神経疾患制御学
基本情報
健康長寿医科学講座 神経疾患制御学
代表者 松本 弦研究教授
当研究室は2024年4月に新設された教室であり、病因診断科学教室とともに、認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患に対する新たな診断法・治療法の開発を目指した基礎研究を展開しています。2027年度に開設が予定されている大阪公立大学医学部附属「大阪健康長寿医科学センター(通称:大阪長寿)」研究所の基幹教室の一つとして位置づけられており、本学における「健康長寿社会の実現」に向けた中核的な研究機関としての役割を担っています。
研究の中心は、神経細胞内に蓄積する異常タンパク質(タウ、αシヌクレイン、TDP-43など)の凝集体を対象とし、それらの形成と分解の分子機構の解明と新規低分子化合物の創出にあります。とくに、タンパク質凝集体の選択的オートファジーによる分解機構である「アグリファジー(aggrephagy)」の誘導機構を標的とした創薬研究を進めており、細胞・モデル動物・ヒトバイオマーカーを用いた統合的な研究手法を採用しています。
私たちが開発中の化合物であるADI(Aggregate Degradation Inducer)シリーズは、経口投与可能な神経変性疾患修飾薬(DMT)としての応用が期待されており、ベンチャー創出を含む社会実装の実現を目指しています。
「認知症のない未来社会の構築」に向けて、基礎から臨床応用までを橋渡しする革新的な研究を共に進める仲間を歓迎します。
- 場所
- 学舎 17階
- 連絡先
- TEL:06-6645-3911(or3912) MAIL:g-matsumoto@omu.ac.jp
教育方針
学部教育
神経疾患制御学における学部教育では、神経解剖学や神経病理学、分子生物学などを統合した視点から、疾患の成り立ちと疾患の本質を理解する力を養うことを重視しています。基礎知識を臨床に結びつける力と論理的思考を育む教育を通じて、次世代の医療人材の育成に貢献します。
研究指導
大学院生・若手研究者の研究指導においては、研究分野が抱えている疑問を解決していく思考力を養い、問題点の本質を見抜く感性を磨くことを重視しています。
研究について
概要
神経疾患制御学では、アルツハイマー病やパーキンソン病などに代表される神経変性疾患の病態解明と治療法の開発を目指して研究を行っています。神経細胞内に蓄積する病的タンパク質の凝集、細胞老化、オートファジーの破綻、慢性炎症といった疾患共通の基盤的メカニズムに着目し、分子病態の理解と創薬標的の同定に取り組んでいます。
当研究室では、特にタウやαシヌクレインなどの異常タンパク質に対するアグリファジー(aggrephagy)の誘導による細胞内クリアランス促進、およびそれを実現する低分子化合物の探索・機能解析を重点的に進めており、これらの凝集体が疾患脳内で細胞間伝播するメカニズムの解明にも取り組み、オートファジーや分泌系を介した病態拡大の制御を試みている。
さらに、老化細胞から分泌される炎症性因子(SASP)による神経毒性や、神経細胞の微小環境における病態進行因子の同定と介入法の開発も並行して行っています。これらの研究を通じて、基礎研究と臨床応用をつなぐトランスレーショナルリサーチを推進し、難治性神経疾患の克服に向けた新たな治療戦略の確立を目指しています。
教室を代表する業績
2025年
- Uemura N.
Fibril-seeded animal models of synucleinopathies: Pathological mechanisms, disease modeling, and therapeutic implications.
Neurosci Res. 216:104905, 2025
DOI: 10.1016/j.neures.2025.04.008.
2024年
- Yanai, R., Mitani, T.T., Susaki, E.A., Minamihisamatsu, T., Shimojo, M., Saito, Y., Mizuma, H., Nitta, N., Kaneda, D., Hashizume, Y., Matsumoto, G., Tanemura, K., Zhang, M.-R., Higuchi, M., Ueda, H.R., Sahara, N.
A novel tauopathy model mimicking molecular and spatial aspects of human tau pathology. Brain Communications, 2024.
