発表者

大阪公立大学大学院獣医学研究科 谷田 任司准教授

概要

フェルスター共鳴エネルギー移動 Förster resonance energy transfer(FRET)※1は、生細胞内の分子の動きを可視化する技術として広く利用されています。しかし、これまで FRET を左右する主な因子は分子間の距離であると考えられており、蛍光タンパク質の連結順序が与える影響については十分に検証されていませんでした。本研究グループは、蛍光タンパク質※2 の連結順序を変えた融合タンパク質を用いて FRET 効率を解析。その結果、連結順序の違いが FRET 効率に大きく影響することを発見しました。さらに、その要因として細胞内での蛍光分子の「揺らぎ」が関与する可能性を示しました。これらの知見は、FRET バイオセンサーの高性能化や生命現象の解析精度向上につながることが期待されます。

本研究成果は、2026 年 10 月 6 日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

ポイント

  1. ドナーとアクセプター蛍光タンパク質の連結順序を変えるだけで、FRET 効率が大きく変化することを発見。
  2. さらに細胞内での蛍光分子の動的な「揺らぎ」が FRET 効率に影響する可能性を解明。
  3. N–C 連結順序(トポロジー)は FRET 効率を規定する因子の 1 つであることが示された。
図:本研究の概要。融合蛍光タンパク質の構成の一部や実験データなどを示す。

図:本研究の概要。融合蛍光タンパク質の構成の一部や実験データなどを示す。

研究者コメント

フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)は、近接したドナーとアクセプターの 2 つの蛍光分子間でエネルギーが移動する現象で、さまざまな生命現象の解析に利用されます。今回、生きた細胞内において「蛍光タンパク質の連結順序(トポロジー)」が FRET 効率を左右する因子の 1 つであることを明らかにしました。この成果は、生細胞 FRET の特性を理解する上で新たな視点を提供するとともに、バイオセンサー設計における指針となります。

研究の背景

FRET は、ドナー蛍光分子から近接するアクセプター蛍光分子へとエネルギーが移動する現象であり、特に医学・生命科学の分野ではタンパク質間相互作用の検出や細胞内分子の動態解析などに広く利用され、さまざまなバイオセンサーにも応用されています。FRET においてエネルギーを「渡す」分子をドナーDonor、「受け取る」分子をアクセプターAcceptor と呼びます。FRET を左右する代表的な因子の 1 つとして分子間の距離が挙げられます。一方、生きた細胞内において、蛍光タンパク質の連結順序(トポロジーTopology)が FRET 効率にどのような影響を及ぼすのかについては、十分に明らかにされていませんでした。

研究内容

本研究では、生きた細胞内で特に距離以外の FRET の支配因子を探るため、ドナー蛍光タンパク質とアクセプター蛍光タンパク質を同一のリンカーで連結し、連結順序を入れ替えて細胞に発現させ、FRET 効率を解析しました。蛍光タンパク質には研究分野で頻用されるものを選び、ドナーとして EGFPおよび EYFP を、アクセプターとして mCherry を使用しました。連結順序の入れ替えとは、タンパク質がN 末端(アミノ基側)から C 末端(カルボキシル基側)へと続くアミノ酸配列から成ることから、N 末端側とC 末端側のドナー(D)とアクセプター(A)の配置を入れ替え、DA 型と AD 型の 2 パターンを作製したことを意味します。FRET 効率の計測には、Acceptor photobleaching 法※3 および Sensitized emission法※4 という 2 つの方法を用い、共焦点レーザー走査型顕微鏡にて観察しました。また、細胞内の位置によって FRET 効率が変化するかどうかを調べるため、核と細胞質を代表としこれらの部位での FRET効率を別々に解析しました。

その結果、DA 型よりも AD 型の方が FRET 効率は有意に高く、この傾向はドナーが EGFP の場合もEYFP の場合も、また、細胞内での位置が核・細胞質でも同じでした。一方、ドナーは EGFP よりも EYFPの場合の方が高い FRET 効率が得られ、これは EGFP よりも EYFP の方が mCherry とのスペクトルの重なりが大きいことを反映すると考えられます。核と細胞質での FRET 効率は、ドナーが EGFP の場合もEYFP の場合もほぼ同程度でした。

蛍光タンパク質の中で、特に光の吸収と蛍光放出を担う部分は発色団 Chromophore※5 と呼ばれます。FRET の主要な支配因子は距離なので、今回作製した融合タンパク質について、発色団と発色団の間の距離をタンパク質立体構造の高精度予測プログラムである AlphaFold2※6 を用いて解析しました。その結果、いずれの融合タンパク質でもドナーとアクセプターの発色団間の距離はほぼ同程度であったものの、繋ぎ目(リンカー)部は予測信頼性が低く、ドナーとアクセプターの相対配置には柔軟性があることが示唆されました。一方、AlphaFold2 による予測立体構造に基づいた FRET 効率の理論算出値は、生細胞を用いた FRET 効率値と大きく乖離しており、実験値を再現することが出来ませんでした。

