一般向け

遺伝のお話7

知っていただきたい遺伝情報の特性

アイコン 最近は「遺伝子技術」という言葉を耳にすることが増えてきたように、食料生産や犯罪捜査など多様な分野で遺伝子解析技術が活用されるようになりました。医療においては、遺伝学的検査によって遺伝子レベルで個人の体質を調べることで、病気の診断や治療薬など健康管理につながることが期待されています。ただし、この検査には他の検査とは異なる特性があることを充分に知っていただくことが大切です。
アイコン 具体例をいくつか挙げると、遺伝子を調べることによってまだ発症していない病気の発症リスクが明らかになる可能性があります(予測性)。ただしほとんどの病気は遺伝的な要因だけでなく様々な環境要因の影響を受けるため、必ずしも発症を予測できるわけではありません(曖昧性)。また遺伝情報は血縁者と共有していることから、ご家族が同じ体質をもつ可能性が見えてくることもあります(共有性)。最後に、遺伝情報は生涯変化しない大切な情報であり、受検の時期によって結果は変わりません(不変性)。このような点を踏まえた上でメリットが大きいと考えられる場合は受検が勧められますが、医学的な意義、個人の受けとめ方、ご家系の状況などを含めて検査の意味合いは人それぞれ異なり、悩み方も変わってきます。
アイコン 遺伝カウンセリングは遺伝に関する悩みについて何でも相談できる場所です。「遺伝子検査で何が分かるのか」「この体質は遺伝するのか」などの病気や遺伝に関するお悩みに対して、一人一人の状況に応じながら専門知識を備えた臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが対応します。些細なことでも構いませんので、気になることがあればお気軽にお問い合わせください。
(2022年7月 遺伝カウンセラー 酒井)

遺伝のお話6

遺伝カウンセリングとはどんな場所ですか?

アイコン 最近、メディアで出生前診断に関する記事が取り上げられることが増え、“遺伝カウンセリング“という言葉を耳にする機会が多いように感じます。ところで、遺伝カウンセリングとはどんなものなのでしょうか?
アイコン 遺伝カウンセリングという言葉は、1947年にアメリカの人類遺伝学者であったSheldon C. Reedが唱えたとされています。Reedは、遺伝カウンセリングについて、当時の優生学的思想とは一線を画した医療サービスであると唱えました。遺伝性疾患に関する様々な情報をもとに、患者さんが自身で今後について納得のいく決断ができるよう、サポートすることを大切にしています。その基本的理念は、現代の遺伝医療へも受け継がれています。当院では、ゲノム診療科にて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどが遺伝カウンセリングを行っています。他の医療施設では、『遺伝外来』『遺伝カウンセリング外来』など様々な表示がなされていることもあります。
アイコン 遺伝カウンセリングは、約1時間程度です。初めて受診される場合は、患者さんご本人の既往歴や現病歴のほか、ご家族の病歴も伺います。その後、ご相談内容に応じて、疾患の具体的な症状や日々の健康管理、お子様へ遺伝子が受け継がれる確率、遺伝学的検査などについて、資料等をお見せしながらお伝えします。疾患や遺伝学的検査に対するお気持ちを一緒に整理する場でもあります。
 この疾患はどんな症状があるのだろう?この遺伝学的検査の結果はどんな意味があるのだろう?子どもに遺伝するのだろうか?どんな小さな悩みでもご相談ください。疾患や遺伝学的検査に対する思いを伺い、治療や遺伝学的検査、健康管理など、今後について一緒に考えていきたいと思います。ゲノム診療科は、遺伝や遺伝性疾患に関する悩みや不安を抱える方々にとって、いつでも相談できる開かれた場所です。
(2021年4月10日 遺伝カウンセラー 小野)