DOI: 10.1093/braincomms/fcae326 - Shigeo Sakuragi, Tomoya Uchida, Naoki Kato, Boxiao Zhao, Toshiki Takahashi, Akito Hattori, Yoshihiro Sakata, Yoshiyuki Soeda, Akihiko Takashima, Hideaki Yoshimura, Gen Matsumoto, Hiroko Bannai
Inducing aggresome and stable tau aggregation in Neuro2a cells with an optogenetic tool Biophysics and Physicobiology, 2024
DOI: 10.2142/biophysico.bppb-v21.0023 - Umeda T, Sakai A, Uekado R, Shigemori K, Nakajima R, Yamana K, Tomiyama T: “Simply crushed Zizyphi spinosi semen prevents neurodegenerative diseases and reverses age-related cognitive decline in mice”, eLife, 13, (2024), RP100737
https://doi.org/10.7554/eLife.100737.1 - Umeda T, Sakai A, Shigemori K, Nakata K, Nakajima R, Yamana K, Tomiyama T: “New Value of Acorus tatarinowii/gramineus Leaves as a Dietary Source for Dementia Prevention”, Nutrients, 16(11), (2024), 1589
https://doi.org/10.3390/nu16111589
2023年
- Okuzumi, A., Hatano, T., Matsumoto, G., Yamasaki, R., Nishida, N., Fukuda, T., Mochizuki, H., Hattori, N.
Propagative α-synuclein seeds as serum biomarkers for synucleinopathies.
Nature Medicine, 2023; 29:1448–1455.
DOI: 10.1038/s41591-023-02358-9 - Hatanaka, A., Nakada, S., Matsumoto, G., Satoh, K., Aketa, I., Watanabe, A., Hirakawa, T., Tsujita, T., Waku, T., Kobayashi, A.
The transcription factor NRF1 (NFE2L1) activates aggrephagy by inducing p62 and GABARAPL1 after proteasome inhibition to maintain proteostasis.
Scientific Reports, 2023; 13:14405.
DOI: 10.1038/s41598-023-41492-9 - Umeda T, Shigemori K, Uekado R, Matsuda K, Tomiyama T: “Hawaiian native herb Mamaki prevents dementia by ameliorating neuropathology and repairing neurons in four different mouse models of neurodegenerative diseases”, Geroscience, 46(2), (2023), 1971-1987.
- Uemura N, Marotta NP, Ara J, Meymand ES, Zhang B, Kameda H, Koike M, Luk KC, Trojanowski JQ, Lee VMY.
α-Synuclein aggregates amplified from patient-derived Lewy bodies recapitulate Lewy body diseases in mice.
Nat Commun. 14:6892, 2023
DOI: 10.1038/s41467-023-42705-5
2022年
- Nakagaki, T., Kaneko, M., Satoh, K., Murai, K., Saiki, K., Matsumoto, G., Morita, H., Tanaka, H., Mizusawa, H., Nishida, N.
An undiagnosed case of prion disease in cadavers for anatomical practice.
New England Journal of Medicine, 2022; 386:2245–2246.
DOI: 10.1056/NEJMc2204116 - Ono, M., Komatsu, M., Takado, Y., Shimojo, M., Minamihisamatsu, T., Matsumoto, G., Takahashi, R., Sahara, N., Higuchi, M.
A central role for p62/SQSTM1 in the elimination of toxic tau species in a mouse model of tauopathy.
Aging Cell, 2022; 21(7):e13615.
DOI: 10.1111/acel.13615 - Shigemori K, Nomura S, Umeda T, Takeda S, Tomiyama T: “Peripheral Aβ acts as a negative modulator of insulin secretion”, Proc Natl Acad Sci U S A., 119 (12), (2022), e2117723119.
- Umeda T, Uekado R, Shigemori K, Eguchi H, Tomiyama T: “Nasal Rifampicin Halts the Progression of Tauopathy by Inhibiting Tau Oligomer Propagation in Alzheimer Brain Extract-Injected Mice”, Biomedicines, 10(2), (2022), 297.
