モヤモヤした疑問を解決したい。つくる側から研究する側へ
高校生の頃からアートコンテストに出品するなどの活動を行っていました。将来は映画や絵画作品をつくるアーティストになりたいと思ってアメリカのアートスクールへ進んだのですが、そこでの経験から、美学という学問に興味を持つようになりました。
今、アメリカの芸術界はコンセプチュアル・アートが中心で、感覚的な美しさや物理的な技術よりも、作品の背景にある思想や社会問題、アイデンティティといった“文脈”を重視します。例えば、作者がマイノリティであることが評価される傾向にあるのです。実際に、アートスクールでも、アジア人の同級生がアジア的な要素を入れた作品や水墨画風の作品をつくると、高く評価されたり展覧会で取り上げられたりしました。
そうした文脈依存的な傾向に「本当にそれでいいの?」「芸術の価値はそういうことなの?」と、モヤモヤとした疑問が湧いてきたのです。理論やストーリー、文脈の方が大事だというなら、「もはやそれは哲学者の仕事では?」と。卒業の頃には、「モヤモヤとした疑問を追究したい」という思いが「作品をつくりたい」という思いを超えてしまい、美学を学ぼうと大学院への進学を決めました。
美学とは、美や芸術について哲学的に考える学問で、感性的な経験を言語化し分析していくもの。もともと私はアート学生でしたので、大学院時代からこれまで、自分自身のつくった経験に基づいた疑問を分析して理論化するという研究をしています。生け花を学んだり、服をつくったり、製菓学校で製菓衛生師の資格を取ったり、ワインについて勉強してみたり。いろいろなことを自分でやってみて、気づきを得て、研究に活かしています。
10代の頃から、モヤモヤがあるとノートに疑問などを書き連ねて問題を解決する習慣がありました。自分なりの答えを見つける一連のプロセスが気持ち良い。美や芸術についても、疑問や曖昧な部分がいろいろと出てきますが、それを言語化するのが楽しいです。
そもそもつくることが研究の原動力となった私の場合、どちらか一方ではバランスが取りづらいのでしょうね。つくることと研究すること、その両方を活かせる分野だから楽しく研究を続けられているのだと思います。
プロフィール

文学研究科 言語文化学専攻 准教授
文学研究科 言語文化学専攻 准教授
博士(文学)。ミシガン大学アート・デザイン学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、筑波大学芸術系助教を経て、2024年4月より現職に就き、東京大学教養学部非常勤講師を一時兼任。専門は美学・芸術学で、芸術における多文化主義、文化的盗用、バイアスの影響といった文化的な問題に焦点を当てた研究を展開。著書に『帰属の美学―板前の国籍は寿司の味を変えるか―』(2024年、春風社)がある。最近ではAIと芸術の関係を探る研究を進めており、共同研究「AI作品をめぐる美と芸術の評価に関する研究」の代表も務めている。
※所属は掲載当時