人の知能は、頭の中だけにあるものなのか
石丸先生が率いる「拡張知能研究グループ」では、AIやセンサー技術、さまざまなシステムを組み合わせながら、人の知性をいかに拡張できるかをテーマに研究が進められています。知性というと、どうしても“その人の頭の中にあるもの”として捉えがちですが、石丸先生はそこに問いを投げかけます。
「スマートフォンやAIを使いこなしている状態も含めて、その人が“できること”の範囲ではないでしょうか。テクノロジーを単なる外部ツールとしてではなく、自分の知能の一部として統合する。それによって、個人だけでなく社会全体の活動を広げていく。それが『拡張知能』という発想です」
石丸先生の研究のベースとなっているのは「行動認識」という分野です。これまでは、「歩く」「寝る」といった身体の大きな動きを捉える研究が主流でした。
一方、石丸先生が注目してきたのは、目に見えない認知的な行動や心理的な状態です。たとえば、眼鏡型デバイスで目の動を計測し、どれくらい読書をしたかを可視化する「万語計」や、身体活動・認知活動・社会活動のデータを組み合わせ、ストレス状態を推定する「心温計」などを製作されています。
「自分の状態って、案外わからないものなんですよね。気づいたときには、もう相当疲れていることも多い。だから、データとAIに自分を客観視してもらい、その情報をもとに次の行動を選んでいく。その一連の働きまで含めて自分の知性と考える。人間の知性を、そこまで拡張していきたいと考えています」
眼鏡型デバイス「JINS MEME」を説明される石丸先生
学生の学習行動から見えてきた変化と「使いこなす力」
生成AIが急速に普及する現在、大学の教育現場でも学生の学習行動は大きく変化しています。レポート作成や調査、プログラミング、アイデア出しなど、さまざまな場面でAIの活用が当たり前になりつつあります。
「現場で感じるのは、教員や大人たちが想像する以上に、学生は生成AIを当たり前のものとして使いこなしているということです」
「生成AIを使うこと自体には、強い危機感を抱いているわけではありません。むしろAIの活用に前向きな立場です」と石丸先生は、率直に語ります。
「AIの使いこなし方も、その人が持っている知性の一部だと思っています。AIに何を任せて楽をするかだけでなく、AIとどう協力できるかを考えることが重要です」
AIを外部の便利ツールとして切り離すのではなく、人間の知的活動を支える一部として位置づける。その視点は、石丸先生が研究してきた「拡張知能」という考え方と深く結びついています。
一方で、生成AIの使い方には、明確な「差」が生まれているとも感じていると言います。
「同じAIを使っていても、答えにたどり着く過程まで自分のものにする人と、出てきた答えだけを受け取る人がいます。同じツールを使っていても、自分の中に残るものは違ってきます」
AIが出力した文章や答えを、そのまま成果物として提出することは簡単です。しかし、その答えが「なぜそうなったのか」「どんな前提や考え方があるのか」を理解しないまま使ってしまうと、自分の中に知識は残らないと先生は言います。
「その差は、AIに頼れないような場面で表に出ます。過程を理解してきた人は、自分で筋道を立て直せる。けれど答えだけを集めてきた人は、何から手をつければいいか分からなくなってしまう。AIを使っているからこそ、自分は何を理解していて、何を理解していないのかを意識する必要があると思っています」
AI時代に問い直される、学びの順番と人間の役割
では、生成AIが身近になった時代において「主体的に学ぶ」とはどのような状態を指すのでしょうか。石丸先生が考える主体的な学びは、従来の学習モデルとは少し異なります。これまでの教育では、「教科書で知識を学び、その後で何かを作る」という順番、いわゆるウォーターフォール型の学びが一般的でした。しかし、このやり方では、達成感を得るまでに時間がかかり、途中でモチベーションが尽きてしまうことが多いと先生は言います。そこで先生が重視しているのが、「やりたいことが先、知識は後」という考え方です。
まずは「これを作りたい」「この問題を解決したい」という目的を明確にし、その目的を実現するために必要な知識を、AIに聞いたり調べたりしながら、逆引きで学んでいく。試行錯誤を繰り返しながら、短いサイクルで改善を重ねていく。それが、アジャイル型の学びです。

「先にゴールが見えていると、学ぶ理由がはっきりします。AIはそのプロセスを加速してくれる存在です。この考え方は、学生だけでなく、社会人の学び直しや専門スキルの獲得にも通じるものがあります」
また、こうした学び方が広がるなかで、指導者の役割も変化しつつあります。