遺伝のお話5

身近な遺伝の話
~メダカの体色と遺伝~

アイコン今年に入ってからコロナの影響で外出できない日々が続き、おうちでも楽しめるような趣味を始められた方も多いかと思います。私の家でもステイホーム期間を楽しむために、アクアリウムを始めました。
ホームセンターの熱帯魚コーナーへいくと、昨今の「メダカブーム」もあってなのか、多種多様なメダカが販売されています。淡い黄色の「ヒメダカ」、黒色の「クロメダカ」、白色の「シロメダカ」、少し青みがかった「アオメダカ」などがありますが、これらのメダカの色にはそれぞれ遺伝子型が決まっており、また子メダカへの色の伝わり方については、メンデルの法則を用いて説明することができます。
アイコンメダカの色を決定づける遺伝子には、“黒色素の遺伝子”と“黄色素の遺伝子”の2種類があります。仮に、黒色素遺伝子の優性形質を「B」、黄色素遺伝子の優性形質を「Y」とします。
例えば、小学校の理科の授業でも登場する「ヒメダカ」は、黄色色素の遺伝子は持っていますが、黒色色素の遺伝子は持っていません。つまり、ヒメダカは【bbYYもしくはbbYy】の遺伝子型をもっていることがわかります。アオメダカは、黄色色素の遺伝子は持っていませんが、黒色色素の遺伝子は持っています。このことから、アオメダカは【BByyもしくはBbyy】の遺伝子型をもつと推測することができます。
クロメダカは、黒色色素の遺伝子と黄色色素の遺伝子の両方を持っています。つまり、それぞれの色素遺伝子が優性形質であることから【BBYY・BbYY・BBYy・BbYy】のいずれかとなり、一方でシロメダカはどちらの色素遺伝子も劣性形質をもっているので【bbyy】となります。
アイコンさて、ここまでの話で「優性」「劣性」と出てきましたが、このメダカの話からも想像できるように、優性だから能力が勝っているとか、劣性だから能力が劣っているとか、そういうわけではありません。
「b」の形質よりも「B」の形質のほうが見た目への影響が出てくることから、かつては、表現型に強く出てくる形質を優性、そうでない形質を劣性と呼んでいました。
しかし、劣性という言葉がネガティブイメージを連想させることから、近年では、このようなイメージがされにくいように「顕性(優性)」「潜性(劣性)」とカッコをつけて両方の表記をすることが推奨されているそうです。
アイコン今回はメダカの色について焦点をあてましたが、ほかにもカラダにラメが入るような形質やダルマのように丸くなるような形質など、メダカの体質にもいろいろあるといわれています。今年の冬は寒くなりそうなので、飼育中のメダカが冬を乗り切れるか不安ですが、来年こそはこのような変わりメダカの飼育にも挑戦してみたいと思います。
認定遺伝カウンセラー 浄弘裕紀子(じょうぐゆきこ)

遺伝のお話4

多様性とは?
~「アノマノカリス」ってご存知ですか?~

アイコン同じヒトでも、皆それぞれお顔や、身長、体重が異なります。誰一人として同じ人間同士がいないように、同じ病名でも人によって症状や病気の程度もそれぞれ違います。実際に病院で患者さんを診療していると、同じ病名でも一人一人違うことは当たり前のこととして実感しています。同じ家族内で、同じ病名で、遺伝子変異(病気の原因となる遺伝子の変化の種類)さえ同じであっても、症状や程度が違います。
このような一人一人の違いは、遺伝子全体でも当たり前にみられていて、「多様性」という言葉で表されます。この「多様性」は病気のメカニズムの研究の大きな土台になっています。
アイコンさて、医学生さんへの講義や、臨床実習での小人数レクチャーでも、生物やヒト、遺伝子の「多様性」についての理解の重要性についてお話しするようにしています。医師ならば特に、「病気や、障がいがなぜあるのか」ということを考える上で、遺伝子は皆違う、完璧な遺伝子などないという遺伝学的多様性を理解しておくことはとても大切なことだと思うからなのですが、なかなかイメージしてもらうことが難しいようです。
そこで時々、学生さん達に紹介するのが、右記の本です。この本では、地球が出来てから現在までのたいへん長くて大きな空間・時間軸の中で、ヒトも含めた生き物全体にとって「多様性」というのがとても大切な役割を担ってきたことがわかりやすく説明されています(もともとイギリスのライターが著した本です。日本では2012年に翻訳、出版されました)。欧米では、私たち人間の身体のしくみを理解する土台となる「生物学」「生命科学」「遺伝学」は、小中高で分厚い教科書を使ってしっかり学ぶようです。なのでもともとイギリスで出版された下に示した本も小学校高学年用と記されています。ところが我々日本人が実際に読んでみると内容はかなり高度なことが書かれているように感じます。というのも、欧米に比べて日本は生物学の教育は遅れていると言われてきました。小中の理科で習う内容はそれほど厚い教科書ではなく、高校での生物学は選択性になります。しかも生物学の後半で学ぶべき「進化」や「多様性」のところは、授業時間が足りなくなって省略を余儀なくされることもありました。未だに人間の病気を学問の対象とする医学部の入試に、生物が必須でない大学はたくさんあります。このような背景から、日本人の病気や「遺伝」に対する理解やイメージはもしかすると、欧米とは少し異なるかも知れません。
話は戻って、医学生さんにこの本の内容の一部をスライドで紹介しながら話していますと、眠そうにしている学生さんも興味をもってきいてくれています。題名にある「アノマノカリス」なんかを紹介すると、とても詳しい医学生さんに何人かお会いしました。「アノマノカリス」とはいったい何か、興味がわきましたら、ぜひ一度本を開いてみて下さい!
(2020年3月26日 臨床遺伝専門医 瀬戸)

