料生産とアクアポニックスの可能性について語る北宅先生

宇宙だけでなく、今後の世界の食料生産の動向からみても、アクアポニックスの可能性は大きいと北宅先生は語ります。

「世界には、乾燥地で食料生産のための水が不十分であったり、タンパク質食材が生産しにくいような場所がたくさんあります。代表的なタンパク質食材生産である畜産業は、大量のエサとその生産のための広大な土地を必要とする農業です。それに比べて魚はより少ないエサと空間で、同程度の量のタンパク質を生産できる効率の良さがあります。また、日本などは特にそうですが、都市部で集約的に生産できるのが大きなメリット。野菜は棚をつくって上に積み上げることができるので、単位面積当たりの生産量がアップします。コストの問題を解決し、アクアポニックスの本格的な社会実装を実現する価値は大いにあると考えています」

日本では少子化で人口が減り、学校や倉庫など使わなくなった建物が増えてきています。そんな場所を活用してアクアポニックスによる生産を行うのもいいのではないか、と北宅先生。また、スーパーマーケットの建屋内にアクアポニックスの設備を設置すれば輸送コストもかからない、といったアイデアも語ってくれました。生産地と消費地の距離が近い、都市化が進む以前にあった村コミュニティの感覚も少し取り戻せるかもしれません。

「特に都心の子どもたちにとって肉や魚の生産現場は、実際に見る機会がなく身近なものではありません。アクアポニックスを見て生態系の中で食料生産ができているという意識を持つことで、地球に対する思いやりのようなものも醸成できるのではないでしょうか」

生態系のエネルギー・物質循環を考慮した食料生産

アクアポニックスも含めた植物工場の今後の展望について、北宅先生は以下のように語ります。

「植物工場のような閉鎖された空間での食料生産は生育環境の制御が容易で、エネルギー投入量を少なくできる可能性があります。葉菜以外の、たとえば主食となるような食糧作物についても、種苗生産など経済性の点で実現可能なところから植物工場の利用が増えていく可能性はあると思います。今後、世界では人口が増え、農業生産のための土地が減っていくにつれ、食料生産への植物工場の貢献が様々な形で進んでいくでしょう」

それだけに、アクアポニックスでのエネルギー利用や物質循環をどこまで高度な形で実現できるかが注目されていると言えそうです。北宅先生が考える、魚と植物の循環サイクルの中にキノコや藻類、昆虫など他の要素を組み込んだシステムの構築もその一つです。

「栽培した野菜の根や黄色くなった葉など商品にならない廃棄部分を魚のエサにするとか、さらにはそれを昆虫に食べさせ、昆虫を粉末にして魚に与えるというのもアイデアとしてあります。魚にも動物性のタンパク質が必要ですから、昆虫でそれを補うことが可能になります。また、すでに実験を進めているものとしては、微細藻類の活用があります。魚から出る廃棄物の過剰な部分を藻類で吸収させ、植物の肥料として最適なバランスにするようなことを考えています。環境に負荷を与えない高効率の循環生産システムを実現させ、人を含めた生態系の中に食料生産をいかにうまくセットアップできるかを追求していきたいと思います」

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大阪公立大学の植物工場研究センターは、1日に最大6,600株のリーフレタス類の量産が可能な人工光型モデル施設で、植物工場の産業化を実証研究している

ゼロカーボン時代、エネルギー投入を極力少なくして、資源をシステムの中で回す究極の自給自足であるアクアポニックス、今後の実用化に期待がかかります。

プロフィール

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植物工場研究センター センター長 
北宅 善昭

植物工場研究センター センター長。

2021年から植物工場研究センター長(2021年度は大阪府立大学、2022年度からは大阪公立大学)、研究推進機構 特任教授。主に、生物と環境との関係を物理学的な観点から解明する研究を基盤に、施設利用型・循環型農業生産システム構築や宇宙長期滞在支援のための食料生産・物質循環研究などに携わっている。

植物工場研究センター

※所属は掲載当時

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