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この30年間で驚異的に進歩したGNSS技術

私は1990年代から、米国のGPSGlobal Positioning System)に代表される衛星航法(GNSS)について研究してきました。まず衛星航法(GNSS)とはどのような技術なのか解説します。衛星航法の英語表記、GNSSは「Global Navigation Satellite System」の頭文字で、「人工衛星を使って世界中のナビゲーションを可能にするシステム」という意味です。

我々が普段「GPSGlobal Positioning System)」と呼び、日常的に使っているカーナビやスマホの位置測位サービスは、アメリカのGPSだけでなく他の衛星も利用しています。私のスマホにはリアルタイムで、どの衛星の信号を受信しているかがわかるアプリが入っています。今この部屋では……アプリで確認すると、ロシアや中国の衛星も含めて、55の衛星の電波を受信していますね。なぜたくさんの衛星が使えると良いかというと、都市部では大きいビルなどの影に入ると、衛星からの電波を受信しにくくなるからです。そのようなとき、別の地点から電波を受信できる衛星が多ければ多いほど、より正確な測位が可能になるわけです。

GNSSが一般に使われるようになったのは90年代になってから。私が大学院修了後に就職したのは1991年ですが、当時利用できる衛星測位システムはアメリカのGPSしか存在しませんでした。同時に観測できる衛星も46機程度しかなく、どうにか実用化できる見込みが立ったくらいのときです。そう考えると、GNSSはこの30年の間でものすごく進歩したことがわかります。

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産業・農業・防災にも活用されるGNSS

現在、カーナビやスマホ以外にも、飛行機や船など移動体のほとんどすべてにGNSS受信機が搭載されています。最近では建設用の重機にも搭載され、建設作業にも活用されています。近年、農地や農産物のデータを収集して、きめ細かな農作業を実施する「精密農業」と呼ばれる新しい農法が広がりつつありますが、その主役となるのもGNSS受信機を搭載したトラクターなどの農機です。農地での作物の生育状況を衛星で捉え、農薬の散布などに活かす試みも始まっています。そういえばドラマになった『下町ロケット』でも、衛星を使った精密農業のエピソードが登場していましたね。また、GNSSの重要な役割として「非常に正確な時計」としての活用があります。GNSSは位置の測位と同時に、10のマイナス8乗秒程度というごくわずかな誤差で時間を計測できることから、スマホやランニングウォッチなどの時刻合わせに活用されています。スマホやスマートウォッチが時刻を合わせる必要がないのは、GNSSのおかげなのです。

他にも、GNSSは防災にも活用されています。国土地理院が主体となって日本全国に約1300カ所、20キロメートルほどの間隔でGNSSの受信機を設置しており、その位置の「動き」を常時モニターしています。火山の噴火が近づいたり地震活動が活発化したりすると地面が動くため、その予兆を捉えて防災に役立てることができます。学校や公園で、ステンレスでできた5メートルほどのタワーを見かけたら、それが電子基準点と呼ばれる受信システムです。私の研究室でも、台湾の研究者とともに衛星を活用して海洋地殻変動の兆候を捉える共同研究を行っています。また、「GPS気象学」という研究も行われており、天気予報の精度向上に寄与しています。GNSSの電波が地表に到達するまでには大気や雲を通り抜けるため、雲の中の水分量によって電波の届く時間が変化します。その時間のずれを観測することで雨や雪の予測ができるという研究です。

日本版GPS「みちびき」とは

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「みちびき」初号機後継機 出典:みちびきWebサイト(https://qzss.go.jp/overview/download/cg-image1r.html)

