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安価で環境にやさしいパン酵母でレアアースの課題を解決

レアアースの採掘には、環境汚染や高コストといった課題があります。鉱山から取り出されたレアアースには、カドミウムや鉛、ヒ素といった有害な金属も一緒に混じっていることがほとんどで、これらの有害金属を適切に分離・処理するのに高いコストがかかるためです。

レアアース鉱山を持たない日本でも、ようやく南鳥島の深海底のレアアース泥の採取に成功し、国産化の期待が高まっていますが、開発はまだまだこれからです。そのため、現状では廃棄されたスマートフォンなど、いわゆる「都市鉱山」からレアアースを抽出してリサイクルすることが検討されています。しかし、廃製品から金属資源を抽出する従来の技術にはコストや環境面で問題もあり、リサイクルは進んでいません。

こうした課題を解決する可能性を示したのが、今回、東先生の研究グループが開発した、安価で環境にやさしいパン酵母を使ったレアアースの回収技術です。強酸性の温泉水にごくわずかに含まれるレアアースの回収に成功し、その性能が確認されましたが、なぜ金属の回収にパン酵母なのでしょうか。

OMUOM_azumakoubokin酵母のイメージ

生き物ではなく材料——発想の転換により生み出された「P-yeast」

微生物が専門の東先生は、発酵学の分野で長年、基礎と応用の両面から酵母の研究に取り組んできました。「基礎研究では酵母の細胞表層の構造や機能に焦点を当てており、そこから得られた知見を応用して、環境分野や食品分野で利用できる材料を酵母から開発しています。その応用研究の一つとして、酵母を金属の回収に使えないかをずっと考えていました」と東先生は話します。

単細胞の酵母は、私たちと同じ真核生物の中でもっとも単純な生き物。パンをはじめ日本酒、味噌などの発酵食品に幅広く使われている一方で、酵母は真核生物の細胞の仕組みを知るための優れた研究対象でもあるのです。そのため、酵母の実験環境は古くから整えられ、遺伝子組換えの技術なども確立されています。東先生も最初は、遺伝子組換えした酵母で金属を回収することを試みました。「タンパク質の中には金属を吸着する性質を持つものがあります。そうしたタンパク質が酵母の細胞表面に増加するような遺伝子組換えを行って、酵母にもともと備わっている金属吸着の性質を実用に足るよう強化しようと考えました」

しかし、遺伝子組換えにより酵母の金属回収率は若干上昇したものの、大きな増加は見られませんでした。そこで、東先生は発想を転換させます。

「酵母を生き物として使うのではなく、単純な“材料”ととらえて、まったく新しい細胞の材料を作ればよいのではないかと考えました」

たとえばパンや味噌の発酵は、酵母が糖を分解する生物的な活動を利用したもの。つまり生き物として酵母が使われています。遺伝子組換えした酵母も同じで、酵母に備わったタンパク質合成という生物的な機能を利用しています。これに対して材料であれば、遺伝子組換えなど生き物を対象とした方法にとらわれる必要はありません。東先生はごく簡単な化学的な手法を用いて、酵母に金属を吸着する機能を付加させてみました。

「酵母の表面にマイナスの電荷を帯びた「リンと酸素原子の集まり」である『リン酸基』を化学反応で付加してリン酸化したところ、金属吸着の性能が格段に上昇しました。遺伝子組換え酵母では僅かしか上がらなかった金属回収率が、リン酸化酵母では5倍から7倍にまで増えたのです。これは、金属の回収・分離によく使われるイオン交換樹脂に匹敵する能力です。この結果に手ごたえを感じ、リン酸化酵母に『P-yeast』(Pはリン酸の元素記号)と名付けました」

酵母を材料として使うことにはさまざまなメリットがあると東先生は説明します。「酵母はエサさえあれば簡単に培養できるほか、発酵産業で生じる廃棄酵母を使うことも可能です。酵母のリン酸化には、食品添加物のリン酸塩を使用します。酵母と同じく安価で環境にやさしい化合物で、製造過程で生じる規格外品を廃棄酵母と組み合わせれば、資源を無駄なく利用できます。また、生態系へ影響しないよう死んだ状態の酵母を材料として使うようにしており、バイオマス由来なので自然の中で分解します」

温泉水で示した回収能力で都市鉱山に挑戦

P-yeastのレアアース回収の性能を評価するために使われたのは、秋田県の玉川温泉の温泉水です。玉川温泉水に含まれるレアアースの濃度は、最も多いものでも1リットルあたり0.05㎎にも満たない程度のごく微量で、他の不要な成分も多く含まれています。P-yeastはどのような仕組みで微量のレアアースを選択的に回収するのでしょうか。

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図:P-yeastを介したレアアースの選択的回収
   pH調整した玉川温泉水からの各金属の回収率

