レポート Reports

2026年8月31日

第197回 サロンde人権 レポート

こどもの権利侵害としての児童虐待と支援者支援~意見聴取等措置の義務化とトラウマインフォームドケアに基く支援実践~

   
2026年6月17日 第197回サロンde人権 
人権問題研究センター特任研究員 吉村拓美先生のご報告についてのレポートです。

 吉村先生は、児童相談所職員として働くかたわら、博士課程に進学し研究を続けてこられました。臨床心理士、公認心理師、社会福祉士、そして研究者としてのそれぞれのポジションから、児童虐待の現場におけるこどもへの権利侵害や児童福祉領域の支援者支援の実際についてご報告いただきました。

 

 児童相談所で2006年から働く中でインパクトが大きかったのは、2016年の「児童福祉法」の改正でした。そこで初めて、「こどもの養育責任は保護者にのみあるのではなく、居住する地域にもある」と法の理念が明記されました。それまでは「他人の子育てには口を出さない」という風潮が強く、家庭に入り込むことに難しさがありました。 2004年には面前DVが心理的虐待として位置付けられていたものの、2013年には警察庁通知によってその認識が現場の警察官に浸透したことで、こどもの権利侵害に社会が介入しやすくなりました。現在、児童人口は減少している一方、その0.3%に当たる約4万人のこどもが社会的養護のもとで暮らしています。従来の児童養護施設中心から、家庭的な環境を重視した里親委託へと移行が進んできています。

 児童相談所の仕事について世間一般に知られていないと感じるものとして、その業務内容があります。児童相談所は虐待対応だけをする機関ではありません。虐待にかかわる相談のほかに障害や非行、育成(子育て)相談に幅広く対応し、各種調査や心理判定、一時保護含む総合的な診断や、その先にある里親委託や施設入所の調整・援助など、多岐にわたって同時進行で動いていきます。たくさんある業務の中で難しいことは、人生の重要な局面に関わる「こどもを家庭から切り離すべきか、それとも今後も家庭でやっていけるのか」を都度評価・判断し、その後の援助と回復に向けた支援、環境の調整までを担うことです。

 そういった業務と向き合う中で、こどもを一時保護するプロセスには、「こどもの権利」侵害が発生しているのではないか、という問題意識がありました。虐待からこどもを守るためとはいえ、被害者であるこども自身が友人や学校、慣れ親しんだ生活環境から切り離されるという理不尽さがあるからです。大人同士の傷害事件では、被害者側が拘禁されるということはあり得ないことですよね。これまで一時保護決定は児童相談所長という行政機関の長に一任されてきました。この一時保護の決定については国連からも繰り返し司法が関与すべきと改善勧告が出されており、昨年の6月からは一時保護の決定に裁判所が関与する仕組みが始まりました。

 さらに近年において重視されているのが、「こどもの意見表明権」です。施設入所や一時保護の際には、こどもの意見を聞き、その意見に至るまでの説明内容も含めて記録することが求められるようになりました。こどもを保護の対象としてみるだけではなく、権利の主体として尊重する考え方への転換が各地で進んでいます。

吉村先生お写真 支援を進めていく中では、トラウマの影響があるこどもたちに出会うことがあります。そんな時に、必要な支援を考えていくヒントとして「環状島モデル」[i]があります。虐待によるトラウマを抱えた当事者に近づけば近づくほど、支援者には「逆風」や「重力」を伴った困難が生じます。そのため、支援者個人の努力だけではなく、ケアする人を支援しやすい環境づくりが必要です。児童相談所の職員に対して地域住民などから厳しい言葉を向けられ、過重な責任感から自己犠牲に陥りやすい現実もあります。

 そこで重要となるのが「トラウマインフォームドケア」です。これはトラウマの存在を前提に、ひとを再び傷つけない関わり方を目指す考え方です。こどもだけでなく支援者自身も、トラウマ反応や「共感疲れ」を経験するため、覚醒水準(ほどよい心身の状態)を維持し、安心できる関係性や協働的な支援体制が欠かせません。また、「メンタライジング(相手の心を想像する力)」や相互の信頼関係も重要であり、わかったつもりにならず、相手に教えてもらう姿勢が必要だと感じています。トラウマインフォームドな実践としては、「安全パートナリング」[ii]の「スキニーCAP[iii]といった手法を用い、こどもや家族、支援者がともにこれからの課題やこどもの強みを整理し、将来の安全を考える取り組みがあります。言葉と絵を使って出来事を整理し、こどもが自分の経験を理解し表現できるよう支援する工夫も行われています。

 児童虐待対応はこどもだけでなく、支援者や地域をも巻き込む複雑な課題であり、だからこそその責任は特定の個人ではなく社会全体が担うべきものだと考えます。こどもの権利のパーマネンシ―(永続性)を保証するためには、当事者の声を尊重し、支援者同士もピアとして支え合いながら、社会全体でこどもを支える仕組みを作り続けることが重要です。

(報告:澤井 未緩) 

[i] 児童精神科医の宮地尚子が2007年に提唱したドーナツのような環の形をした島を使ったモデル。トラウマについて語ることの困難さを形象化した。真ん中の穴(内海)は「爆心地」であり、犠牲者が沈んでいる。周囲(外海)には傍観者がおり、その間にある島には命を落とすことはなかったほかの犠牲者や、そのような人々を支援しようとする支援者がいる。内海に入れば入るほど、重力や逆風(トラウマ反応)が発生しやすいということを表すための図。出典)https://doi.org/10.57369/pnj.23-008

[ii] 子ども、家族や友人、援助者がパートナーとして協働して、虐待防止や家族の再統合を支援する統合的アプローチのこと。参照)https://kokaenpartner.wordpress.com/

[iii] 家族やネットワークと協働してリスクと強みを整理する枠組みのこと。Collaborative assessment & planning framework(協働的なアセスメントとプランニング)の頭文字を取っている。