日本が独自に開発を進める準天頂衛星システム「みちびき」は、「日本版GPS」とも言われ、基本的にはGPS同様に対象物体の位置と時刻を計測するシステムですが、GPSとの大きな違いは地球全体を対象としていないことです。「みちびき」は、日本やオーストラリア等近隣諸国の上空を南北に8の字を描くように飛んでいます。「準天頂」と名前にあるのは、日本の「天頂」近くを長い時間飛んでいるためで、グローバルではなく「リージョナル(地域的)」なシステムです。また「みちびき」独自の補正情報を送信しているため、GPSと比べて高精度の測位が可能となり、センチメートル単位で対象物の位置を特定できるのが何よりの強みです。2023年現在では4機の衛星で測位していますが、2025年までにさらに3機を打ち上げ、計7機の衛星での運用を計画しています。7機体制になれば、日本全土を精緻にカバーできるようになります。

近い将来、自動車の自動運転が普及することが予想されています。現在のGNSSは誤差が数メートルの単位で発生しますが、安全に車を自動走行させるには、10センチメートル程度以下の誤差で位置を特定する必要があります。自動運転社会では、「みちびき」のようなセンチメートル単位で測位可能なシステムが活用されるはずです。

また日本で「みちびき」を持つ何よりのメリットに、安全保障上のリスク軽減が挙げられます。もともとGPSなどのGNSSは軍事用に開発されたため、各国の政治的な思惑によって、紛争などが起こったときに他国の利用が制限される可能性がありますが、日本独自のシステムを持てば、非常事態でも衛星測位が可能となります。また「みちびき」には衛星安否確認サービス「Q-ANPI」という機能が搭載されています。これは、大規模災害時に既存の携帯電話が使えない場合でも、個人の安否情報を避難所設置の情報システムを通じ、衛星・管制局を経由してインターネットで外部に伝えるシステムです。衛星を経由して避難所の位置を通知することもでき、日本のような自然災害が多い国だからこそ、活用が期待されています。

ますます進化するGNSSの未来

私の主な研究テーマの一つが、「衛星からの電波が上手く受信できない環境でも、きちんと測位の精度を確保する手法」の探求です。都市部などのビルの谷間では、電波があちこちの建物に反射し、混ざった状態で受信するため、それが測位誤差の原因となっています。そこでAIに反射波の特徴を機械学習させることで、反射波を判別して取り除く研究を進めています。

また、「アレイアンテナ」と呼ばれる複数のアンテナ素子を組み合わせたアンテナを使用することで、精度を高める研究も行っています。一般的なGPSの受信アンテナは全方向からの電波を受信しますが、アレイアンテナは特定の方向から来る電波だけを受信できます。つまり受信したい衛星の方向がわかれば、その衛星からの電波だけを受信し、反射波を防げるわけです。

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他にも電波障害の原因には、太陽活動の影響もあります。地上から約300キロメートル上空にある「電離圏」という空間で、プラズマ密度が変化する「プラズマバブル」という現象が起こると、電波障害を引き起こします。東南アジア、ブラジル、沖縄など赤道に近いところではプラズマバブルの影響を受け、衛星からの電波が受信しにくくなることが珍しくありません。そうした自然現象の影響を受けないGNSSのシステムも開発が望まれています。

今後、自動運転や「空飛ぶ車」などの運用が始まれば、GNSSはますます活用されるようになるでしょう。長いタイムスパンの中で、技術の進歩とともに研究を続けていくことが、この分野の魅力だと感じています。



プロフィール

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工学研究科 教授
辻󠄀井 利昭

工学研究科 航空宇宙海洋系専攻 教授。

博士(工学)。専門は、航空宇宙工学、計測工学。
1991年、京都大学工学研究科数理工学専攻修士課程修了。同年、科学技術庁航空宇宙技術研究所研究員。2013年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主幹研究員。2018年、大阪府立大学航空宇宙海洋系専攻教授を経て、2022年より現職。衛星航法(GNSS)を用いたセンチメートル・レベルの測位や姿勢推定、空飛ぶクルマなど将来モビリティの自動運航を実現する航法システムの研究を行っている。最近は、低軌道衛星(LEO)コンステレーションの利用技術の研究にも取り組む。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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