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患部に薬を届けるドラッグデリバリーシステム

風邪薬や頭痛薬など、私たちは普段の生活でさまざまな薬を利用しています。こうした錠剤やカプセル剤はどのような成分で構成されているかご存じでしょうか。実は錠剤やカプセル剤は、その中身の全部が有効成分というわけではありません。薬に含まれている有効成分はほんの微量なのだと、岸村先生は言います。

「では残りの成分は、ただ薬のかさを増すためだけのものなのかというと、もちろんそうではなく、いろいろな役割を持っています。たとえば飲み薬だと、溶けてほしい場所でタイミングよく溶ける成分などが配合されています。患部以外に作用したり効きすぎたりして副作用を起こさないためにも、薬には有効成分が正しく効く仕組みが作り込まれているんですね」

薬を正しく効かせるための技術の中でも、とくに薬を「必要な量だけ」「必要な場所に」「必要な時間だけ」作用させる技術のことを「ドラッグデリバリーシステム(DDS、薬物送達システム)」と呼びます。ドラッグデリバリーシステムには、薬の作用の持続時間を長くするため体内での薬剤の放出を制御する技術や、体の中で分解されてはじめて薬効が出るよう化学的に加工する技術などがあります。そしていま注目されているのが、ナノテクノロジーを使った最先端のドラッグデリバリーシステムです。
「理想的には、SF映画のように小さくなった医者が体内の患部に直接行って治療できれば一番いいのですが、もちろんそんなことはできません。そこで医者を送り込む代わりにナノサイズのカプセル(以下、ナノカプセル)などを使って薬を患部に届けるドラッグデリバリーシステム技術が開発されています」

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ナノカプセルの身近な例としては、新型コロナウイルスのmRNAワクチンがあります。コロナワクチンは、脂質つまり油で作られたナノ粒子のカプセルの中に核酸のmRNAを入れたもの。実用化された脂質ナノ粒子は大きな注目を集め、その後も研究開発が進められています。

核酸医薬品で変わりうるこれからの医療

これまで薬というと、化学合成で作ることができる比較的小さな分子の「低分子医薬品」が主流でした。ところが、20世紀半ばから急速に進歩した生命科学がバイオテクノロジーを発展させ、体の中でさまざまな役割を担っているタンパク質や核酸といった大きなサイズの分子を利用した次世代バイオ医薬品が登場します。2000年代以降、バイオ医薬品は実際の医療現場で実用化が進んでいます。バイオ医薬品にはどのような特徴があるのでしょうか。

「従来の低分子薬は、体の中の特定のタンパク質を狙ってその機能を活性化したり阻害したりするものです。これに対してバイオ医薬品の一つである核酸医薬品は、体の中でタンパク質を作らせる、あるいは、タンパク質を作るための設計図(メッセンジャーRNA)を使えなくする、といった低分子医薬品には不可能な働きをすることができます。また、応用性があるのもメリットで、新型コロナウイルスのmRNAワクチンも核酸医薬品ですが、コロナのワクチンを別のウイルスのワクチンに作り変えるのは難しくありません」

バイオ医薬品の中でも岸村先生がとくに注目し、研究対象としているのは核酸医薬品です。その理由の一つは、核酸の持つさまざまな役割が近年明らかになってきていることです。「核酸とは、細胞の中に存在するDNARNAなどの遺伝物質です。DNAには私たちの体の設計図が書き込まれており、それが遺伝情報として子孫に伝えられていきます。ところがここ10年ほどで、核酸には遺伝物質としての役割だけでなく、いろいろな機能があることがわかってきました。最近注目されているのは、細胞内の液体部分にタンパク質と核酸が集まってできる『液滴』と呼ばれる膜のない構造体です。ドレッシングの分離した油の粒子のようなイメージですね。液滴の中の核酸は、タンパク質をまとめる基盤の役割をしています」

たとえば、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患は、タンパク質の異常な固まりであるアミロイドの蓄積が関与しているといわれています。アミロイドの形成は、液滴のバランスがおかしくなってタンパク質が濃縮しすぎることが引き金になると考えられており、核酸医薬品はこれらの病気の予防や治療につながるかもしれません。これまでは体内でタンパク質を作らせる・作らせないという使い方が一般的だった核酸に液滴の制御などの新たな可能性が加わったことで、核酸を中心とした創薬が広がっていくと岸村先生は考えています。