https://doi.org/10.3390/biomedicines10020297
主な研究内容
現在の主な研究テーマ
異常タンパク質の細胞内外ダイナミクスに基づく神経変性疾患の病態解明と分解制御・創薬研究
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、タウ、αシヌクレイン、TDP-43といった異常タンパク質が神経細胞内に蓄積し、さらに細胞間を伝播することで病変が拡大していくことが知られています。
当研究室では、これらの凝集体がどのように認識され、分解され、そして伝播するかを分子レベルで解明することで、疾患進行の本質的理解と治療介入の可能性を探っています。
とくに、タンパク質凝集体の選択的オートファジー「アグリファジー(aggrephagy)」による異常タンパク質の分解機構に注目し、その制御因子であるp62のリン酸化やユビキチン依存的分解機構の解析を進めるとともに、アグリファジーを誘導する新規低分子化合物「ADI(Aggregate Degradation Inducer)」を開発しました。
現在、タウオパチーモデルマウス(PS19)を用いた疾患修飾効果の評価や、薬物動態・安全性試験を進めており、ADIを認知症治療薬として社会実装することを目指した創薬研究を推進しています。
私たちは、「認知症をなくす」ことを最終目標に掲げ、実用化に直結する研究に取り組んでいます。
さらに、Clusterin(CLU)などの細胞外シャペロン分子を介した凝集核(シード)の細胞間伝播経路や、EV(extracellular vesicles)・secretory autophagyといったシードの分泌機構にも着目し、異常タンパク質の蓄積・拡散を制御する新たな分子標的の探索も行っています。
加齢に伴うグリア細胞老化が誘導する神経変性とタンパク質凝集形成の分子機構の解明
神経変性疾患における加齢の関与は深く、なかでもアストロサイトなどのグリア細胞の老化が、神経細胞の変性を促進する機序が注目されています。
当研究室では、老化アストロサイトモデルを用いて、老化に伴うSASP(senescence-associated secretory phenotype)因子の分泌プロファイルとその神経細胞への影響を解析しています。
特に、SASPによって神経細胞側の選択的オートファジー(アグリファジー)機構が破綻し、タウやαシヌクレインなどの異常タンパク質凝集体の蓄積を促進する過程に注目しています。
アグリファジー関連分子の発現制御やリン酸化異常の解析を通じて、加齢に伴うプロテオスタシス破綻の分子基盤を明らかにし、新たな分子介入点の探索を進めています。
αシヌクレイン線維に着目したシヌクレイノパチーの病態解明、動物モデル開発、治療法開発
シヌクレイノパチー(パーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症)は、脳内にαシヌクレイン蛋白質が凝集・蓄積する疾患です。しかし、病態機序には未だに不明な点が多く、また同一蛋白質が異なる疾患の原因となる機序は未だに分かっていません。最近、興味深いことに、疾患毎に異なる構造のαシヌクレイン線維が蓄積していることが分かり、各疾患特有の病態に関連する可能性が示唆されています。
私たちは、人工的に作製したαシヌクレイン線維と、剖検脳から抽出した疾患特有のαシヌクレイン線維を用いて研究を行っています。これらを培養細胞や動物脳に導入して誘導される病態の解明、疾患モデル化、さらには治療薬候補物質の効果検証を行っています。
併せて、疾患特有のαシヌクレイン線維を広く利用可能とする線維増幅法の開発も試みています。
「老化伝播」機構の解明
神経変性疾患や認知症の最大のリスク因子は老化である。
これまで我々は、脳内免疫細胞の老化を標的としてアルツハイマー病やパーキンソン病/レビー小体型認知症の治療が可能であることを見出してきた。
その開発研究の過程で、老化臓器では老化細胞は散発的に生じるのでなく、ある種の局所性をもって観察されることに気づいた。
すなわち、原発性の細胞老化が近接細胞に対して老化促進的な影響を及ぼしている可能性がある。
この現象を「老化伝播」とみなし、この機構の存在を明らかにするとともに、新たな抗老化戦略の開発を目指す。
神経疾患動物モデルの作製・解析
トランスジェニック法によるモデル動物作製には、外来遺伝子の導入による様々な問題が指摘されている。そこで我々はノックイン法によって、新たなヒト型アミロイドβモデルを作製した。
この動物モデルの解析を経て、アミロイドβの生理作用および真のアルツハイマー病発症機構の解明を目指す。
また、既存のモデル動物においても、脳病理の表現型についてはよく知られているが、高次の脳機能である認知機能や運動機能といった臨床表現型については未解析のものが多い。
これらモデル動物に詳細な行動解析を加えることで、さらに有用な創薬ツールとして応用可能とし、確度の高いトランスレーショナル研究につなげたい。
スタッフ
研究教授 | 松本 弦 |
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講師 | 上村 紀仁 |
講師 | 梅田 知宙 |
研究補助 | 森岡 優貴子 |
秘書 | 高木 和美(病因診断科学) |