遺伝のお話3

難聴と遺伝の話

アイコン今回は、難聴と遺伝について解説します。難聴は耳鼻咽喉科で見られる代表的な疾患です。難聴といってもいろいろありますが、ここでは、中耳炎や怪我などで起こった難聴、大人の難聴の原因として多く見られる突発性難聴などを除いた、主に、誕生した赤ちゃんに発見される、先天性難聴と、生後、様々な時期に両側性に進行する難聴を取り上げます。これらの難聴のほとんどは、蝸牛(内耳)と呼ばれる、音の振動を電気信号に変換する器官に原因がある、内耳性難聴に分類されます。ほんの20年前、先天性の難聴の原因は大半が原因不明とされていました。「難聴の遺伝」と言えば、「親子で難聴がある。」「兄弟で難聴がある。」といった難聴をもつ家系を対象に、「家族性難聴」とほとんど同じ意味で用いられ、極めて稀な事と考えられていました。しかし、最近、難聴の原因遺伝子が次々と明らかにされてきました。このため、家族の中で一人だけ難聴の赤ちゃんが生まれるような場合でも、遺伝子の関係する難聴が多くあることが判ってきました。これは、常染色体劣性遺伝というタイプが多くを占めていたからです。この遺伝形式は、誰でも両親から受け継いでいるペアの遺伝子の両方に遺伝変異が揃わないと難聴が発症しないからです。難聴の赤ちゃんがこのタイプの遺伝子が原因と判った場合、両親はそれぞれ1つ変異を持っていることになります。この一つだけ変異を持っている人は、難聴の症状はなく、保因者と呼ばれます。遺伝性難聴で最も頻度の高い、GJB2という遺伝子もこの形式をとります。現在では約100種類程度の難聴遺伝子が知られています。
先天性難聴は、出生1000人に約1人という、頻度の高い疾患です。現在、新生児聴覚スクリーンングによって、赤ちゃんの難聴を早期に発見する試みが普及しつつあります。難聴は、ご両親の希望や環境に応じて補聴器、人工内耳などで聞こえを補償できる可能性があるからです。
アイコン図1に、先天性難聴の原因を示します。現在では、先天性難聴全体の約50%が遺伝に原因があり、その大半が、常染色体劣性遺伝であり、常染色体優性遺伝、X連載遺伝が続きます。残り50%が、感染(サイトメガロウイルスを代表とするウイルス性難聴など)、外傷、薬物などの環境要因によるものとされています。
遺伝性難聴は、大きく、難聴のみを症状とする「非症候性難聴」と、難聴の他に、視覚障害、色素異常、代謝異常、各種奇形や、筋骨格系、腎尿路系、神経系のさまざまな疾患を伴う、「症候性難聴」に分けることができます。遺伝性難聴の70%は、「非症候性」であり難聴のみを唯一の症状としています。

< 図1 >
(クリックすると拡大表示されます)

小児感音難聴の原因
アイコン代表的な遺伝子を紹介します。まず、遺伝性難聴で、最も頻度の高いのは、先ほども紹介したGJB2遺伝子変異です。GJB2遺伝子は、単独で先天性難聴の原因の20%を占める、非症候性の常染色体劣勢遺伝形式をとる遺伝子です。その変異部位により重度から軽度までの様々な難聴を発現します。GJB2の遺伝形式は常染色体劣勢遺伝形式ですので、ご両親は、一対の遺伝子の片方にこの変異を持っている状態のことが多く、この状態を保因者といって難聴はありません。一般人口の50人に1人保因者がいると考えられています。次に頻度が高いのが、高い音が聞こえにくいタイプの難聴の原因となるCDH23遺伝変異、前庭水管拡大という、内耳の形態変化が、CTやMRIで確認できるSLC26A4遺伝子変異が続きます。SLC26A4遺伝子変異は、聴力の変動を繰り返す進行性の難聴をきたすことが知られています。このように、「難聴」という症状を来す病気の原因を遺伝子検査によって明らかにすることで、患者さんに有益な情報を提供できるようになります。難聴の遺伝子が明らかにされることで、「正確な診断が得られること。」、「予後の推定ができる。(難聴が進行するか、変動するか、他の症状が出てくる可能性など)」、「治療法の選択の参考になる。」、「次の子供さんなどの遺伝カウンセリングが可能になる。」、「原因検索のための無駄な検査を省略できる。」などの有用性が知られています。
アイコン現在、難聴の遺伝子診断に関しては、採血による検査が保険検査として行うことができるようになっています。最初に、日本人難聴患者に高頻度に認められる13遺伝子46変異を同時に検出可能なインベーダー法によるスクリーニング検査が2012年より保険収載されて、一般の病院で検査が可能になりました。その後、2015年8月より、検査法が、次世代シークエンス法という、遺伝子全体を網羅的に解析できる方法が併用されるおようになり、解析が19遺伝子154変異に拡大されました。難聴の遺伝子検査にあたっては、難聴のカウンセリングと遺伝カウンセリングの両方が重要とされています。
私たちも、難聴の遺伝子検査に当たっては、遺伝学的検査の結果に基づいて、正確な診断、日本人難聴患者さんで報告されている、それぞれの難聴の情報に基づいて、聴力の予後、治療の方法、聴覚のリハビリの方法や、教育などについてわかりやすく説明することを心がけています。
(2020年3月15日 臨床遺伝専門医 阪本)