「基本的な仕組みは、プラスとマイナスの電荷が引き合う力です。強酸性の温泉水中では、金属は金属イオンとして存在しており、温泉水中に多く含まれる鉄やマグネシウムなどの不要な金属は、たいていがプラスを2つ持つ2価のイオンです。これに対して、レアアースはほとんどが3価のイオン。マイナスの電荷を持つP-yeastには3価のレアアースのほうが強く引っ張られます。こうした性質を利用して、溶液のpH(酸性・アルカリ性のバランス)を適切に調整すると、3価のイオンだけがくっついて2価のイオンはくっつかないような条件を作り出せるのです」

ただ、温泉水中に含まれるアルミニウムイオンはレアアースと同じ3価のイオンなので、レアアースと分離するのは容易ではありません。温泉水の場合は、pHを調整する段階でうまくアルミニウムだけを沈殿させて分離させることができましたが、海水などほかの環境水ではまた違った調整が必要となってくるかもしれません。

また、3価のイオン同士でまとまってP-yeastに吸着したレアアースを種類ごとに分離するのもこれからの課題だといいます。

「17種類あるレアアースの分離は、P-yeastを使った回収技術に限らず従来の技術においても頭を悩ませる問題で、現状では有機溶媒(除光液やシンナーのような、油を溶かす性質を持つ液体)への抽出といった環境に負荷のかかる方法に頼らざるを得ません。この問題に関しては、再び遺伝子組換え技術を使って、特定のレアアースだけが吸着するようなタンパク質を酵母の細胞表面に提示させることができれば、一貫して酵母が使えるのでおもしろいと考えています」

温泉水中のレアアース回収に関しては、鉱山のように有害な金属がほぼ含まれておらず、掘削しなくても自然に湧き出しているという利点はあるものの、含有量が非常に微量であるため、日本で必要とされるレアアースを賄うのは難しいと東先生は言います。「温泉水も資源の一つではありますが、今回温泉水で性能を確認できたP-yeastのレアアース回収技術を使って、より実用可能性の高い“都市鉱山”にアプローチしたいと考えています。スマートフォンなどの廃製品はいったん強酸性の溶液に溶かしてからレアアースを回収するので、『強酸性』という温泉水との共通点があります。現在リサイクルに使われている高コストで環境負荷の高い回収方法を安価で環境にやさしいP-yeastで代替できれば、金属リサイクルの普及がもっと進むのではないでしょうか」

生き物としても材料としても応用できる酵母の魅力

東先生の研究室では、P-yeastのほかにも酵母から作る新しい材料を開発しています。硫酸基を付加したS-yeast(Sは硫酸の元素記号)は、P-yeastよりも吸着力が高く、レアアースを「軽希土類」と「重希土類」※に分けられると期待されます。P-yeastおよびS-yeastはマイナスを帯びているのでプラス電荷の金属イオン回収に適していますが、これに対してプラスのイオン(カチオン、cation)を付加したC-yeastの開発も進められています。このような材料は有価金属の回収だけでなく、環境中からの有害金属の除去にも役立ち、安全安心な社会の実現にも貢献できます。

※レアアースは全17種類あるが、原子番号の大きさによって2つのグループに分けられる。比較的入手しやすい「軽希土類」に対し、「重希土類」は埋蔵量が極めて少なく、電気自動車(EV)などのハイテク製品に不可欠な、より希少価値の高い素材とされる。

酵母をこのような材料として利用できるのは、酵母の細胞壁が非常に頑丈であるためだと東先生。「ほかにも材料に利用できそうな微生物が見つかればおもしろいですね。酵母とはまた違った、その微生物に適した使い方の材料ができるかもしれません」


OMUOM_azuma

レアアースを回収するP-yeastは酵母を材料として扱った研究ですが、東先生は酵母の生き物としての観点からもいろいろな研究に取り組んでいます。「たとえば地域活性化の一環としてその土地で採取した酵母でビールを作る研究も進めています。実験室で扱う酵母とは異なるものが多数取れてくるのでワクワクしますが、このあいだ試飲した時点では味はまだまだ。

材料としても生き物としても使える幅の広さが、酵母の一番おもしろいところだと思っています。酵母の研究は昔から行われていますが、今なお魅力の尽きない生き物です」

 

プロフィール

OMUOM_azumaprofile

工学研究科 物質化学生命系専攻 教授

 
 東 雅之

工学研究科 教授

博士(農学)。大阪大学工学研究科卒業後、住友林業株式会社の筑波研究所に研究員、主任研究員として勤務。1996年大阪市立大学工学部助手、1999年助教授、2007年教授を経て、2022年より現職。専門は発酵工学、応用微生物学。微生物を対象に基礎から応用までさまざまな研究テーマに取り組んでいる。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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