価値観が変われば資源の基準も変わる―海産バイオマス
海藻や魚のアラなどの「海産バイオマス」や食品廃棄物を資源として利用することを研究している先生に、 最初に“バイオマス”という言葉についてお聞きしました。
「バイオマス(Biomass)は、「生物(Bio)」と「量(Mass)」を組み合わせた言葉で、植物プランクトンの量を示す「バイオマス」から始まっていて、生物や植物起源の再生可能な有機物のことです。化石燃料は含まれません」
再生可能とはどういうことでしょうか。
「化石燃料も生物由来と言えば生物由来ですよね。昔の生物とかが何億年もかかって、化石燃料となりますが、一度燃やしたりして使ってしまうと回収できません。でも、バイオマスはもともと植物由来で、燃焼時に排出する二酸化炭素が光合成によって吸収されるというサイクルが繰り返されるので、再生可能と言えます。それに、化石燃料とは時間サイクルが全然違います。化石燃料は、何億年もの時間をかけてできたものを人間が数百年であっという間に使っています。例えば緑藻類アオサは、春から夏場に一気に増えて、冬には消えていくという1年サイクルです。ですから時間スケールが全く違います。バイオマスは光合成により比較的短い時間スケールで再生されるのも特徴と言えます」
大量発生したアオサ
先生は、海藻や魚のアラ、食品廃棄物など人間が利用していないものを “資源”と捉えることについて、「人間にとって有用なものを資源と言っているだけです。人間が“いま使っていない”からといって無価値ではない——むしろ、少ししか取れないから流通しない未利用魚や過剰に発生して厄介者扱いされるアオサのような存在を“資源”にすることができれば、環境への負荷が減るんじゃないかと思います」と言います。
これは先生が博士後期課程の時から継続して取り組まれている「海陸一体型物質循環システム」というテーマにつながります。大阪湾などの閉鎖性海域で富栄養化により、大量発生した海藻を、メタン発酵によりエネルギーや肥料として取り出すことで、海陸間の物質循環を促す研究です。
メタン発酵がつなぐ、海と陸の循環

メタン発酵とはどのような仕組みでしょうか。
「空気のないところではたらく嫌気性微生物が有機物を分解して、最終的にメタンガスと二酸化炭素が生み出されます。メタンガスは都市ガスとして、あるいは電気に変換してエネルギーとして利用できます。もうひとつの特徴は、エネルギーだけでなく、メタン発酵後に副産物として、消化液とも呼ぶ発酵残渣が排出されて、その消化液は窒素やリンを豊富に含んでいるため肥料として使用できることです」
メタン発酵の価値は、メタンガスというエネルギーに加え、発酵後に残る“消化液”を肥料として生かせる点にあると先生は言います。
「アオサなどの海藻は、メタン発酵の効率が低く、エネルギー面では他のエネルギー技術よりも劣っていて、エネルギーを生み出す資源としては不利なバイオマスと言えます。でも、アオサなどの海藻は光合成で窒素やリンを吸収するので、富栄養海域からアオサを通して窒素やリンを陸に取り上げてメタン発酵することで、海藻の中の有機物(炭素分)はエネルギーに、窒素やリンは肥料に使うという形で物質循環を促すメリットがあります。エネルギー生産という一つの視点ではなく、海の環境保全、海と陸の物質循環を促すという広い視点からアオサを用いることに意義があると言えます」
課題もあるのでしょうか。
「そうですね。メタン発酵は、反応を安定させるには35~55℃程度の保温が必要で、規模が小さいほどエネルギー収支が厳しくなります。だからこそ“エネルギー目的だけで語らず、肥料利用までセットで考える”ことが重要になります」

地域住民による地域住民のためのメタン発酵を利用した地域資源循環と人々の交流の概念図
愛媛県西予市明浜町の田之浜地区での試み―小さな集落で見つけた希望
黒田先生は長く大阪湾で研究されてきましたが、縁あって愛媛県西予市明浜町(せいよしあけはまちょう)の田之浜(たのはま)地区でも、学生とともに研究やフィールドワークを始めたそうです。
「たまたま漁港調査でヒアリングした漁業者さんから『このままでは地域が続かない、という不安がある。地域を活性化させるために地域団体をつくるので、大学と一緒に何かできないか』というお話をいただきました。2022年、対象地域の補助金で有志の大学生5名(当時3年生)と1週間滞在し、地域を歩いて住民の話を聞き、地域の歴史や食文化に接して、地域資源マップ「たのはまっぷ」を作成しました。大阪でも漁業者は減っていますが、地域自体の存続が危ぶまれるほどではありません。一方、田之浜地区の人口は300人を切っています。地方、特に漁村は交通網が発達しておらず過疎化が進み、限界集落化は待ったなしの状態と言えます。そこで、自分の得意なこと、つまりメタン発酵を用いて何か貢献できないかと考えたのです」

