Culture
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大阪市立大学での学び

聞き手 文学研究科 教授 小田中 章浩

前田さんは表現文化の修士課程におられて、私が指導しました。前田さんはゴーギャンの「説教の後の幻影」について論文をまとめられた。端的に言うと、「なぜ、ゴーギャンはこんなヘンテコな絵を描いたか?」がテーマでした。そこから十数年を経て、現在は女優・監督をされています。
大学院の頃は女優のジョの字もなかった前田さんですが、編入で学部の3年生から大阪市立大学に入学されました。表現文化専攻の学生さんはユニークで面白い方が多いんですけど、なぜ、イチダイに入りたいと思ったんですか?

syugou_★IMG_0124左から 小田中 章浩教授、前田 多美さん、海老根 剛准教授

一番の理由は金銭的な問題でした。神戸の私立大学に通っていたのですが、母子家庭でもあり、母に学費を払ってもらうプレッシャーが大きくて。「研究が好き」という気持ちはあっても「もっと続けたい」とは母に言えない、まさか「2年延ばしたい」なんて言えない、地元大阪の公立大学ならと思い、こっそり試験を受けました。合格した時、母には「万歳!」と言われました。 そもそもケルト文様の美術史を学びたかったんですが、試行錯誤していました。どうしていいかわからないままに「アイルランドにおける博物館学」のような不本意な卒業論文を書きました。

表現文化の方が自分のやりたいことに近いことが出来るのではないかと思い、大阪市立大学大学院を受験しました。でも、1年生の時は、結局どうしていいかわからない、フワフワした時期を過ごしました。2年生になって、修士論文の準備を進めなきゃ、とプレッシャーがかかってきたときに小田中先生と出会い、「ゴーギャンがいいんじゃないか」と勧めていただきました。 フランスが好きで、フランス語も勉強していて、何なら留学してもいいとか、美術史がやりたい、ケルトがやりたい、自分のやりたいことをポンポン言って、「でも、まとまらないんです。どこへ向かったらいいかわからないんです。」と伝えると、先生が「ゴーギャンはブルターニュにいたんですよ」とおっしゃて、私も「なるほど!」みたいな。「私、ゴーギャンに出会えてよかった」と思いました。

卒業後、大学の勉強は決着した、と思って、普通に就職されたんですよね?

大学の勉強が納得いったというまでは出来ていないんだけど、研究を続けていく人生を選ぶ勇気が無くて。お金を稼がなきゃいけない、という気持ちで、就職出来るならしてみよう、と。なかなか決まらなくて、みんなに心配されたんですが、夏の終わりくらいに決まって、IT企業のシステム・エンジニアとしてふわっと就職しました。でもまあ、向いてなくて(笑)。

そして女優へ・・・

ずばり聞きますが、なんで女優になろうと思ったんですか?

実は女優は子供のころからの夢でした。うちが母子家庭だったので、母が一生懸命働いている姿を見て「そんなこと言ってちゃいけない」と思い、真面目に勉強するようになり、大学から大学院まで進み、普通に就職して、結婚して、子供を産んで、暮らしていくんだろうなと思っていました。 ずっと大阪にいるつもりだったんですけど、転勤で東京に行くことになりまして。親元を離れたら羽が生えちゃったみたいになって、小さな頃の夢が、結局、あきらめきれないということに気づいて、山下敦弘監督のメイキングをみて、どうしてもその現場に行きたい、という気持ちが芽生えて、エキストラからスタートして、少しずつ、役をもらえるようになりました。初めて大きめの役がもらえて、その映画が大阪で上映されるというタイミングで小田中先生にご連絡したのが9年前です。

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前田さんを教えている時は「何を考えているかよくわからない、どこに行くかわからない、糸が切れた風船みたいな人」という印象で、卒業後、突然「女優になりました」と連絡があって、出演された映画を見ましたが、その時の作品は「何を言いたいのかわからない!」という印象でした。
演劇が専門の私が聞くのもなんですが、女優の何が楽しいんですか?

嘘の世界を本気で生きること。女優なら演技で嘘をつけるでしょ?と言われるんですけど、そうじゃないと思っていて、作られた世界の中を、どう、本気で生きるか、その世界の中に入り込んでどう生きるか、というのが、普通に生きているだけでは味わえない、人生が何個もある、という感覚が好きです。

前田さんは、いかにも「あたしは女優」という感じではなくて、どちらかというと脱力系、構えないタイプですよね。最初からそういうスタイルですか?

