Nature

植物と共に歩む研究と保全のフィールド『大阪公立大学附属植物園』とは

「植物園」と聞くと、色とりどりの花やさまざまな植物を楽しむ場所として思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。当園では春にはサクラ、夏はハナハス、秋には色づくカエデ、冬はツバキと、四季折々の美しい植物が咲き誇り、色鮮やかな植物たちは私たちの目を楽しませてくれます。特に夏の植物園では、花や緑が生き生きとしていて、観察や散策にぴったりです。

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<ハナハス>
上段左より、大紅砲、請書の本紅、小舞妃蓮、下段左より、輪王蓮、漢蓮、巨椋の鳳凰。
ハナハスは、花の美しさを鑑賞する目的で選抜・育成された品種で、その多くはアジア原産のハス(Nelumbo nucifera)から作られました。附属植物園では88品種を保有し、遺伝的多様性の高いコレクションとなっています。

 

植物園の役割は「展示」だけではありません。1950年に大阪市立大学理工学部附属の研究施設として設立された当園は、研究者たちの研究フィールドでもあり、生態系の理解・再現や種の保全という重要な使命を果たす役割を担っています。特に日本産樹木の収集には力を入れており、現在では野外で生育可能な300種以上の樹林を植栽し、北海道から九州までの代表的な11種類の樹林型を復元しています。これは世界的に見ても珍しい生態展示です。また、メタセコイアに代表される新第三紀の森林復元も行っており、復元樹林の推移を長期的に観察することで、環境の変化と植物の関係を科学的に解明することを目指しています。


<樹林型生態展示>
南北に長く伸びる国土をもつ日本には、地域ごとに多様なタイプの森林が成立しています。附属植物園では、北海道から九州にかけて分布する11タイプの森林を、自然に近い状態で再現しています。写真の左側に見られるのは暖帯型落葉樹林、右側はタブ型照葉樹林であり、構成する樹種の違いによって景観も明確に異なっています。一つの植物園の中で生態系多様性を体感できる展示は、世界的にも極めて珍しいものです。

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また、現在地球上の植物の39.4%が絶滅の危機に瀕しているといわれています(Antonelli et al.2020.State of the world’s plants and fungi. Kew: Royal Botanic Gardens)。当園は環境省から「認定希少種保全動植物園等」に認定された施設として、社会的にも大きな課題となっている絶滅危惧植物の保全活動に力を入れ、特に西日本に自生する希少な植物の保全に注力しています。「遺伝的多様性の解析」や「効率的な増殖方法の研究・開発」など、科学的なアプローチを通じて、絶滅のリスクを少しでも減らす取り組みを進めています。また、絶滅危惧種だけでなく、系統分類上重要な外国産植物の収集・展示も行っており、これらの収集物を広く研究者へ提供することで、植物学の発展に貢献しています。

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<アマミカジカエデ(Acer amamiense)>
日本には約30種の野生のカエデ属植物が分布していますが、その中でもアマミカジカエデは、地球上で奄美大島の限られた地域にのみ自生する極めて希少な種です。本種は、環境省レッドリストにおいて絶滅危惧IA類(CR)に指定されており、絶滅の危機が差し迫った植物とされています。附属植物園では、アマミカジカエデを含む多くの絶滅危惧植物の生育域外保全に取り組み、植物の種多様性の維持と保全に貢献しています。

 

このように、当園は市民の方々が気軽に訪れて自然と触れ合える「憩いの場」としての顔を持つ一方で、種の保全のためにさまざまな活動を行う「教育研究施設」としての役割を担っています。

私たち人間の生命は、植物が光合成によって生み出す有機物に支えられています。しかし、世界人口の増加や人間活動の影響により、森林破壊や植物の絶滅が進み、生態系のバランスが崩れつつあります。こうした課題に対応するため、植物園の社会的役割があらためて注目されています。大阪公立大学附属植物園は、学生教育・研究・社会貢献の三つを柱に活動しており、教室での講義に加え、野外で実際の植物に触れながら学ぶ授業を展開しています。また、植物のコレクションや生態展示を活用し、国内外の研究者と連携した共同研究を進めています。樹林型の生態展示は、日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)のコアサイトに登録されており、森林生態系のしくみや植物と動物の関係の解明に役立てられています。今後は、植物を基軸とした環境再生や社会福祉への貢献、都市計画や教育との連携にも取り組み、植物園を科学と社会をつなぐ実践拠点として発展させてまいります。

プロフィール

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附属植物園 園長/理学研究科 生物学専攻 教授

名波 哲

博士(農学)。京都大学農学研究科林学専攻博士課程単位取得満期退学。大阪市立大学理学部助手、日本学術振興会バンコク研究連絡センターのセンター長、大阪市立大学理学研究科講師、同准教授、大阪公立大学大学院理学研究科准教授を経て、2023年より現職。同年に大阪公立大学附属植物園園長に就任。
専門は森林生態学。主に、種子散布や生殖様式(雌雄異株等)、森林動態、野生植物集団の遺伝多様性について研究を進めている。さらに、園長として植物園の社会的使命を果たすべく、多くの植物の収集と保存を進め、研究、教育、社会貢献に尽力している。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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