岸村先生が核酸医薬品に携わるもう一つの理由は、先生のバックグラウンドにあります。先生は学生時代に有機化学の分野で、小さな分子が鎖のようにつながって大きな分子を構成する高分子化合物を用いた材料の研究をしていました。当時、先生が扱っていたのは機能性のあるプラスチックなどでしたが、核酸やタンパク質もプラスチックと同じように、単位となる分子がひも状に連なってできた天然の高分子化合物です。岸村先生は、「高分子材料の専門家としての知見が、生命現象の解明や創薬に生かせるのではないかと考えています。核酸は生命現象において重要な役割を持つとともに非常に特徴的な高分子で、そこに面白さも感じていますね」と話します。

 

核酸を使った“一石三鳥”の新しいナノカプセル

バイオ医薬品に利用されるタンパク質や核酸は、体内で分解されやすいといった性質があり 、分解されずに患部に確実に届けるためにはドラッグデリバリーシステムが欠かせません。こうしたバイオ医薬品の効果を高めるため、岸村先生は核酸医薬品を運ぶ新しいナノカプセルを開発しています。それは、カプセル自体を医薬品となる核酸で作る「核酸ナノカプセル」です。

 「新型コロナウイルスのワクチンのmRNAを入れて運ぶ脂質ナノ粒子には、純粋にカプセルとしての働きしかありません。これに対して私たち独自の技術による核酸ナノカプセルはカプセルそのものが医薬品なので、医薬品とカプセル両方の働きをすることができます。核酸をより多く運べるうえ、カプセルの内部には薬の機能を補助するタンパク質など別の物質を入れることも可能であり、一石三鳥の新しいナノデバイスだといえるでしょう」

 脂質ナノ粒子はいわば油であるため水に溶けにくい薬剤となじみやすく、反対に水に溶けやすい薬剤を運ぶのはあまり得意ではありません。一方で、岸村先生の核酸ナノカプセルは水に溶けやすい薬剤との相性が良いので、脂質ナノ粒子の苦手を補えるというメリットもあります。

 さらに岸村先生は、ナノカプセルの集合体から徐々にナノカプセルが放出されることで長期間にわたって薬の効果を持続できる、先進的な薬の放出システムも開発しています。たいていの薬は、注射などで投与してもすぐに全身に拡散してしまいます。そのため、たとえば糖尿病の患者さんは毎日のインスリン注射が必要ですが、こうした薬の長期放出システムができれば、毎日の注射が週に1回で済むなど、患者さんの負担減に貢献できると期待されます。

これからの生命科学は解析から「創造」へ

岸村先生は創薬研究で取り組みたい病気としてがんやアルツハイマー病などを挙げる一方で、老化の防止や健康維持につながるものも作りたいと意欲的に話します。それと同時に岸村先生が目指すのが、ナノカプセルをより複雑な構造体にした人工細胞型のデバイスの開発です。

「細胞の中には、核や小胞体、ミトコンドリアといったいくつもの装置が入っていて、それぞれが役割を持って細胞の機能を維持しています。ものづくりの視点で見ると、細胞は非常によくできたデバイスです。なかなか人間の手で組み立てられるものではありませんが、細胞の中の装置を真似て作って集めれば、人工的な細胞が作れるのではないかと考えています。生き物の細胞を完全に複製できなくても、必要な機能だけをまとめて、新しい機能を持つ細胞に似たマシンやデバイスが作れるでしょう。あるいは、細胞の振る舞いだけを真似てみたり、人工的に設計したものに生体分子を入れてハイブリッドにしたり、方法はいろいろあります。作った人工細胞がすぐに治療や診断に使えるかどうかはわかりませんが、体と相性の良い材料でできているので、将来的には役に立つはずだと考えています」

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岸村先生は、いま生命科学にパラダイムシフトが起きていると指摘します。かつては生き物の種類を分類する博物学的な学問であった生物学に、その後、化学の視点で生物を解析する分子生物学が生まれ、さらにそこから得られた知識で今度は新しいものを創り出していく合成生物学が盛り上がりを見せつつあります。

 「簡便な形の人工細胞を作る技術はすでにありますので、“ものづくり”と生体内の現象をうまく組み合わせて、新しいデバイスを作り出すことに挑戦しています。医薬品に限らず、合成化学と合成生物学の融合によって生み出される新しい形のものづくりは、社会に大きなインパクトをもたらすのではないかと思っています」

  

プロフィール

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創薬科学研究科  創薬科学専攻 教授

 
 岸村 顕広

創薬科学研究科 創薬科学専攻 教授

博士(工学)。東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻助教、九州大学大学院工学研究院応用化学部門准教授を経て、20264月より現職。ものづくりの視点から、ナノスケールの分子集団や生体構造を意識した先進的なドラッグデリバリーシステムの開発を進めている。科学コミュニケーションなど社会に科学を届ける活動にも取り組んでいる。

研究者詳細

※所属は掲載当時

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