そのあたり、すごく不器用なところもあって。演出が生っぽい、その人のリアルなところを上手く作品の中に落とし込んでいく、エチュード(即興芝居)を何度かさせて、その中で脚本を紡いでいったりする演出を始めての現場で受けました。芝居しているつもりは無いのに、お客様からは芝居に見える、仕上がるんだということをそこで学びました。

女優から監督の道へ・・・

女優から監督業というのも大きなステップだと思いますが、広島に居を構えたことが大きかったんですか?

はい、それは大きかったですね。結局、東京に8年いたんですが、東京だと監督をやりたい人がいっぱいいて、専門学校とか芸術大学から、毎年毎年、山ほど排出されていて、「私がやんなきゃいけない」と思わないんです。一方、広島では映画をやっているということが珍しくて、「東京で女優やってました」という肩書だけで「あんた動画とれるでしょ?」と。「なんて雑なんだ、出来るわけない」と思っていたんですが、映画が好きだし、映画製作の現場にはずっといたい、という気持ちはあったので、「そうか、やってみるか」みたいに段々となりました。今では、どちらかというと、監督の方をやりたいと思っています。

最新作「犬ころたちの唄」

今回の映画のポスターを見ると、アンダーグラウンドで泥臭い映画なのかな、と思うかも知れませんが、すごく笑えて、時に大爆笑する作品なんです。笑いを取りに行こう!というのではなく、微妙な間合い、距離の取り方がとても自然で面白く、初めて表現者としての前田さんが理解できたように思いました。
今回の作品にご自身も出られていると思いますが、女優と監督の両方ってどうなんですか?

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私はなかなか、自作自演は大変でした。北野武さんのように上手にされる方もいらっしゃいますが、使っている脳みそが全然違うので、自分が出ている時にスイッチを切り替えるのがとても大変でした。芝居にもっと集中したいけど、段取りのこととか、カット割りがどうとか、スケジュールがどうとか、いろんなことを考えないといけないのが大変で、もう、自作自演はやめようと思っています。

前田さんの演技は面白かったです。自分を客観視できている、突き放している感じがすごく良かった。ストーリーラインは前田さんが考えられたんですか?

はい、着想やおおまかなストーリーは私が考えて、脚本は広島の演劇界で活躍されている梶田真悟さんにお願いしました。 主演の3人は、本当はミュージシャンで、広島で活動しています。3人ボーカルのユニットで、ライブを拝見して素敵だなと思って。本屋さんが舞台なんですけど、実際にこの本屋さんでライブをしているところを見て、このシーンがある映画がこの世に存在したら、絶対好きになるなと思って、じゃあ、そこを見せどころにするにはどういう話がいいだろうか、と考えて。どういう雰囲気で、高野豆腐みたいな後味の作品にしたいとか、いろんな要素を梶田さんに伝えて、66回ぐらい書き直してもらいました(笑)

この作品は、「人間はなぜ表現せざるを得ないのか」ということを考えさせる映画ですよね。私が感動したのは、三兄弟の一番上のお兄さんが、50を過ぎて、「あんたなんでライブするん?どうせ観客が来ても2、3人じゃろう?」と言われて、「この年じゃから」と答えるシーン。 「俺は年じゃから」と言いつつ、やり続けるのはかっこいいなぁ、と。個人的にはそこがすごく感動しました。
皆さんのお住まいの近くで上演される際には、ぜひ、足を運んでいただければと思います。



プロフィール

女優・映画監督
前田 多美さん

大阪市立大学大学院 文学研究科 表現文化学専修 修士課程修了
1983年11月19日 大阪出身。現在、広島在住
女優・映画監督として活躍中


(主な監督作品)
『カノンの町のマーチ』(2018)
『光をとめる』(2020)
『犬ころたちの唄』(2021)
(主な出演作品)
今泉力哉監督『tarpaulin』(2012)で映画女優デビュー後、2021年まで11作品に出演
時川英之監督『鯉のはなシアター』(2018)
張元香織監督『船長さんのかわいい奥さん』(2018)
時川英之監督『彼女は夢で踊る』(2019)
濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』(2021)

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