「指導者がすべきなのは、AIを禁止することではないと考えています。AIがあることを前提に、課題やカリキュラムをアップデートしていく必要があります。たとえば、単に正解を求める課題ではなく、複数のAIに同じ質問を投げ、その回答を比較させる。また、AIとの対話(壁打ち)をすることで、『なぜこの案を選んだのか』『自分はどう解釈したのか』を言語化させる。こうしたプロセスを通じて、AIを使いこなす力と、自分の考えを深める力を育てていくことが重要になります」
さらに石丸先生は、将来を見据えた視点も示します。
「ひと昔前のAIは、根拠を調べたり、正誤を確かめたりする作業が苦手だったので、AIの出力を鵜呑みにしないことが大事だとされていました。しかし今では、AIが外部の情報やツールと連携して自ら検証できるようになり、その前提が変わりつつあります。事実を調べ、正誤を確かめる作業は、これから人間よりも速く正確になっていくでしょう。そのとき、人間に残る役割は何でしょうか。
それは、『そもそも何のためにそれをやるのか』という問いを立てることです。どんな問題に関心を持ち、どの方向にAIを使うのか。その判断を下す主体性こそが、AI時代の人間にとって最も重要な力になっていきます」
また、大学アプリの開発や学生たちと起業された「Affectify」での経験からAIの普及が進むことによる学生の変化についてこう語ります。
「情報系の学生は特に、AIによって自分たちの職がどう変わるか、という点に非常に敏感です。そのため、仕事が与えられるのを待つのではなく、自らプロダクトを作り、社会に価値を発揮しようとする主体性が強まっていると感じます。だからこそ、私が学生の頃に感じた『物理的に人が集まり、刺激し合ってものづくりができる場所』の重要性は、今も変わりません。生きた情報に触れ、思いがけない出会いを得るためには、人が集まる場が必要です。キャンパスの近くにそうしたコミュニティがあることで、学びが自然と加速していくのです」
効率一辺倒ではない、ウェルビーイングを支える拡張知能の可能性
生成AIによって知的生産性が飛躍的に向上する一方で、石丸先生が強い関心を寄せているのが「人間側の負荷」です。そして、今後の研究テーマの一つとして挙げるのが、「感情対応AI」や「人を休ませる技術」と先生は言います。
「AIを複数同時に使うと、短時間で本当に多くのことができます。でも、その分、集中力も消耗しますし、想像以上に疲れるんですよ」
実際に先生自身、複数のAIを同時に動かしながら仕事をすることがあるそうですが「正直、相当疲れます」と話します。
「今後注目している研究テーマが、センサーを用いてユーザーの状態を把握し、AI側がそれに応じて振る舞いを変える仕組みです。疲労やストレスを検知したら、あえて出力のスピードを落とす。厳密な説明ではなく、少しユーモアを交えた応答に切り替える。あるいは『少し休みませんか』と人を立ち止まらせる」
「これからは、効率を最大化するAIだけでなく、人のウェルビーイングを守る拡張知能が必要になると思っています。知能を拡張することは、人に無限の仕事を課すことではありません。人が長く、健やかに、自分らしく活動し続けるための支えとして、AIをどう設計するか。その問いもまた、拡張知能研究の重要なテーマです」
最後に、AIを利用する読者に向けてメッセージをお願いします。
「AIを『自分の敵』や『仕事を奪う存在』として、必要以上に恐れる必要はありません。やりたくない仕事、面倒な作業は、どんどんAIに任せてしまえばいいと考えています。その代わり、空いた時間を使って、自分が楽しいと思えること、成長を実感できることに取り組んでほしいと思います。そのとき、AIはとても頼もしいパートナーになります」
「まずは、『自分はどう生きたいのか』『何にワクワクするのか』を大事にしてほしいです。主体性を軸に据えたうえで、AIという新しい知能を、自分の体の一部のように使いこなす。そうすることで、一人では到達できなかった新しい景色が、きっと見えてくるはずです」
プロフィール

情報学研究科 教授
情報学研究科 教授
博士(工学)。2022年大阪公立大学情報学研究科客員准教授、2023年同大学大学院情報学研究科特任教授、2025年より同大学イノベーションアカデミー共創研究院教授と兼任。
2016年に大阪府立大学にて修士 (工学) を取得し、渡欧。カイザースラウテルン工科大学にて博士 (工学) を取得。同大学Junior Professor (PI)、ドイツ人工知能研究センター (DFKI) Senior Researcher、Alphaben CROなどを務め、2023年に帰国して大阪公立大学に着任。AI技術によって人の知性を拡張する研究に取り組んでいる。「心温計:心の状態を可視化するシステムの開発」でIPA未踏スーパークリエータに認定された。
※所属は掲載当時