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植物園からひもとく、サクラの多様性 

春を象徴する花の「サクラ」について皆さんはどのようなことをご存知でしょうか。私たちは普段、ひとくくりに「サクラ」と呼んでいますが、その姿や性質は驚くほどに多様です。例えば花の色や大きさ、咲く時期、葉の出方などそれぞれに違いがあり、とても奥深い植物なのです。
大阪公立大学附属植物園には、多様な種類のサクラが存在しています。そこで、本園の特徴も踏まえながら、サクラについてご紹介します。

サクラの意外な生態と多様な仕組み

私たちが最もよく目にするサクラといえば、ソメイヨシノでしょう。そのソメイヨシノには、意外な一面があります。実は、ソメイヨシノはすべて接ぎ木や挿し木で増やされた品種で、全国に植えられている木のほとんどが、同じ遺伝子をもつ「巨大なクローン集団」です。そのため、満開の時期が一斉にそろい、見事な景観が生まれます。一方でソメイヨシノは、同じ遺伝子型同士では実を結ぶことができない仕組みをもつため、花があれほど咲いても実はほとんどできません。とはいえ、まったく実をつけないわけではありません。近くにヤマザクラなどの別の種があると、その花粉を受け取って実をつけることがあります。街中でときどき見かけるソメイヨシノの果実は、そんな偶然の産物なのです。

サクラの魅力は、花だけではありません。葉や幹にも興味深い特徴があります。ひな祭りやお花見の季節に食べる桜餅を包んでいる葉は、オオシマザクラという種類のものです。大きく厚みがあり、表面に毛がないため食用に適しています。また、クマリンと呼ばれる芳香成分を含んでおり、生のままではほとんど香りはしませんが、塩漬けにすることであの独特のサクラの香りが引き出されます。

また、サクラの幹をよく見ると横縞模様があることに気がつくでしょう。この樹皮にある横縞模様は皮目(ひもく)と呼ばれ、幹の呼吸を助ける役割を持っています。樹木が大きくなると、幹の表面にあるコルク層が厚くなり、空気を取りこみにくくなります。そこで、樹木は皮目という小さなすき間を通して酸素を取り込み、呼吸ができるようにしているのです。

本園に咲く60種類のサクラ

本園には約60種類のサクラがあり、春になると多くの花が咲き誇ります。これほど多様なサクラが集められている背景には、植物園が担う社会的役割があります。植物園は、植物を収集・保存し、学術研究を行う施設であると同時に、それらを展示・公開することを通して、植物多様性の保全や植物学教育、社会への知識普及に努めています。本園におけるサクラのコレクションは、こうした役割を体現したものです。
サクラは、日本の文化と深く結びついた植物であると同時に、分類・系統・種分化・育種・保全のいずれの観点から見ても、学術的価値の高い分類群です。野生種から栽培品種に至るまで幅広く収集してきたことは、植物多様性の理解を深め、その基盤となる資料を確保することを目的とした、植物園本来の役割そのものといえます。
サクラには、自然界に自生し進化の過程で成立してきた野生の種である「原種」と、人為的な選抜・育成・固定によって生まれ、栽培下で維持されている系統の「栽培品種」があります。原種は生物多様性の基本単位であり、植物園では遺伝資源の保存対象になります。また、環境変動時代における絶滅リスクに備えた「生きた遺伝資源のバックアップ」でもあります。一方、栽培品種は、文化・園芸の産物であり、植物園では文化資産・教育資源として重要です。
本園には、日本に分布する原種のサクラ属10種のうち、エドヒガン、オオシマザクラ、ヤマザクラ、カスミザクラ、マメザクラ、チョウジザクラ、クマノザクラの7種があり、原種と栽培品種を併せて保存することで、「自然の多様性」と「人が作り出した多様性」の両方を、同じ場所で比較することができます。

個性豊かなサクラと、春をつなぐ開花リレー

本園で最も珍しい品種は、植物園がある交野市私市の名を冠した「私市の明星」です。これはヤマザクラの栽培品種で、花びらが丸みを帯びず花が星形に見えることが特徴です。七夕伝説が残り、市内に星にまつわる地名・歴史が多い「星のまち交野」にぴったりのサクラです。その他にも、大きくならないサクラで、鉢植えや盆栽として人気がある「旭山」や、花びらが緑色を帯びる珍しい品種の「御衣黄(ぎょいこう)」、2本のめしべが葉に変化しており普賢菩薩が乗る象の鼻(牙という説も)に見立てられた「普賢象(ふげんぞう)」などがあります。