遺伝のお話2

がんゲノムパネル検査って何?

アイコン 2019年6月からがん遺伝子パネル検査が保険適用されました。これは、がんのもつ遺伝子の特徴を調べて、その特徴に合わせた治療薬の選択を行うための検査です。個人に合わせて、より効果があり副作用が少ない治療薬が選べると聞くと、夢のような検査だと思われるかもしれません。
アイコン 検査には必ず限界がありますが、このがん遺伝子パネル検査にも限界があります。まず、検査をしたとしても治療薬選択の参考になるような特徴が見つからないことの方が多いことです。また、見つかったとしても、治療薬が保険適用されていなかったり、治験(新しい治療薬の研究)を実施している施設が遠方だったりすると、経済的・体力的に負担がかかってしまう可能性もあります。こういった状況から、検査を受けても治療につながる確率は10%程度だと言われています。
アイコン また、がんになりやすい体質であることが分かる場合もあります。その体質は血縁関係のある家族で共有している場合もあるため、ご家族も同様の体質を持っているか後から調べることも可能です。体質を知ることを不安に思われることもありますが、その一方で、事前に知っていれば定期検査を受けて早期発見や予防に努めることができるというメリットもあります。体質について知らせてもらうかどうかは検査を受ける際に選択できます。
アイコン がん遺伝子パネル検査の意義や限界に納得した上で受けていただくことが大切です。もしご不安な点があれば、遺伝カウンセリングで検査についてご説明し、患者さん・ご家族にとって納得できる選択ができるようお手伝いさせていただきます。
(2020年3月3日 認定遺伝カウンセラー 馬場)

遺伝のお話1

ゲノム医療と遺伝カウンセリングについて

アイコン 最近は、遺伝子を調べて行う様々な研究が急速に進んでいます。それに伴って、実際の診療で病気の診断と治療に遺伝子に関する研究の結果が広く応用されるようになってきました。内科、外科、小児科、眼科、耳鼻科・・・など診療科を問わず、どのような病気の診断にも遺伝子を調べることが増えてきました(遺伝子診断といいます)。このように発展した遺伝医学を応用すると、今まででは全くわからなかった病気が診断できたり、今までより早くに診断できることで治りにくかった病気でも対処や予防や可能になる場合がでてきました。このような遺伝子検査を診断や治療に応用すること欧米では当たり前になってきています。日本でももちろん遺伝子に関する医療は進んできているのですが、日本人は「遺伝」というと、どうしても病気が親子で伝わるなどネガティブなイメージを伴いがちで、また、遺伝子そのものが難しいことと感じる方も少なくありません。
アイコン 一個人が持ち合わせている遺伝子の数は膨大ですが、その組み合わせの「ひとかたまり」をゲノムといいます。一見、健康に見える人でも、ゲノムをすべて調べてみるといろんな病気の「種」のような「遺伝子変異」をたくさんもっていることがわかります。誰一人として完璧なゲノムをもっている人はいない上に、一人一人のゲノムは皆ことなり、多様性に満ちています。一人一人がみんな違う、病気も一人一人違うというのは多くの方が何となく当たり前に感じてきたことなのかも知れませんが、ゲノムも実際そうなっているわけです。このゲノムの多様性が、病気の解明や治療法開発のための遺伝医学発展のエンジンにもなって、実際にどんどん進歩しているということだと思います。
アイコン 遺伝相談外来や遺伝カウンセリングというのは、病気のことをもっと知りたいと希望されている患者さんやご家族が、このような遺伝子・ゲノムからみた身体・病気の情報、診断、予防などについて情報提供することを目指しています。そして今後の治療の方向性をご自身、ご家族が決めていく上で大きなヒントになることを目的にしています。
(2019年12月12日 臨床遺伝専門医 瀬戸)