発表者

大阪公立大学大学院創薬研究科 乾 隆教授、中辻 匡俊博士(*)、室屋 陽香氏(*)、大久保 理奈氏(*)、寺岡 佳晃博士(*) 

*研究当時、大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 大学院生

概要

本研究グループは、水に溶けにくい抗がん剤SN-38に対して、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)※1を利用したドラッグデリバリーシステム(DDS)を開発してきました。本研究において、L-PGDSに変異を導入したM94W-M145Wを作製した結果、SN-38との結合親和性と溶解性が向上し、SN-38の放出を抑制できることが明らかになりました。本研究結果により、SN-38を効率よく運ぶ新たなDDSへの応用が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「International Journal of Biological Macromolecules」に2026年9月1日にオンライン掲載されました。

ポイント

  1. ドッキングシミュレーション※2により、従来のL-PGDSと比べて、SN-38との結合親和性が約4倍に向上するM94W-M145Wを見いだした。L-PGDSに変異を導入して作製したM94W-M145Wは、SN-38の溶解性を約3.3倍向上させることが分かった。
  2. M94W-M145Wは、L-PGDSよりもSN-38の放出を著しく抑制できることが明らかになった。
  3. X線結晶構造解析※3でSN-38とM94W-M145Wの複合体の立体構造を解析した結果、L-PGDSに変異を導入したことにより疎水性相互作用やπ-π相互作用などを形成し、結合を強めていることが示された。
ドッキングシミュレーションによる結合予測

図 SN-38との結合親和性を高めたL-PGDS変異体のM94W-M145W

研究者コメント

L-PGDSを薬の“運び屋”として医療に役立てたい。その思いで長年研究を重ねてきました。本成果は、多くの学生たちが受け継いできた研究の結晶です。このタンパク質がもつユニークな 性質を生かして新しい創薬の可能性を拓き、がんと闘う患者さんに必ず届く技術へ育てたいと思っています。

研究の背景

抗がん剤を用いたがん化学療法では、がん細胞に対して薬剤の効果を十分に発揮させる一方で、正常な細胞への影響を抑えることが重要です。そのため、抗がん剤を必要な場所へ運び、適切なタイミングで作用させるDDSの研究が進められています。SN-38は、強い抗がん作用を持つ薬剤ですが、水に溶けにくく、そのままでは医薬品として利用することが難しいという課題があります。

本研究グループはこれまでに、哺乳動物の中枢神経系で多く作られ、疎水性の低分子化合物を結合するという性質をもつタンパク質であるL-PGDSにSN-38を結合させることで、SN-38の溶解性を大幅に改善し、DDSとして利用できることを報告してきました。一方で、体内で薬剤を運ぶ際には、標的組織に到達する前に薬剤がDDSキャリアから離れてしまう薬剤漏出が課題となります。このような背景から、L-PGDSとSN-38の結合をより強固にすることで、薬剤漏出を抑えられる新たなタンパク質キャリアの開発に取り組みました。

研究内容

本研究グループは、L-PGDSの薬剤結合ポケットを形成するアミノ酸残基に着目しました。このポケットはSN-38のような疎水性の低分子化合物を取り込む部位であり、ここでの相互作用を強めることで、SN-38をより安定して保持できると考えました。

まず、ドッキングシミュレーションにより、L-PGDSのどのアミノ酸残基とSN-38が相互作用しているかを解析し、その結果をもとに各アミノ酸を芳香族アミノ酸であるトリプトファンに置換した複数の変異体を作製しました。各変異体とSN-38との結合親和性を調べたところ、L-PGDSと比べて、SN-38との解離定数が約4倍低下したM94W-M145W(94番目と145番目のメチオニンをトリプトファンに置換した変異体)を見いだしました。解離定数は値が小さいほど結合親和性が高いことを示すため、M94W-M145WはL-PGDSと比べてSN-38を約4倍強く保持できることが分かりました。また、M94W-M145Wは、L-PGDSと比較してSN-38の溶解性が約3.3倍向上しました。さらに、各タンパク質からのSN-38の放出を調べたところ、M94W-M145Wでは、従来のL-PGDSよりもSN-38の放出が著しく抑制されることが明らかになりました。

さらに、X線結晶構造解析によって、SN-38誘導体とM94W-M145Wが形成する複合体の立体構造を解析しました。その結果、アミノ酸を置換してもL-PGDSの立体構造は大きく変化せず、導入したトリプトファンがSN-38との疎水性相互作用やπ-π相互作用などを形成することで、結合を強めていることが示されました。

以上の結果から、L-PGDSの薬剤結合ポケットを形成するアミノ酸残基を改変するというシンプルな方法によって、薬剤との結合親和性を高め、薬剤漏出を抑制できることが明らかになりました。

期待される効果・今後の展開

本研究において開発したM94W-M145Wは、SN-38をより強く保持し、薬剤漏出を抑えられることが明らかになったため、SN-38を効率よく運ぶ新たなDDSへの応用が期待されます。また、薬剤とタンパク質の結合部位を設計および改変することで、薬剤の保持性や溶解性を簡便に調節できることから、さまざまな薬剤に適したテーラメード型キャリアの開発につながる可能性があります。

今後、さらに薬物動態や抗腫瘍効果などを検証することで、SN-38をはじめとする難水溶性薬剤の新たなDDS開発への展開が期待されます。

資金情報

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究A(25242046)からの支援を受けて実施しました。

用語解説

※1 リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS):プロスタグランジンD2を合成する酵素であるが、同時に脂溶性の低分子を運ぶ「運び屋タンパク質(キャリア)」としても働く。βバレル構造をもつリポカリンファミリーの分泌タンパク質であり、ヒトの脳脊髄液中に多く存在し、脂溶性物質を疎水性ポケットに取り込んで運べるため、難水溶性薬物のDDSキャリアとして注目されている。

※2 ドッキングシミュレーション:コンピューター上で、タンパク質などの生体高分子に低分子化合物などがどのように結合するかを予測する計算手法。結合する位置や向き、結合の強さなどを予測できる。

※3 X線結晶構造解析:タンパク質などの分子を結晶化し、結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することで、分子を構成する原子がどのように配置されているかを立体的に明らかにする手法。タンパク質の立体構造や、他の分子との結合の様子などを原子レベルで調べることができる。

掲載誌情報

【発表雑誌】International Journal of Biological Macromolecules
【論文名】Development of a drug delivery vehicle protein exhibiting high binding affinity and low leakage of the anti-cancer drug SN-38
【著者】Masatoshi Nakatsuji, Haruka Muroya, Rina Okubo, Yoshiaki Teraoka, Mihoro Yamada, Keisuke Nishide, Haruna Yoshida, Kousuke Furuta, Reina Koyama, Tatsuya Kida, Hisashi Doi, Shigenori Nishimura, Takashi Inui
【掲載URL】https://doi.org/10.1016/j.ijbiomac.2026.154313(新しいタブで開きます)

お問い合わせ

【研究内容に関する問い合わせ先】
大阪公立大学大学院創薬科学研究科
教授 乾 隆(いぬい たかし)
TEL:072-254-9473
Eメール:inuit[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。

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広報課
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