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私市の明星

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旭山

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御衣黄

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普賢象

また、サクラの種類によって開花時期は大きく異なり、まるでリレーのように順に開花していきます。本園でまず先陣を切るのは、早ければ2月下旬に開花するカンヒザクラです。冬景色の中で濃いピンクの花を咲かせ、ひときわ目を引きます。
3月中旬にはエドヒガンやイトザクラが満開となり、植物園で最初の主役となります。エドヒガンは原種の中でも珍しく、まず花だけが咲き、その後に葉が展開します。花だけを楽しめる点では鑑賞価値が高いサクラです。花びらは小ぶりで薄く、全体的に繊細な印象を与えます。
3月下旬から4月上旬は、ヤマザクラやオオシマザクラへとバトンが渡ります。オオシマザクラは、他の原種と同様に花と葉が同時に展開しますが、花びらは大きく厚みがあり、華やかで豪華な印象を与えます。

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カンヒザクラ

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エドヒガン

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オオシマザクラ

私たちに最もなじみ深いソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラの雑種であることがほぼ確定しています。エドヒガンから「花だけが先に咲く」という特徴を、オオシマザクラからは「大きな花びら」という特徴を受け継いでおり、両親の長所を兼ね備えたその美しさが、ソメイヨシノが広く親しまれてきた理由となっています。
そして山々が新緑に包まれる頃には、カスミザクラがアンカーを務め、この花が散ると初夏の訪れが感じられます。
このように開花時期が種によって異なるので、植物園では多くの原種や品種の開花がつながり、「開花リレー」が見られます。さまざまなサクラが順に咲き競う様子は、植物園ならではの楽しみであり、生物多様性を身近に実感することができます。植物園では、季節の花の開花情報をホームページ上で公開したり、サクラの夜間ライトアップを開催するなど、来園者にサクラを楽しんでいただく取り組みを続けています。

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左からエドヒガン、ソメイヨシノ、オオシマザクラの花びら

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カスミザクラ

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夜桜

サクラ研究のこれからと、地域とともに歩む保全

今後、サクラを対象に取り組みたい研究の一つに、成長の長期モニタリングとその種間比較があります。サクラは都市における植栽木としても重要であり、かつ、開花時期によって気候変動の影響が可視化されやすい植物です。そのため、異なる種や品種における成長速度や開花・展葉の時期を継続的に記録することで、都市環境や気候変動に対する反応の違いを明らかにできると考えられます。これらの知見は、将来の植栽樹種の選定や都市緑化のあり方を検討するうえで重要な基礎資料となるでしょう。
また、保全活動としては、地域に根付いたサクラの保全と育成が挙げられます。例えば、植物園が所在する交野市では、「交野みらいの桜プロジェクト」が進められています。この取り組みは、地域の記憶を宿したサクラを次の世代へ引き継ぐための仕組みづくりであり、植物園が有する栽培技術や施設を活用して地域社会に貢献していきたいと考えています。

交野みらいの桜プロジェクトに関する紹介動画

園長からのメッセージ

植物は、ただ見るだけでも美しく心を和ませてくれますが、その生態や成り立ち、種ごとの違いを学ぶことで、いっそう魅力的になります。私たちが日常で見ている植物には、知られざる謎や不思議がたくさん隠されています。花の形や色の違い、芽吹きの順番、果実や葉の特性など、一つ一つの形質には自然界で生き抜くための理由があるはずです。一緒に観察し、考え、記録しながら探求する楽しみを味わってみませんか。知る喜びを共有し、自然や文化の奥深さをともに感じることが、植物をもっと身近にする第一歩だと思います。

プロフィール

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附属植物園 園長/理学研究科 生物学専攻 教授

名波 哲

博士(農学)。京都大学農学研究科林学専攻博士課程単位取得満期退学。大阪市立大学理学部助手、日本学術振興会バンコク研究連絡センターのセンター長、大阪市立大学理学研究科講師、同准教授、大阪公立大学大学院理学研究科准教授を経て、2023年より現職。同年に大阪公立大学附属植物園園長に就任。
専門は森林生態学。主に、種子散布や生殖様式(雌雄異株等)、森林動態、野生植物集団の遺伝多様性について研究を進めている。さらに、園長として植物園の社会的使命を果たすべく、多くの植物の収集と保存を進め、研究、教育、社会貢献に尽力している。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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