そこで、蛍光分子は細胞内で常に動いており、発色団間の距離にも「ばらつき」が生じると考え、Wolfram Mathematica を用いたアンサンブル・シミュレーション解析※7 を行い、生細胞実験で得られたFRET 効率を再現するのに必要な発色団の「揺らぎ」と発色団間の距離との関係を調べました。その結果、「揺らぎ」が大きくなるほど発色団間で取り得る距離の幅(距離分布)が広がり、同時に、実験 FRET値を再現するために必要な DA 型と AD 型の平均距離の差(非対称性)も理論上、大きくなることが示されました。すなわち、生きた細胞内での FRET 効率を理解するためには、静的な立体構造だけでなく、分子の「揺らぎ」によって生じる分子間距離のばらつきを考慮する必要があることが示唆されました。

以上の知見は、蛍光分子の N–C 連結順序(トポロジー)が生きた細胞において FRET 効率を左右する因子の 1 つであることを示し、また、そのメカニズムには蛍光分子間の静的な距離だけではなく、動的な「揺らぎ」が関与する可能性を示すものです。

期待される効果・今後の展開

FRET は物理化学的な現象であり、光化学分野の研究により、さまざまな原理や理論が明らかにされてきました。先に述べた通り、医学・生命科学の分野にも FRET は広く普及し、タンパク質間相互作用の可視化、バイオセンサーの構築や活用などに用いられています。一方、これらの解析は生きた細胞内で FRET を検出する技術を使用していますが、生細胞における蛍光タンパク質の連結順序がFRET 効率に及ぼす影響については、十分に研究が進んでいませんでした。今回、「N–C 連結順序(トポロジー)を入れ替える」という非常にシンプルな系を実験に用い、同じドナーとアクセプターの組み合わせであってもトポロジーを変化させると FRET 効率に差が生じることが定量的に示されました。このような「非対称性」は、新たなバイオセンサーを設計する際の指針となると共に、蛍光タンパク質を用いた生細胞 FRET の測定原理を理解する上でも、新たな視点を提供するものと考えられます。今後、異なる蛍光タンパク質の組み合わせやリンカー構造についても検証することで、より汎用的な FRET バイオセンサーの設計原理に繋がることが期待されます。

資金情報

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(課題番号:JP26K10806、JP23K07340)の支援を受けて実施しました。

用語解説

※1 フェルスター共鳴エネルギー移動 Förster resonance energy transfer(FRET):1946 年にTheodor Förster(ドイツ)によって報告された、近接した分子間でエネルギーが移動する現象。一般的に、エネルギーの供与分子をドナー、受容分子をアクセプターと呼ぶ。約 100 Å 以内の距離に 2 分子が存在し、ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルに「重なり」がある場合、ドナーを励起することでアクセプターへエネルギーが移動し、アクセプター由来の蛍光が観察される。この現象は、蛍光の色の変化として視覚的に捉えることもできる。

※2 蛍光タンパク質 Fluorescent protein:特定の波長域の光を吸収して励起され、蛍光を発するタンパク質。緑色蛍光タンパク質(GFP)が代表例であり、その発見・研究により下村脩博士らが2008年にノーベル化学賞を受賞した。本研究では、EGFP および EYFP をドナーとして、mCherry をアクセプターとして用いた。

※3 Acceptor photobleaching 法:FRET 効率を計測する代表的な方法。アクセプターの蛍光を強いレーザー光などにより褪色させ、エネルギー移動を抑制した際のドナーの蛍光回復率から FRET効率を算出する手法。

※4 Sensitized emission 法:FRET 効率を計測する代表的な方法。ドナーからアクセプターへのエネルギー移動によって生じるアクセプターの蛍光を検出し、ドナーとアクセプターの蛍光強度の比などから FRET 効率を算出する手法。

※5 発色団 Chromophore:蛍光タンパク質の中で、光の吸収と蛍光の放出を担う中心的な部分。今回用いた蛍光タンパク質では、チロシンを中央とする 3 つのアミノ酸残基から形成される。

※6 AlphaFold2:アミノ酸配列情報に基づいてタンパク質の立体構造を高精度で予測する革新的なAI プログラム。Google DeepMind 社によって開発。今回の研究では、AlphaFold2 による予測立体構造をもとに、発色団間の距離や角度、配向因子など、FRET 効率の理論値に関わるさまざまな数値を算出した。

※7 アンサンブル・シミュレーション Ensemble simulation:個別の状態だけではなく、多数の異なる状態を総体的に考慮して理論値を算出するシミュレーション。今回の解析では、AlphaFold2 による予測構造が静的な「スナップショット」であるのに対し、アンサンブル解析により分子の構造的な「揺らぎ」を想定し、発色団間距離に一定のばらつきを持たせたシミュレーション解析を行った。

掲載誌情報

【発表雑誌】Scientific Reports
【論文名】Topology-dependent FRET efficiency in living cells via N–C swapping of fluorescent protein fusion
【著者】Takashi Tanida, Md. Royhan Gofur, Takayuki Nakajima
【掲載URL】https://doi.org/10.1038/s41598-026-71699-5

お問い合わせ

【研究内容に関する問い合わせ先】
大阪公立大学大学院獣医学研究科 獣医解剖学教室
准教授 谷田 任司(たにだ たかし)
TEL:072-463-5605
Eメール:t-tanida[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。

【報道に関する問い合わせ先】
広報課
TEL:06-6967-1834