頭の中で飼い続けた「わからないこと」を理解する喜び
将来は法律実務家か研究者になろうと考えて、法学部に進学しました。その中で研究者の道を選択したのは、学部2年生の頃に刑法65条の問題について考えたことがきっかけです。通っていた司法試験予備校で、刑法65条を取り上げる授業があり、業務上横領罪と共犯という問題に接しました。しかし、説明を聞いてもテキストを読んでも理解できず、2週間ほどずっと考えて、ようやく自分なりに納得することができました。この「2週間悩んであれこれ考えた」経験を通して、理屈立てて考えるおもしろさや、雑然とした状況の中に理解の道筋を示す研究という営為のおもしろさを実感したことが、研究者としての原点になったと思います。
社会保障法を専門分野として選択したのも、学部生の頃の授業がきっかけです。当時、社会的に問題となっていた公的年金の運用や社会保障財政に関心があったため、社会保障法の講義を履修しました。そこで、社会保障法は既存の法分野の知見を駆使して検討していく法分野であり、単純に「社会保障制度はこうなっている」と学ぶのではなく、法的に切り込んでいくという特徴を知り、強い興味を持ちました。
社会保障法の研究は、さまざまな法分野に関わり、社会保障を対象として法的・多面的に分析できるおもしろさがあります。そして、歴史が数十年程度の若い分野でもあり、研究の蓄積が他の法分野と比べると少ないため、理論的に研究する必要がある問題が多々あり、非常にやりがいを感じます。
また、研究を続けていく上で、「わからないことがわかるようになること」は大きなモチベーションになります。先日、イギリスの企業年金法に関する問題で、10年間わからなかったことがやっと理解できた瞬間がありました。わからないことがわかったときの喜びは何にも代えられないものであり、「諦めず研究を続けて良かった」と心から思います。
高校生の頃に読んだ、京都大学名誉教授の森 毅先生の著書『数学受験術指南』にあった「頭の中でわからないことを飼い続ける」という言葉を、今でもよく覚えています。わからないことを10年間飼い続けるのは大変ではありますが、研究者にとって重要なことだと改めて感じています。
老後の安心をどう確保する?年金制度のこれからと未来への備え方
プロフィール

法学研究科 法学政治学専攻 准教授
法学研究科 法学政治学専攻 准教授
博士(法学)。東京大学法学部第一類(私法コース)卒業、北海道大学法学研究科法学政治学専攻修士・博士課程修了。北海道大学助教、同大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター協力研究員を経て、2022年より現職。年金法制における資産管理・運用に関する法規範(受託者責任)や、社会保障法と他の法分野(特に私法)との交錯領域に関して、英米法との比較法研究を行っている。
※所属は掲載当時