学生たちが作った地域資源マップ「たのはまっぷ」

学生たちの地域の方々へのインタビュー
現在まで毎年学生たちと秋祭り「牛鬼」に担ぎ手として参加するなど、関係づくりを重ねていて、その関係性を土台に一歩先へと進めようとしています。西予市はごみ焼却施設を自前で持たず、隣町まで約30km運搬している現状があるといいます。全部を置き換えるのは不可能でも、一部でも地域内で処理し、非常時のエネルギーや憩いの場づくりにつなげる——そんな人間的なメリットを含む“社会装置としてのメタン発酵”を先生は構想しています。
「明浜町は、漁業と柑橘栽培等の農業が長年の生業であり、まさに海と陸の恵みで地域が繁栄してきた地域です。海と陸を一体とした価値観は、大都市の大阪よりも地域住民に根付いていると言えます。限界集落化が進む地域で、メタン発酵を活用した資源循環型の地域像が生み出せれば、先進的な事例として、地域の今後のあり方を考える強みになるのではないでしょうか。大阪などの大都市では難しいけれど、明浜町のような規模だと本当に実現できるのではないかと思います。メタン発酵そのものより、人が集い、学び合う“場”を動かすエンジンにできればと考えています。高齢化の進む地域では、大学生は地域の子どもたちにとって良いロールモデルであり、地域の潤滑油になります。学生にとっても貴重な学びの機会になるはずです」
海陸一体型物質循環型社会を目指して―ライフサイクルアセスメント(LCA)で“全体を見る”
先生が重視するのが、製造から廃棄までの環境負荷を定量化するライフサイクルアセスメント(LCA)の視点です。メタン発酵プロセス単体ではCO₂削減効果が限定的でも、化学肥料の代替や栄養塩の回収・循環まで評価範囲を広げるとバランスは変わります。また、何を投入するかによって、消化液のN(窒素)・P(リン)・K(カリウム)などの成分バランスは大きく変化するため、肥料としてのニーズに合わせて、出口(使い道)から逆算し、材料(資源)を投入するという“レシピ”を設計する発想が求められます。ここに、研究と現場知の往復という、先生ならではの強みを発揮できるのです。
「まずは地域の皆さんにわかりやすい青写真を描くことが大事だと思います。その青写真をもとに、地域・行政・企業・大学が一緒に知恵を絞れるような場が必要です。海と陸の自然資源が日常に溶け込んでいて、祭礼や文化活動を通じて地域住民同士のつながりも深いこの地域で、今は資源ではないもの、例えば海藻や生ごみを資源として見えるようになるかどうか、地域主導でこのシステムが必要だと感じ、運用してくれるかどうか、が鍵になると感じています」
先生は、 “モノ”、“ヒト”、“カネ”のどれも大事だけれど、モノは地域にあるので、それを資源に変換する技術は研究者が頑張ればよいし、カネは知恵を絞れば何とかなるはずで、一番大事なのは、“ヒト”の価値観だと言います。私たちにできることは何でしょうか。
「山、川、海、風、植物、動物、景色、地産の食べ物など地域の自然環境に対して五感を意識して生活することでしょうか。人間は、あくまで地球・地域の生態系の一部であること、五感を通して自然環境の尊さを意識できれば、エネルギーや環境問題に対しても関心が出てくるのではないかと思います。私自身が食べることが好きということもあって、食を通して環境やエネルギーが身近に考えられると思っています。食卓に届くまでに、その食べ物にはどのようなエネルギーや環境への負荷がかかっているのか。遠方から届くということは、輸送エネルギーがかかります。そういったことを少し意識してみるとよいのではないでしょうか。エネルギーや環境問題は、我々の生活に直結しているのです」


学生たちが参加した秋祭りにて
※本研究成果は、自然環境復元研究(論文題目︰限界集落における小規模メタン発酵システムの導入可能性)に掲載予定です。
自然環境復元研究
プロフィール

現代システム科学研究科 准教授
現代システム科学研究科 准教授
博士(工学)。2013年大阪府立大学大学院工学研究科航空宇宙海洋系専攻修了。2013年大阪府立大学現代システム科学域助教、2018年大阪府立大学大学院現代システム科学研究科准教授を経て、2022年4月より現職。
SDGsにも深く関わる身近で興味深いテーマである、海藻や魚などの海産バイオマスについて研究。海藻を用いた地(海)産地消エネルギーの開発と漁業・魚食の活性化を通して海の環境再生に取り組む。
※所属は掲載当時